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【四】死んでも治らないのか

【四】

########


「いただきます」


ジェーンは御膳の前で両手を合わせた。

この世界ではおそらく彼女だけがしている習慣だ。

周囲に人がいない時に食事をする際は、無意識にいただきますをする。


それを奇異そうな目で見る数多くのメイド達。

隅々まで埃なく掃除された屋敷を今は大勢の人々が行き交う。

両親の屋敷に勤めていた使用人たちを可能な限りこちらで雇用した。


シオンがどこにいるのか知らない。

王城がまた何かジェーンへ反乱者の烙印を押すかと思ったがそれもない。

熱々の緑茶を飲み、梅干しのおにぎりを口にする。


「最高だ。世界を守る意味の何もかもを知ったわ」


──それってつまり?


「もう頭から抜けた」


自室から領地を見下ろす。

この数週間で本当に色々なことがあったが、

市井には特に何も起きていない。


クレオとの一件が終わり、正式な形で

ジェーンが領主の地位に任ぜられた。

元から領民の全員がそう認識していたところがあるが、

これで彼女がこの領地の法や制度の大本を仕切ることになる。


少し前の彼女ならより激しい暴走に繋がっていたことだろう。

今の彼女ならそうなることもないだろう。

なったとしても、シスマの言うことなら熱心に耳を傾ける。


──それでどうするの? 領主としての仕事をするの?


「したくないわ。というか何をすれば良いのかわからないわ」


──シスマに任せているんでしょ?


「そのことなんだけども、両腕を無くしたばかりなのにそんな激務を任せたくない。

 クソッ、考えたらまた殺意に目覚めてきたわ! シオンの野郎!!」


怒り任せに自分の膝を思いっきり叩いた。

壁やテーブルにそれをやったら

粉微塵に砕けてしまう。理性が効いている証拠だ。


──落ち着いて。おにぎりを食べたら、お茶を飲んで深呼吸だ。


ふ怒りが燃え滾るのをお茶で留める。

相手には逃げられ、どこにいるかもわからない。

熱いお茶が体内に染み渡り、

ジェーンの感情が落ち着きを見せた。


「そうよ、王様は何をしているの。

 最近ずっとあたし関連でおもちゃにされっぱなしじゃない!

 もうあたしからの信頼は風前の灯よ!」


──でも王様だって忙しいでしょ。


「言いたくないけどあたしって結構偉いでしょ!

 そんなあたしの進退を息子の讒言で決めて、クレオの指示で撤回して

 こっちにはごめんなさいの一言もないのはおかしいわ。

 今すぐに王のところに行って、顔を見てくる!!」


──今すぐなの?


「今すぐだわ!」


肩を怒らせて勢いよく立ち上がった。


「ジェーン様。少し良いですか」


ノックの後にメイド長が入ってきた。

失った両腕は痛々しく見えそうだが液体で造った両腕の義手が

早々に馴染んでいた。


鮮やかな真紅の不定形が彼女の両肩から生え、

彼女が視線を動かしたり体勢を変えることなく

伸長と分岐をして家事や事務を今も自動的のようにしている。


「ちょっと、少しは休んだ方が良いわ。

 ずっと動きっぱなしじゃない」


「おかげですぐに腕に慣れましたから。

 提案なのですが、貴方のご生家より採用した方々を

 学院のスタッフに回していいですか?」


「がく……いん?」


「お忘れですか? あなたが素質と意志のある人々のために開校したものです」


「あー……あたし、追放されたからね。

 どんな感じ?」


開校初日に理事長のジェーンが

学長を天井から生やしてしまったのは記憶に新しい。


「シオン主導で貧民窟の見回りなどをしていましたが、

 前世の知識を悪用しようとする者を13名確保しました」


「すごっ……! え、見てみたい!

 まだ子どもなのにそれなんでしょ?

 絶対に未来の偉人だわ」


「トップ5名は全員シオンについていきました。

 他にも続々と」


「んんんんんんっ!!

 許さん、あんニャローめ!!

 やっぱり次に会ったら殺して良い!?」


「私は望んでいませんがジェーン様がお望みなら止めません」


「クソッ。あたし個人はまだ殺すほどのことはされない気がする!!」


気のせいかも知れないけれども、

この子、どんどん口が悪くなっていくな。

僕はよく“秋田の農家の子にしては言葉遣いが優しい”

と言われたものだけれど、

彼女は僕よりずっと秋田の農家っぽい気風を感じる。


おっどぉとおっがぁもおぃがこの子みでだっだら

後継ぎにしでけだがもしんねなぁ。

……まあ自分の職業選択にはおおむね後悔はないからいいんだ。


「私としてはされている気がしますが……。

 御心が広いようですね。

 いえ、広くなったと言うべきでしょうか」


シスマがジェーン、その頸が下がっているもの。

僕の意識がある術具を見つめた。


「とりあえず今からお城に行ってくる。

 もう我慢できない。王様に貴方のとこの子どもが大暴れしてるけど

 いったいどうなってんだって抗議してきてやる!!

 学院は貴女に任せるわ。帰ってきたらちょっと見学する」


燃えている怒りにさらに燃料が投下され、

その場から窓硝子を突き破って飛んでいった。

今の心が昂っているジェーンの目には、

先程報告された貧民窟の現状をつぶさに観察できる。


彼女の知っているあそこは、

人生に挫けてうなだれる人々が無表情に彷徨う光景が大半だった。

だが、今は壁に小さなヴィジランテチームの絵を描き、

ボロ小屋を出入りする住人たちにも活力がある。


人間は、誰かが自分を気にかけているというだけで元気になるものだ。

シオンのしたことは大きな意味と効果を及ぼしていた。


「ぐむむ……!」


シオンのやっていたことの成功が見えて悔しいのだろう。

拳を握りしめ、歯軋りするジェーンが、

貼り付きそうになる視線をべりべり剥がして王都に向けた。

前回は人目から隠れて馬車で行ったが、

今回は空を飛んだので10分もかからずに到着した。


城を睨みつけながら、

聖女がどうやって殴り込もうか考えている。


「フッフッフ」


思わず僕から笑みが零れてしまった。


「なに? 風がくすぐったいの?」


「違う。君にとっておきのテクを教えようと思ってね」


王様に約束もなしに会いに行く。

普通は不可能だ。警備の人達にも迷惑がかかる。

だが素直に待つと日が暮れる。


お人好しだの言われるが、

ちゃんとダーティなこともできるというのを、今からお見せしよう。

空を高速で飛べる者だけができることだ。


「窓の外から中を覗くんだ」


「それだけ?」


「誰も傷つかないし、相手にプレッシャーを与えられる。

 それと“いつも見ているぞ”ってアピールもできる」


「ふーむ。アリね!

 初めて作戦面での先輩っぽいこと教わったわ!」


「能ある鷹は爪を隠す、ということさ」


「下手撃ちもたまには当たるの方だと思うけどまあいっか!

 王様はどこにいるかな」


空に浮かんだままに耳を澄ます。

王がどこにいるかを聴覚で探ろうというのだ。

城を吹き抜ける風を通して場内の環境を探ると、

王が上層階から鋭く突き出す主塔にいるとわかった。


今のこの国、リトルファムは戦争とは無縁だが、

かつては他国に繰り返し侵略と略奪を仕掛ける戦争外交で維持した国だ。

その名残か、王の居城も居住性よりも砦としての防衛要素が重視された造りだった。


「よし、じゃあさっそく。

 どんな風に窓から覗けばいい?」


「いい質問だ。

 腕組みをして堂々としていよう。

 恥じ入ることは一切ないとするんだ」


「窓の外から気づいてもらう以上は結構大声出さないと」


「ノンノンノン」


彼女の血マントを媒介に僕が指を振る。

天才だ偉人だと言っても

まだまだ彼女は空を飛ぶことに関してはひよっこだ。

野暮な思考をしてしまうらしい。


ここは僕が正しきスタイリッシュへと導かなければ。

オシャレじゃないと、いつかできるヒーロー仲間に笑われかねない。

彼女に“僕と同じ悲しみ”を味わわせたくない。


「相手が気づくまでじっとしているんだ。

 なあに、今日の晩御飯を考えれば時間はすぐさ」


「まあこれで気づかれなかったら

 あたしただずっと王様の窓の外でぷかぷか浮かんで一日潰して

 もうダサいなんてものじゃないけど、わかったわ」


ふよふよと浮かんで王のいる執務室の窓から、中を覗き込む。

背を伸ばして何かしらの書類に目を通す王の背中があった。

かなりの疲労が見えるが、

そんな王こそ神経は研ぎ澄まされているものさ。

すぐに圧を発して浮遊するジェーンに気づく。


「ねえ、もう貴方の言うことを素直に聞いたことを後悔してきた。

 普通にノックしてもいいんじゃないの?」


「はーーーー。わかってないな。

 僕が浮かんでいる、敵が振り返ることなくこちらに気づく。

 背を向けたまま鋭い言葉の応酬。

 想像してごらん? すっごく格好いい」


「まず格好良さをそこまで求めぶえーーーっくしょん!!!!

 ダメだ。鼻の穴に虫入った。窓蹴るわ」


「ちょっとダメだよ。ロマンがないよ」


僕の説得を聞かずに

ジェーンが城をノックしようとする。

なんてことを──


「うらめしやぁ〜〜」


「どわっ!!」


真横で何者かに囁かれ、

全身を跳ね上げて警戒姿勢を取った。

だが周囲に誰もいない。

気の所為、またはなんらかの錯覚か。


辺りを見渡しても誰も、何もいない。

鳥すら飛んでいなかった。


首を何度も傾げながら

再度、窓をノックしようとすると、

窓硝子でジェーンの背後に半透明の女性の顔が浮かんでいた。


「誰!?」


「ぐえぇっ!!」


反射的に背後を蹴ると、

ビニール袋を蹴ったかのような

心もとない手応えがあった。

それを疑問に思うよりも先に、相手の正体に驚くのが先だった。


浮かんでいる、半透明、実体感に乏しい。

間違いない。今、接触してきた者は幽霊だ。

それも、僕の知っている幽霊だ。


「……ストリーマー?」


生前によく知っていた、

僕の親友にして、何度も対決した好敵手。

猜疑心と功名心で気が狂った宇宙最強のヴィジランテ、

流野りさが幽霊になってそこにいた。


「ううっ。これだから初対面の人と話すのは怖い……」


「嘘だろ? どうしてこんなところで幽霊になって浮かんでいるんだい……?」


足形に凹んだ腹を擦って、

幽霊は悲哀感たっぷりにぼやいた。


「それもこれも全部スゲーマンの陰謀だ」


「違う。死んでも治らないのか、それ」


憮然となって僕はため息を付いた。

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