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【一】スーパーヒーロー、ラスター様だから!

【一】



領地からひとっ走りして

ジェーンは王国首都の城下町にまた来た。

親友との戦いの次の日だから移動距離としては忙しないが、

彼女にとっては近場にお出かけするのと同じだ。


クレオと出かける時は目立たないなりに見目の良い服を着ていたが、

今回はそれよりずっと普段の彼女のパーソナリティに則したものになっている。

農夫が着るようなつなぎ、動きやすさと実用性を重視したもの。

ゆったりとしたデザインだが、よく食べてよく活動するジェーンは

体格が平均よりもだいぶ立派なため、少し窮屈そうですらある。


雑踏が遠く残響する路地裏で

待っていると肩書としても出で立ちとしても目立つ聖女に気づくと、

こちらに近づくことはないが、手を振ってくる。


「ジェーン様だ」


「昨日まで手配されていたのにもう平気で出歩いている……!」


「流石だ。勇者とは彼女のことを言う」


ジェーンの謀反の疑いとやらは消えた。

国のあちこちに貼られた手配書はなくなり、

聖女の座が戻ったわけでもないが、

特に社会的な立場に変化はなかった。

それはまるですぐに過ぎ去る嵐のようだった。

ジェーンが生まれてからずっとそうなのだから

この国の人達もすっかり慣れているのだろう。


「来ないわね」


だがいくら待っても相手は来ない。

特に時間を指定したわけではないからもっと待ってみても、

一向に気配がない。


腕組みをして佇んでいると大通りから

ざわめきが聞こえた。

その音の出元に向かうと、

二階建ての民家から今にも飛び降りようとしている男性がいた。


「あれ、大したことなくない?」


──ダメだよ。頭から激突したら死んじゃうよ!


まあ死なない人もごまんといる。

だが、彼がその類かどうかなどわかるわけがない。


「ラスタレス様……」


ヒーローコスチュームに着替えてから駆けつけたが、

騒ぎの中心人物は、こちらに気づいて申し訳なさげに睫毛を伏せた。

呼んだのは以前に彼が呟いたものと同じ名前。

似た単語は僕の時代のフランス語にあった。

まだ残っている言葉なのか。

意味は概ね光、欲求、情熱といったもの。

ジェーンにぴったりかも。


しかし、よくフランス語が残っていたなあ。

あれすっごく難しいのに。


髭を剃って、いくつかのほつれがあるスーツを着た中年男性。

少し印象勝ちが言うけれども、間違いなく待ち合わせをした人物だ。

先日、暴漢から助けた浮浪者の男性だ。


「ご、ご機嫌麗しゅう……」


元気がなさそうだったので、

一緒にごはんを食べる約束をしたのだ。

なのに、今は往来のどまんなかに頭から飛び込もうとしている。

不思議なことだった。


二階。下に落ちた時の衝撃がイメージしやすく、

生存も容易いように思える高さ。

だが、実際に落ちると、特に頭から自分の意志で落ちると、

頭蓋骨は容易く割れてしまう。


世の中、異様なほどに硬い頭の持ち主もいるが、

こちらも検証が必須だ。


「ありがとう。貴方は元気じゃないわね……。

 とりあえず何があったのかを話しなさない」


「そんなそんな……私などがあなたさまにお話できることなどありません」


そう言って男は首を振る。


あまり高くないところからの飛び込み騒ぎ。

特に興味を向けずに、淡々と飛ぼうとしている原因を直球で尋ねる

しかし、それはよくない。

こういう時こそ回り道だ。


──自己紹介をしあうんだよ。


「今、あたしとの待ち合わせをすっぽかして二階から飛ぼうとしている相手に?」


──相互理解をしないと相手も心を開かないよ。


「はぁ……まずは自己紹介しましょう。あたしはジェーン・エルロンド、公爵家の生まれで……

 それはどうでもいいわね。農業革命の功績で聖女の位に任じられていたわ」


「は、はい……恐縮です。私は……スミスと言います」


ようやく名前がわかった。

名前も聞かないままにご飯の約束をするなんて信じられないことだ。

向こうもさぞ気を悪くしただろう。

もしや自殺を試みている原因の一つか?


──前に名前を訊かなかったの謝っておいてくれる? これからは忘れないから死なないでほしいとも。


「前回、自己紹介しなくてごめんなさい……だって。

 それと、貴方の名前は覚えたからそれで世を儚んでいるなら思い直して」


仕方ないが心が入っていない謝罪だった。

それでも言わないよりはずっとマシだ。言ってよかった。

余計なお世話なのは百も承知だけれども、

今日の約束をしたのは僕だ。

相手のためにも楽しい話ができるようにアシストしたい。


そういう流れにすることで

向こうも口が滑らかになって正直になってくれる。


「なんとか、貴女様にお会いできる姿にしようと努力して、待ち合わせ場所に臨もうとしたのです。

 ですが、通りを“人”として歩くだけでダメでした。妻と子どもに逃げられてからというもの

 ありとあらゆる音が糾弾しているように聞こえます」


彼はそう言うが、城下町の往来とはとても多種多様な人が来るものだ。

中には、スミスとさして変わらない境遇だろう人もちらほらいる。


「ふーむ…………耳栓をするとか……」


相手の身の上を打ち明けられても

不慣れな貴族の少女には友好的な対応はできない。

彼女は農民文化には通じているが、それもあくまで

国を背負う才女と並べるくらいには、その道のエリートばかりだった。

こういった休憩タイムにいる人のことは、少しも想像できないだろう。


「その……奥さんとお子さんには会おうとしてみた?

 浮浪者になるまではあなただって立派に働いていたんでしょう」


「農場からすぐ逃げてお金をギャンブルに注ぎ込んでました」


「おおぅ……」


のけぞってしまった。

ジェーンの周囲にはいないタイプだろう。

彼女は農家の文化にも通じているが、

それは国でも極めて優秀な農民、

つまるところ実質的にフィールドワーカーかつ、

研究者、科学者の色合いが強い。

そして誰もがジェーンの行動に賛同していた。


スミスのような堕落と不真面目に道を踏み外した人間は、

ほとんど会ったことがないだろう。

縁そのものがなかった。


「お子さんはなにをしてるの?」


「ギャンブルの元締め組織に入っています。

 恥ずかしながら私の落ちぶれようが悪影響を与えたようで。

 チンピラになってそこいらでえばっているようで……ここに来る途中で会いました」


聖女には苦手な話題だ。

根本的にあまり他人に興味がないため、

身近でない、好きでもない相手に何を話せばいいかわからない。

彼が飛び降りてもすぐにキャッチできるが、

心を救わなければ何度でも繰り返す。


そして、そうなった時のキリのなさをジェーンは予想できる賢さがある。


「お子さんはどうしたの?」


「私を殴り、負け犬がお天道様の下を歩くなと……!」


スミスが身を震わせて滂沱の涙を流す。

自業自得と言っても問題ないかもしれない。

しかし、自業自得に耐えられるかどうかは、その人の状態によるものだ。

無理ならば、助けをしないと。


「ど、どうすればいい……?」


「私なんて死ねばいいんだぁ!!」


彼女が話しかけたのは僕にだ。


──とりあえず、彼がどうして死にたいかはわかったよね?


「お子さんがグレて、何を言われても言い返せないし、

 子どもが道を踏み外すのを黙って見ているしかできないからよね」


──うん。そういうこと。だから、彼が子どものためになにができるかをアドバイスしよう。


「……代わってもらえる?」


──君ならできるよ。君の力になったのはなんだった?


周囲の注目がジェーンに集中している。

建物を取り囲んで、野次馬が密集していた。

この中に無理矢理に飛び込んだら下の人に衝突しかねない。

それを止めることはできるが、スミスがそれをしようという精神になるのは問題だ。


僕の言葉を受けて逡巡していたジェーンの瞳に閃きが生じた。

何を伝えるべきかわかったようだ。


「お子さんにありのままを……ではなくて

 悪いところをたくさん見せましょう」


そう提案すると、スミスが訝しんだ。


「あたしも最近色々あって。どうしたものかわからなくなったこともあったわ。

 でも、そういう時に助けになったのって成功談よりも失敗談だったの。

 だから、貴方が堕落して道を踏み外したことと、それにどれだけ苦しんでいるのかを徹底的に教えましょう?」


ジェーンが言っているのは僕の過去のことだろう。

幼馴染との出来事、

そこから彼に一歩を踏み出せず、

僕がどれだけ苦しんで後悔してきたか。

その思い出が彼女が、僕ができなかったことを

成し遂げる助けになったのなら胸を張れるというものだ。


「ですが……息子も妻も、

 すでに私のことなんて……」


「駄目ならあたしが口添えするわ。

 だから安心しましょう。行動を起こせば

 明日はきっと今より良い日になるわ」


そう言ってジェーンが手を差し出すと、

スミスは静かにその手を握り返してくれた。

そして、屋根の縁から足を戻す。


「はあ、あたしもよく知らない人と約束しちゃったわ」


僕にしか聞こえない独り言。

しかし、彼女の表情も声も嫌そうではなかった。


「あの……ありがとうございます。

 本当に、ずっと助けてもらっただけで」


「いや、まあいいわ。

 お腹が空いてるから早く食べに行きましょう!

 良いお店知ってるからね!」


そう言ってふんぞり返って笑う。

先程まで自殺騒動を起こしていたスミスが同じく笑っていいか迷って

すっぱいような渋面を作った。


「むっ。ごめんなさい、ちょっと行ってくるわ。

 すぐ戻ってくるからそのまんまでいて」


山を2つ超えた先の山中の音を聞き取り、

ヒーローはそちらに目を細めた。


「は、はい」


「それと、ラスタレスって……たしか古語で貪欲な光って意味よね。

 けっこう気に入ったかも。でも次からラスターって呼んで! それいただくから!」


手を振って少し席を外す。

弾丸よりも速い速度で音源に向かうと、

ちょうど地崩れが起き、馬車を呑み込もうというところだった。


「もう安心よ!」


馬車を持ち上げ、そのまま下山させた。


「ジェーン様だ!」


「昨日まで国賊扱いだったのに、こんなところに来てくれるなんて!!」


「まさに聖女の中の聖女……!」


「ジェーンじゃないわ、ラスターよ。

 ちょっとお腹空いてるから失礼するわ!

 みんなにもこの名前を広めてね!

 スーパーヒーロー、ラスター様だから!」


彼女の内側から観察して思った。

これがジェーン・エルロンドの日常になっていくのだろう。

きっと良いヒーローになれる。間違いない。

僕の助けが必要なのはこれから先、どれだけあるか。

隠居も近いかもしれない。


遅れたけれども自己紹。

僕はジェーンの前世、スゲーマン。

生前は最高のヒーローと呼ばれたりもした。

今は背後霊のように彼女の脳から静かに事態を見守る隠居人。

それがこれからの僕になるのかな。


未来のことは誰にもわからないよね。

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