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【六】子どもに仕込むのが大得意でね

王に殴り込みに行ったら王はすでに死んでいて、

第一王位継承者でもないシオンが影武者を立ててどうにかしていた。

これが今、わかったことだ。リトルファムの政治はどえらいことになっているみたいだ。


「ていうかなんで死んじゃっているのよ。

 そんなの噂話にも上がっていないわ。

 ほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおんとうにクソ野郎の師匠?」


幽霊に顔の前半分を埋める勢いで接近し、

圧をかけて問いかけた。

一般的に言う脅しであり、された側のストリーマーは

今にも気絶しそうなくらいに縮み上がったフリをした。

彼女がこれくらいで怯えるわけはない。


「そ、そうですよお。だから、貴女より強くて偉大ですよね?

 だって追いかけて捕まえられない敵に戦い方を教えたのが私ですよ。

 私、すごおい。あなた、大したことなあい」


「なんだとぉ!?」


「ごめんなさい。邪悪な本性を出さないでくださあい。

 王様とかについてはく、詳しくは知らないんです。

 怖いですよねえ。まさか、犯人が現場に戻る法則が今、起きていたり?」


絶妙に腹立たしくなるもったいつけた言い回し。

常套手段が死後も冴え渡っている。

相手を挑発し、その反応で相手を試すのがストリーマーのやり方。

基本は相手の善性と良心に全力で寄りかかり、

それができないなら邪悪と認定して殴り倒すというスタンス。

正気を失っていなくては続けられない、


今、彼女はどれだけジェーンを疑っているのか、

それとも疑ったフリをしてただ怒らせようとしている段階なのか、

疑っているし怒らせたがっているという両方なのかもわからない。

繰り返すが、親友のことでも、わからないことはごまんとある。

特に相手が流野りさというなら特にだ。


とにかく、訪問相手がすでに亡くなってしまっているなら僕が伝授した

窓の向こうからのクールなこんにちは方法はズレたものになる。

仕方なく、ジェーンは普通にドアから執務室に入ることになった。

中はこじんまりとした印象があっても動くのには一切不自由ない

豊かな余裕というものを湛えたものだ。

すべての調度品が一級品だが落ち着いた感情を与えるデザインになっている。


「王様の影武者をやっているのって誰?」


「シオンが引き取って育てている

 おこちゃまヴィジランテチームの一人です。

 へへへへへ、子どもって可愛くないですよね」


貧民窟で活動しているというチームと同じだろうか。

曲がりなりにも苦しんでいる人々の力になってきたというのなら、

子どもだというのも加味すると敵対したくない。


「シオンの師匠をやってたのはどのタイミング?

 シスマ……うちのメイドは自分が教えたと言ってたけど」


「でへへ。私が教えたのは応用ですよ。

 あなたのところは基礎を教えていたみたいです。

 よく仕込んでましたよぉ、デへへへへ。

 おかげで子ども嫌いの私でも楽できました」


幽霊が隣で媚びるように言ってきた。

ジェーンは応じない。正解だ。

ここで“あたしも子どもは嫌い”と言おうものなら

邪悪認定されかねなかった。

彼女が張ったトラップをしっかり避けた。


──王様にクレームつけるのは無理になったみたいだけど、影武者に会ってどうするの?


りさの戦略について教えることも出来たが、それは控える。

ストリーマーはいつも僕の想像を超えてきた。

それなら僕がなにかいうよりも、

天才聖女の独自性に任せた方がいいだろう。


「シオンをやっつける手がかりを探すわ。

 そもそもシスマが言うには、あいつはあたしを殺す気らしいじゃない。

 あたしがいったいなにをしたというのかもわからないもの。

 殺られるより前にアタックよ。そうと決まったら、こっちを向きなさい影武者!

 時間もあたしの危機感もあの野郎への殺意も押してるのよ!」


つかつかと上がり込んで手を叩きながら

影武者に呼びかける。

やっぱりガラが悪くなってない?

シオンのしたことを考えると当然か。


王らしい者は侵入者に無反応。

ただ無感情に手を動かしている。

よほど集中しているのか。

王様といえば激務だろうが素晴らしい集中力だ。

欠けた玉座の穴を曲がりなりにも埋めるだなんて

きっと子どもの頃から勉強をとても頑張ってきたのだろう。


微動だにしない相手に業を煮やして

ジェーンは王の姿をした者の肩を掴んだ。

だがそれで顔を上げても相手は能面の顔をしていた。

それはあくまで無表情ということだが、

こちらが何かをするより先に、

王は忽然と掻き消えた。


「どわぁっ」


それなりの力で掴んでいたジェーンがバランスを崩しかけ、

転びかけた様子を見てどこからかクスクスと笑みが聞こえる。

小声なのに甲高く残響する声は

何者かが悪意をもってせせら笑っていると確信させた。


「うぷぷ……あんなにイキって空振りしてコケかけるとか」


ストリーマーが両手で口を押さえて肩を震わせていた。

目が弓なりに歪み、悪意がたっぷりだった。

状況に驚くよりもそちらに厶カっときたが努力し耐えた。


「そんなのでシオンに勝てると思っているんですかねえ。

 心の修行が全然足りない気がしますよ」


「やかましいわ!!」


「ひえええええええええええええ!!!!」


マントである僕を使い、

ハエ叩きの要領でストリーマーを強風で煽った。

21gの低密度体の弱点として、

地平線まで吹かれていった。


「凄いね。よく殴らなかった。偉い」


正直言うと、僕だったら殴らずに耐えられたか自信がない。

しかし、それが親友づきあいというものだ。

悪い所は無数に挙げられるし思いっきり殴りたくなるし、

もういっそ首根っこ引っこ抜いてやろうかと何度も考えたが、

それに耐えて付き合うことでかけがえのない絆ができる。


「あいついっつもああなの?」


人を意識的におちょくり、激昂させるのを楽しむ。

ジェーンがあまり会わないタイプの人種か。

それこそシオンのようだ。

だからストリーマーにも口が悪くなるのだろう。


貴族社会との関わりで嫌味は何度も貰っただろうが、

それはあくまで遠回しかつ、不満や嫌悪の表れだ。

流野りさやシオンのような嫌味、愚弄そのものが目的のものとは違う。


「まあ慣れたら心が強くなるよ」


「そこまで仲を深めたくない〜〜〜〜」


気持ちはわからないでもない。


「クスクス」


ストリーマーを飛ばしたのに

まだ嘲笑が止まらない。

そして数が増えた来た。

聞き覚えのある声もある。


「王との謁見はお静かにするものでしょ」


フードを目深に被った細身の少女が

ヴィジランテのコスチュームをしたシオン、

それにフレディと一緒に入口に立っていた。


いつからそこにいたのか。


「シオン……!!」


「あまり荒らさないでくれよ?

 これでも親思いなんだ」


「王が死んだのはなにが起きたの?」


「国家機密を話すわけないじゃないか。

 それに、さして思い入れもないだろう。

 王の権威も民意も、紙切れ同然に落としたのはお前なのだから」


両の拳を握りしめて激しい怒りをもって睨みつける。

今にもこの空間内で僕のパワーを解放しそうだ。

だが相手にはそれへの警戒はない。


「いいのか? ここで全力を出すなら、俺は迷わずにこいつらを盾にする」


「なっ……子どもよ!?」


「その子どもにここしばらくの王政を任せていたが、問題なかっただろう?

 鍛えてやったからな。特にこの娘の術はかなりのものだ。

 この俺の指導力も大したものだろう?

 育ちのせいか、子どもに仕込むのが大得意でね」


そう言ってフードで顔を隠した少女の頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回す。

むしろ揺さぶっているという方が正しい気すらする。

相手の女の子が苦痛を堪えて身を縮こまらせているのを、

隣の少年ヴィジランテが表情筋を硬くして見ないようにしていた。


「あなた、何がしたいの!?

 王のことをみんなにバラすわよ!!」


「言えばいい。だが、ついさっきまで国賊扱いされ、

 今度は人気者な俺を何度も殴りつけたんだ。

 聖女だったと言えどもはたして信用されるものか?

 お前が稲作産業から手を引いたのはすでに知られているぞ」


「わからないけど、貴方の言葉を信じるつもりなんてさらさらない!

 帰ったらシスマに王が死んでてシオンが影武者してることを

 みんなに言っていいか聞くやる!! それで駄目って言われても

 それは貴方の言うことが正しいんじゃなくて

 シスマが正しいってことになるわ! ざまあみさらせ!!

 とっとと彼女の両腕を返しなさい!!」


完璧な解答だ。

問答、挑発がシャットアウトされ、

シオンの薄ら笑いが少し痙攣している。

わからないことは信頼できる誰かに聞いて考える。

それができるのはジェーンのとてつもない強みだ。


「あの腕は武器に加工した」


「ならそれを返しなさい!」


「断る。そうしたらお前を殺せないじゃないか」


「どうしてそんなにあたしを憎むのよ。

 あたし、なにかした?」


一般的な疑問だったが、

どんな風にも答えられるその問いに

男は憮然として眉間に皺を寄せた。

図星だったのか。ジェーンが眉を上げて

さらに問いかけようとするところに、

背中に悪寒が走った。


背中に短刀が突き立てられる寸前で、

ジェーンはそれを避けた。

ヴィジランテ、フレディという

かつてジェーンに助けられた男の子。

彼が、低空姿勢で這うように迫ってきた。


「甘い!」


だがジェーンは足癖の方が悪い。

両足を踏ん張って床をひび割れさせ、

足場を崩すとフレディがスピードを殺せずに、そのまま浮かんでしまう。


「捕まえた!」


首を掴もうと腕を伸ばすと、

少年の姿が蜃気楼のように揺れて掻き消える。


「言い忘れたが、この娘は光の屈折を操る。

 少なくとも、これでお前の五感の一つは信用置けなくなるな?」


「くっ。それなら……」


「耳に頼るだろうな?

 優れた五感の持ち主のやることはわかりやすい」


まずい。


「両手で塞ぐんだ!!」


経験、トラウマが警鐘を鳴らす。

僕が負ける時の黄金パターンだ。

目、耳に意識を向け、

相手を探知しようとしたところを逆手に取られる。


ジェーンの耳元で閃光手榴弾が破裂した。

この文明ではない完成度。

シヴィル・リーグの技術だ。

あそこの技術・ガジェットを回収していたか。


強烈な光と音が、

瞼も鼓膜も焼くほどに極大に膨らむ。


「ああっ!!!」


聴覚を使おうとしていた瞬間を狙われ、

ジェーンは両膝を屈した。

そこに福井部に短刀が入り、

フレディが体ごと、ジェーンに押し付けて建物から飛び降りた。


「俺が育てたこいつらは強いぞ。

 前世なんぞに頼らなくてもな」


墜ちていくかつての婚約者を無表情でシオンが見下ろし、

誇示するように隣にさらに出てきた少年少女の頭を鷲掴みにした。


「こいつらを使って俺は世界を獲る」

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