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【二十三】この人が一番必要だったのよ

シスマと戦いを天秤にかけられた。

普通なら人命を優先して考えるべきだ。

しかし、ここで戦いからの離脱を選べば

クレオは残ったエドガー達に何をするかわからない。


そして、ここで彼女を見逃せば再会した時には

僕にとっての“彼”のように邪悪に堕ちている予感があった。


ジェーンの先程の発言で、

国一番の天才が付けていた、仮面が剥がれていく。

正確には前世によって強制的に付けられていただろう

半ば自動的にかかぶせられた呪いだ。


今のクレオがどんな顔をしているのか、誰にも悟られないように

必死に手で顔を覆って隠した。


どういう行動に移るのか、

ジェーンが静かに待っていると、

クレオはゆっくり顔を露わにした。


「うん」


いつもの済まし顔がそこにはある。

しかし、鉄面皮然としたそれにあちこち綻びが生じていた。

普段の完璧な自信が消失している。


「君の言う通りかもしれないね。

 私は確かに、前世というか生まれを憎んでいるのか」


シスマは強い。

それも僕の時代でも並ぶ者がそういないだろうほどには。

仮に全兵力を投入されてもすぐには死なないはずだ。

僕の経験上、クレオが求めているのはジェーンの葛藤。

悩む姿を引き伸ばして見るためにはシスマは生かす必要がある。


眉間に皺を寄せ奥歯を噛み締めたジェーンが、

必死に目の前に集中する。


「どう? あなたのメイド長が心配じゃないかい?

 こんなことを話している間に、

 あなたの姉代わりは無力にも惨殺されるかもしれないわ」


スクリーンの映像はすでに消された。

LIVE視聴ができないことが、

いっそう悪い想像を引き出す。


「ぐうぅ……!」


心配、不安を突かれて掻き乱された。

今にも駆けつけたいのを我慢し、

その場で四つん這いになった。


「悩みよ〜〜〜〜止まれ!!!!!!!」


衝撃波になるほどの大声。

それから床に額を打ち付けて基地全体を揺らす。

空間は陥没し、ジェーンの顔型ができたが、

鋼鉄の彼女の綺麗な肌には傷一つない。


「気付けになる? 痛くもなんともないでしょ」


「勘違いしないで。自分の体を痛めつけるつもりはないわ。

 だって自分の体を傷つけたら痛いもの」


以前までの二人の関係ではない。

ジェーンは堂々とクレオに反論し、対等に向かい合っている。

それだけでも若き超常の頭脳の持ち主には不可思議な事態だった。

僕も、あの時にそうできればよかったのだろうか。

その後悔が、今こうして前世から今世で昇華されようとしているのなら喜ばしいことだ。


「クレオ。話を逸らそうとしないで。あなたの悩みと憎しみ。

 全部、当然の感情よ。選んで前世を引き継いだわけではないし。

 あなたは、きっと転生したことが辛い目に遭った原因だもの」


「だったら私がしようとしていることもわかるよね?

 わからないなら100万年分の熱情を脳髄に注がれなかった

 恵まれた側の言い分でしかない」


両腕にシェイプシフターが巻き付く。

不定形の肉は全身を覆い、

いくらでも変化する外骨格になった。


人の体としてみれば全長5mにも及ぶだろう巨きさ。

肉腫がバネ、コイル、ワイヤーとなって、

膨大な爆破雨力を齎す仕掛け。


「これで君と互角だ」


「そうかな。あたしの前世は力だけは凄いのよ」


「残念だけど、私の前世……奴の頭脳は生きている時は愛でリミッターがかけられていたよ。

 その気になれば、宇宙一の頭脳は宇宙一のパワーを軽く凌駕する」


そう言ってクレオの全身が残像を残して消えた。

弾道ミサイルより速くて強力な一撃が

ジェーンの横腹で爆ぜた。

意識が飛びそうなところを僕がマントを伸ばし、

オブジェクトに巻き付いて距離を取る。


親友からの一撃。

それは僕から引き継いだ鋼鉄の体を貫通する。

少しでも距離を取って自動治癒に賭ける他ない。


「ごっ……ぐうぅ……!!」


湯気を立て超高速で傷が塞がっていく。

痛みに特等弱いジェーンの双眸に涙がぼろぼろ溢れては零れる。

彼女は農業の達人だが、農家育ちではない。

そのせいか、僕と違って不意の怪我、望まぬ負傷にはてんで弱かった。

農業ほど予想外の災害や怪我と隣り合わせな危険な仕事もない。

僕の両親が如何にタフなファイターかわかるというものだ。


「まだまだ行くよ」


「スゲーマン! とにかく逃げ回るからサポートして!!」


少しでも被弾面積を減らすために

クラウチングスタートレベルの腰と頭の高さをキープする。

加害への枷を解放したクレオが一個の暴風となって

親友へとぶつかってくる。


掠っただけでジェーンの肉体が削れ、砕け、弾ける。

僕がマントを縦方向に絞って延ばし、

空間内のインテリア、柱、突起に触れて、

ジェーンを引っ張って動かす。


「大丈夫かい?」


僕が気遣うも返事はない。

広かった空間のあちこちにジェーンから出た血が飛び散っている。

油断すれば足を滑らせて転んでしまいそうだ。


「伸びるのはこっちもだよ」


シェイプシフターの外骨格が変質して

触腕が生えて追いかけてくる。

僕がマントとして切り飛ばすが、

残念ながら搭載している頭脳が違いすぎる。


ブーツが血溜まりを踏んで跳ねる、びちゃびちゃと粘ついた音。

僕では対応しきれない家族の肉触手が無数に生えてくる。

空間を縦横に埋め尽くす質量が塊となってやってきた。


「さあ、どうする!」


「こんのぉ!」


僕の超常的な怪力と速度を活用し、

両手を全力で叩く。

衝撃波がかまいたちのように鋭利な空気の刃になって

クレオが繰り出す肉の攻撃と衝突した。


互いに壁際まで押し出され、

空間全部が赤い霧に覆われた。

「ひぃぃぃ……!」とジェーンが悲鳴を口にしながら

千切れかけた腕を抱えて右往左往する。


「痛い痛いこれどうすればいい? 

 一思いにちぎったら生えるよね!?

 そういう感じの体質だよね!? ちぎるよ! イチニノサンで!」


「試したことないからわからないけれども、たぶん生えないよ」


「あっぶな……!」


危うく自分の腕を早合点で引き裂きかけた。

気持ちはわかる。

もしかしたら僕は生えないけれど、彼女は生えるかもしれない。

逆もあるかもしれない。やってみないとわからないことだ。


霧が晴れかけると両者の状態がわかった。

クレオのダメージは大きいが、

比べればこちらの方が上だ。

なにせ腕が取れかけている。

向こうの触腕も取れたがすべてくっつけようとしていた。


「嫌なものでしょう。

 どれだけ頑張っても相手の生命の殻しか削れていないというのは。

 途方もない作業に思えるのではない?」


これがシェイプシフターの嫌なところだ。

ダメージレースでの勝利がない。

原則、超科学技術での捕獲か消滅させるかの二択になる。

そしてあちらはしょせんは外付けの肉体だ。


「私が憎くなったよね? でもいいんだよ。

 それが私達の運命だからね。殺すか殺されるか。

 この呪い。全ては君を永遠にすることで、超えられるんだ」


今、攻撃されるとまずい。


「待ってくれ。どうしてジェーンの意志を無視する。

 彼女の同意があってこそだろう?」


我慢できずに僕が口を挟んでしまった。

二人の世界に前世が入り込んだことで

クレオは嫌悪感をむき出しにした。

まあ野暮なことをしでかした気はしていた。


「旧時代の怨霊がうるさいな」


「は、はっきり言われた……!!」


おっしゃる通り、僕はすでに死んでいる。

それに今世の少女から離れることはできない。

僕を前世に持ったせいでいらぬ苦労をかけてしまってもいた。

薄々自覚していたが、それを直球で言われると愕然としてしまう。


「成仏しない代わりにガールズラブに口だけ挟むって

 暇人どころか無責任の極みでしょ」


「………………!?!?」


立て続けに存在意義に切り込まれ、

論破されてしまった。


「私達は苦しんできた。だからそれを消す。

 転生者を永遠にすれば、

 もう不幸は引き継がれない」


初めに言っていたことから大きくスケールが広がった。

永遠の命を与えるのはジェーンにだけではないのか。


「待ってくれ。全員? 前世のある人々全員を不老不死にするのか?

 其の上で君だけは普通の寿命で死ぬと?」


「みんな喜ぶよ。私は自分の復讐が成し遂げられた世界で眠りにつく」


「かっ……!」


言葉を交わし、計画の根幹に触れた。

それもジェーンが真摯に親友に向き合ってくれたおかげだ。


「勝手すぎる……!」


おかげでわかった。彼女は本当に危険だ。

自分のことしか考えられていない。

そして彼女の瞳は異常な清澄さを讃えている。

目が淀んでいる、歪んでいるは僕の経験上どうとでもなる。

何故なら、人というのはわりと簡単に瞳が暗くなって、

光を失うからだ。寝起きとか。


しかし、歪みが消えているのは人間が持てるものではない。

とっくに向こう側に行ってしまっている。

仲間にはできても社会的動物というラインの内側に戻ることはない。


「大丈夫。あとはあたしがやる」


ジェーンが腕がくっつき終わった。

よかった。うっかり取らずにいて。

もう彼女に逃げ回るつもりはないようだ。


「わかったんじゃないかな?

 もう君が私に勝つ道理はないだろう。

 何故かわかるね。私の前世が最悪のモンスターだからさ。

 奴の知識は全てを予測して打破できる最強の兵器だ」


「もう、向こうが見えないじゃない!」


毒づいて手で血霧を払う。

朱い粒子が空間から

廊下の方へと流れていった。

完全に晴れた視界で、ジェーンは

相手があまりダメージを負っていないことに肩を落とした。


クレオの言う事への反論の余地はない。

彼女は僕の速度もパワーも完全に対策しきっている。

セイメイの頭脳があっても、セイメイの妄執による思考と判断の歪みがない。

奴と戦うよりも厳しいかもしれない。


「でも予測してるってそれはスゲーマンのことでしょう?」


事も無げに僕の来世は言った。


「あたしはもっと凄いわ」


これだ。力押しと我慢で何とかしてきた僕とは違う。

彼女は天才だ。僕にはできないこともできる。


「だから言ったはずよ。

 私にはセイメイの叡智がある」


「そしてあたしは今の文明に燦然と輝く宇宙一の天才よ。

 貴女がどれだけ悩んだってしょせんは宇宙で二番目だわ」


あれだけ憧れていたクレオに言い切ってみせた。

一切言い淀むことなく。

ものすごい傲慢さだ。

だがジェーンってこういう人だ。


「それになによ。この人のことが予測できるからなに?

 ちょっと話せば世界一シンプルな人だって誰でもわかるじゃない。

 ほらスゲーマン、答えてみなさい。

 シスマを見殺しにするか、クレオの対処をするか、どっちがいい?

 ええ、「両方助けるべきだよ」って言うわ。完全に当たった!」


一言一句かぶせてきた。

彼女はなんでもないことのように言うが、

それは事実ではない。僕は田舎と都会の顔を熟知した

極めて多面的なパーソナリティを持っている。

ジェーン・エルロンドの才覚があってこその業だ。


「ね? そして今はこの人は自分は都会暮らししてたからもっと複雑とか考えているわ。

 何故かわかる? 秋田っていうとんでもない田舎で育ったことで

 かっぺの自分にぼんやりとコンプレックスがあるからよ!

 それも理解できないなら、あなたの前世なんてしょせんは誰でもわかることを

 小難しくこねくり回してるだけってこと!!」


ひどい。ひどすぎる。

どうして僕を晒し者にするんだ。

いくらクレオを説得するためだからって、あんまりだ。


「でもあたし達にはこの人が一番必要だったのよ。

 自分の近くに世界で一番信じられる人がいるって凄いことだわ。

 だって何でも信じて疑わないとんちんかんだもの」


そう言って彼女が僕の意志の通っているマントを外す。

なにをするつもりかわからないが。

彼女の作戦に任せよう。

何をどれだけ扱き下ろされても彼女は僕を信じてくれている。

僕も彼女を信じている。


「スゲーマン! この空間にある血を全部吸収できる!

 できなかったら困るから無理でもやって!」


やったことはないことだが、

試しに僕自身の力でマントを動かしてみた。

生前は栄養源として血を摂取する必要があった体質だ。

思ったよりも血を動かして血を回収は向いていた。


ジェーンの血液でできたマントだ。

同じものを集めればより固く、大きくなる。

たちまちにさっきのクレオの攻撃と同じくらいに大きな血の塊ができた。


「それで私と戦うつもり?」


「もちろんよ。行け! スゲーマン!!」


クレオの攻撃を僕が一身に引き受ける。

いくら膨大な質量でも、たちまちに削れ続ける。


「なんだあっさりじゃないか」


手応えのなさにクレオの眉が上がる。

僕の対応限界を超えた敵の攻撃。

油断なくどんな反撃にも対処できるように

常に予備の触手も展開させている。


これでは同スペック上の

タイマン勝負も同然だ。

肉体スペックを使えないなら、彼女に勝つのは無理。


無惨にも削られ、剥かれ、穿たれ続ける。

大きくなってもなすすべがない


「さあて……ほら向こう側が見えた」


中心部分に隧道ができて

クレオは覗き込む。

向こう側にはジェーンはいない。


この空間のどこにもジェーンはいない。


「どこに行った?」


「ここよ!」


クレオの真後ろにジェーンが高速移動する。

即座に反応するが

僕の体も彼女の触手と同じように

無数の突起が生じて彼女に向かう。


本来ならクレオの頭脳に立ち向かえるものではない。

しかし今の僕のボディ相当にはできていた。

通常なら一本一本を分析するだけで目を回すだろうそれを、

血の塊がずるりとずるりと器用にこなしていく。


「スゲーマンにこの動きは無理。

 切り離しているならジェーンではない? それなら──」


「はい、私です」


シスマが僕を直接操作し、本来はできない

柔軟かつ入念な運動を行っている。

さっきまで単身、警備武装に立ち向かっていたシスマが

ジェーンに抱えられ、ここまで来た。

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