【二十二】オッケー!
身近な人、親友との決別というのはドラマチックな出来事だけで発生するものではない。
そこに至るまでの小さなことから大きなことまで、
すれ違い、衝突、そして弱さからの躊躇いが積み重なるものだ。
六川リン、後のシニスター・セイメイは、
自分の意志で進路を決めようと考え初めていた。
秋田の寒村にいながら世界中の著名な教授と
日々語り合っていた彼は、
家にいたのが不思議なくらいだった。
「まあどこにいても研究と探求は同じことをやるからね」
特に彼の研究テーマはそうだった。
いつしか、セイメイの研究は
“異なる世界へのアクセスとコンタクト”になっていた。
探検が終わった日の夕方、
隅々まで知った土地もこの終わりのオレンジ色がかかると
褪せない寂しさを感じてしまう。
セイメイが裏山に建てたガレージに
溜め込んでいた器具の数々を引っ張り出す。
きっと一つ一つが特許を取れるくらいに特別なものなのだろう。
その中から、最も美麗なガジェットを取り出し、設置した。
オブシディアン・ブラックスピネル・ガーネット、
複数の宝玉を繋いだ
ビーズカーテンのようなもの。
しかし、それを琴のような台に載せて、
4次元的な反応に対応できるようにしてあった。
パワーストーンを用いた波動探知器だ。
「でもそろそろここも飽きてきた」
「秋田だけに?」
「12回目。次にそれ言ったら本当に絶交だからな。
まあ、なんだ。落ち着いたら、君も呼んでやるよ。
アシスタントとして雇わなくもない」
「えー、でも僕はここで農家をやるし」
「君はここの人間にしてはマシな頭脳を持っている。
絶対に秋田にはいられなくなるよ」
家族も同じことを言うことがある。
お前はここにいて良い人間ではない、
もっと才能と能力に見合った場所があるはず、
そんなことを言ってくる。
だが、秋田以外に見合った場所があるだろうか。
ここが僕の故郷なのに。
設置作業を終えたセイメイはまとめていた髪を下ろす。
長くて美しい黒髪が広がり、
そんなつもりはないのについ、目で追ってしまう。
眼鏡は外す瞬間が一番良いと言うけれど、
長い髪もまとめているのを下ろした時が一番良いのかも。
「これは僕がまだこの世界に“特別”がいると夢見ていた頃のものだ。
本来のこの星にはない波を持つものがいたら、強く反応する」
波。彼がいつも言っていることだ。
世界は特定の波の調べでできている。
故に、別の世界が持つ波長を突き止めれば、
そこに声を届かせることができる。
セイメイからの受け売りだ。
「この秋田に僕が求める存在なんているわけないのにね。
まったく馬鹿なことしたよ」
もう何もしなくても地面につくほどの長さになった髪を
難義そうに掻きあげようとした。
とっくに一人では持ち上げきれない厚さと重さになったので
代わりに僕が髪を上げて梳いた。
「へー。凄いじゃない」
「だろ? 理論上は絶対に成功するんだよ。
持ち運びできないからあんまり使わなかったけれども、原理は完璧だ。
“僕に一番必要な存在”が近くにいたら、この子が導いてくれるんだ。
なのになあ……なんで君に反応しているんだ」
この世界にはないもの、
波に反応する美麗な波動探知器、
音符の五線譜の上で
パワーストーンが各々の役割を果たし、
特徴的な輝きを発してうねった。
それは明確に僕に反応していた。
米倉毅という秋田の農家の長男に
巨大なカットの宝石が矢印の形になって波打つ。
「これは……その……」
宿題を自分だけやっていないのが先生にバレたような
そんな気まずい静寂があった。
無音が耳鳴りを引き出す。
完全に不測の出来事だった。
こんな形で隠し続けていた僕の正体がバレると思っていなかった。
両親には正体を誰にも明かさないように言われた。
僕が何者か、何処から来たのかわからない以上は下手に力があることだけを知らせても、
周りに良くない影響を及ぼすと、考えられていた。
でも、この人にはいつか見破られるとも僕は予想していた。
いつかは彼に僕のことを打ち明ける日が来るとわかっていた。
それが今日の、この瞬間というだけのいことだ。
姿勢を正し、落ちていく太陽を背に、僕は勇気を振り絞った。
「実は、僕は──」
「フフッ、アハハハハ……」
カミングアウトは遮られた。
夕焼けのオレンジ色。
それが光が黒に染まる不穏さに思えた。
最初は苦笑。
それが哄笑に変化し、
腹を抱えてセイメイは顔を隠した。
自分が作った、僕を指し示す機器を何度も強く叩いた。
「なんで君に……ありえないだろ……
失敗したのかあああああああああ!!!!!」
豹変して、宝石が粉々に砕け散った。
発明品の中でも一番硬い棒状のもので、
波動探知器が壊された。
もうまともに機能しなくなっても
セイメイの感情の爆発は止まらない。
繰り返し、繰り返し。
こちらを無視して探知器を破壊する。
「クソッ、なんでいつもいつも失敗するんだ!
何が違う!? 僕のどこが間違っているんだ!!」
「リ、リン……」
絶望に嘆く親友になにかしらを言おうとするが、
その手は空を切って意味をなさない。
こんなセイメイは見たことがなかった。
理屈で反論よりも、剣幕に圧されてしまった。
「いつになったら僕は仲間に会えるんだ。
僕は何者なんだ!? こんな糞にも劣る土地になんでいる!?」
迷った。ここで自分の正体を明かしても、
彼の深い悲しみは癒えないのはわかっている。
求めているものは超常的な肉体の持ち主ではなく、
宇宙一の頭脳の持ち主以上に明晰な人間だから。
そして、何よりも僕は彼に信用されないというのもわかった。
きっとその誰よりも知的な目には、
こちらはどうやっても弟分でしかない。
「僕は、僕は……できそこないなのか……?」
流れる涙を拭いもせず、
未来にはシニスター・セイメイになって
他者の生命を身勝手に奪う少年は、
崩れ落ちてしゃくりあげた。
ここで、何かができれば、
せめて彼の発明は成功していたと明かしていれば、
何かが変わったのかもしれない。
けれど、できなかった。
自分を隠し続けた僕は、
僕なんかが彼の求めた“特別”の一種と明かすのが怖かった。
それもあるが、
兄のように慕っていた彼が、
普段は理知的な賢者が人目も気にせずに泣き崩れる姿に、
完全に頭が真っ白になってしまった。
「僕は一人なのか……?」
触れるだけで崩れそうな背中に、
僕は何もしてやれなかった。
違う、と言うだけでも酷く喉が渇いて、
音が出てこない。
もしも、僕がもっと彼に信用してもらえていれば。
彼の心により深く入ろうとできれば。
少し先で決別することも、
再会して邪悪に染まった彼に対面することも、
彼に宿敵として殺されかけることも、
奴が齎した破壊の中で、
奪われた命、亡骸の前で頭を掻き毟ることもなかっただろう。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
犠牲者に膝を屈し、謝罪を繰り返すしかない僕に、
色のない瞳がいつも責めたてている。
どれだけ謝っても、
過去の過ちが戻ることはない。
「ということを君に伝えたいんだ」
「オッケー! がんばるわ」
威勢のよいガッツポーズをしたジェーンに、
僕は満足して頷いた。
彼女ならやってくれるだろう。
僕とは違うんだから。




