【二十一】愛しい親友さん
ジェーンは、自分がそう思ったことに自分でも信じられないように、
困惑を隠さないまま、正直に指摘した、
「クレオが前世を憎んでいる」ということ。
それは、口にした本人も、じわじわと実感を持った確信になっていった。
「嘘をついているの?」
「な、なんだって?」
クレオの仮面に罅が入った、
その隙間を逃さず、エドガーが触手を切り払い、
大足飛びで、標的に肉薄した。
角度も速度も申し分ない。
なにやら僕に異様に濃い熱意を持つ彼だが、
動きを見れば一目で達人の領域にいるとわかった。
「わからないな、ジェーン。
私が、いつ、君に嘘をついた?」
触手の雨を潜り抜けた
戦斧の一撃はクレオの細腕にあっさり阻まれた。
魔力回路が走ったグローブが。
エドガーの轟撃を受け止めていた。
「どういうことだ!?」
容易くへし折れるはずが、
どれだけ力を入れてもびくともしていない。
屈強かつ大柄な肉体を誇る青年の顔が驚愕に染まった。
しかし、それとは別に、
今のこの場の注目は聖女と天才が互いに向け合っていた。
「嘘は今ついてるわ。
だって。貴女にのことはわかるもの。
ずっと憧れていたもの。あなたの笑顔はあたしの栄光だし、
あなたの悲しみはあたしにとっては未知のものだったわ。
貴女みたいになりたくて全部を記憶するくらいに凝視してきたのよ。
本心と逆のことを言っているならわかる」
根拠は提示しない。
なのにジェーンの断言には疑えない力があった。
弁に強い意志を籠められるのが
聖女として救国した暴君の最大の武器だった。
「あなた、両親のことをまだ──」
「ないよ」
斧をへし折って裏拳を頬にぶつけた。
どうやったのかはわからない。
顔面を打たれてもエドガーにダメージはない。
しかし続け様に振られた肉厚の触腕にぶたれて壁に飛んだ。
「なにかと思えば。ええ、わからないなあ。
どうしてそんな事を言うんだ? 親友に言うことじゃないだろう」
攻撃を受けたエドガーは一撃で昏睡している。
魔力での強化を抜きにしても
恵まれた体格と鍛え抜いたボディをのした。
なのに無駄を極限に省いた四肢には罅の一つも見られない。
「で、でも……」
心外と言わんばかりに肩をすくめて首を振った。
「口答えはいらないよ。だって君はいつも僕を肯定してきたじゃないか」
「あたしも両親に期待してしまっていたもの」
「続けるなら本気で攻撃するよ。いいね?」
「本当は不老不死の実験で何をしたかったのか、あたしにだけでも──」
「やめてっ!!」
信じられないくらいに弱々しい金切り声が響いた。
ジェーンの体が宙を舞った。
クレオの平手打ちが彼女の頬を打った。
才媛を体現した在り様の彼女が、肩で息をしていた。
「ご、ごめんなさい。でもジェーンが悪いの、悪いんだよ?
あまりに的外れでついついカッとなってしまった」
僕も含めて反応できる攻撃だった。
なのにしなかった。
ぶたれた本人が僕を抑えた。
努めて笑みの形を作って
聖女がクレオに語る。
「あたしね。あなたも前世があって親に殺されかけたってわかって想像したの。
もしも、スゲーマンがいなかったら、あたしは前世をどう思ってたのかなって」
僕が生まれたのはジェーンが家族を求めていたから。
彼女はそれを弱さとして受け入れた。
「あたしはきっと、色んなことに耐えられなかったと思う。
それで、あなたって前世のセイメイって人と話し方がそっくりじゃない?」
意外な指摘だ。
「え、そうなのかい?」
全く意識していなかったことへの指摘に僕の方が驚いた。
そうだったかな? あんまり似ていないと思うんだけど。
僕にはわからない共通点を見つけられるのか。
セイメイ、彼の方がずっと酷薄で人を見下した振る舞いをするし、
クレオの丁寧さは奴がやれば無礼に変化する。
僕にはクレオとセイメイはまるで別人に見える。
やはり地頭が良いと違うんだな。
「流石は天才だ……」
「違うわ。あなたが特別に……いやそこはいいか。
ごめんね、話の最中にうちのポンコツが馬鹿みたいなことを言って……。
それで似ているのに、口ぶりはむしろ前世とかに否定気味でしょ?
どうしてかなって考えると……」
これより先を言うべきか、ジェーンですら迷ったようだ。
目を泳がせ、どうにか傷つけすぎない伝え方がないかを考え、
その方法はないと結論づけた。
「あなたって、本当は人格も人生も何もかもを前世に支配されたせいで
前世とか転生そのものを憎んでるんじゃないかな?
あたしを永遠にしたいのも、あたしへの想いよりも、
前世がスゲーマンを殺したから、その衝動への克服って考えると……」
僕は前世そのものであって、
転生者の気持ちはわからない。
思えば、両親に殺されかける気持ちもわからないし、
他人の気持ちに近づけないことが続いている。
そんな有り様だけど、これだけはわかった。
「………………もうやめて」
顔を真っ赤にし、弱々しい、
俯いたクレオが呟いた。
国政を支配する大臣、若き不世出の天才美女の仮面が砕け落ちた。
「あたしが絶対に死なないようにすれば、
前世に支配されてもあたしを殺さないで済むって思ったんじゃない?
あなたはシニスター・セイメイの存在に怯えているのよ」
「話は終わりだ。本気で行くよ」
指を再度鳴らすと、
壁一面に激闘の映像が上映された。
ここに来るまでに侵入者撃退用の兵器がなかった理由がわかった。
“彼女”が敵を一手に引き受けていたのだ。
その姿を見て、シオンが傷ついても変化しなかった
ジェーンの表情が変わった。
「シスマ!!」
「君のメイドさんは強い。
血水魔法も厄介だ。だから邪魔されないように全部をぶつけている。
それでも殺しきれないが、時間の問題だ」
自暴自棄を隠さずに言い切り、
クレオはジェーンを挑発する。
「さあ、愛しい親友さん。
これでも私を殺さずにいるつもりかい?」




