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【二十】この世界は甘くなかったんだよ

「さあ、速度を上げるよ」


触手の群れのペースが上がった。

それでもジェーンや僕の動体視力なら本来は躱すのが容易だ。

だが手こずる。これまでの敵は大半が

どこかの何かが偶然噛み合ったら僕に勝ちかねない、かもしれない、

もしかしたら、億が一にも互角がありえる? という評価だった。

彼女はものが違う。前世の知識を万全に活用している。


つまりはジェーンの動き、僕の特性を理解している。


「こっちは速いのよ、クロエ!」


超高速移動をして触手の乱舞から逃れ、

相手の背後に回る。

しかし、それはブラフだ。

彼女は同時にクレオに泥の塊を投擲していた。

高速移動に注目すると、別にやってくる泥の塊を頭から被るのだ。


僕にはできないフェイントを織り交ぜた戦闘。

普通、運動している時にそんな小難しいこと考えられなくない?

これが運動できる人とできない人の違いなのかな。


「読んでるよぉ」


泥の塊もジェーンも

分厚い肉が呆気なく弾いた。

反射神経ではない。解析と予測。

本当に僕を倒せるタイプの人が持つ動きだった。


自分より圧倒的に力が弱くて遅い存在に負ける。

それはナメクジに嬲り殺しにされるのと似た気分だ。


「速いからと言って何でも上に立てるほど、

 この世界は甘くなかったんだよ」


事実であった。

人間の意識は速度に慣れることは容易だ。

落ち着けば音速の世界を楽しむ心持ちも生まれてくる。

しかし、それで常速の世界を支配できるわけではない。


音速ハリネズミが主人公のゲームで最高記録を出せても、

赤い帽子のヒゲ親父の速度を完全に支配できることはない。

それと同じことだ。


または、巨大ロボットを召喚する超高速FPSゲームで

連日一位を取れても、

続編のバトルロワイアルゲームでも

同じように勝てるとは限らないのと同じ。


「楽しいよねえ。君もじゃない?」


「全然! まず戦っている理由がないよ!

 あたしは戦うのが好きなわけでもないし!

 ただ不老不死実験と死刑囚を解き放つことの危険性をどうにかしたいのよ!」


「どうでもよくない? ずっと犯罪者を捕まえられるよ。

 ちょっとムカついて強く殴っても死なないから思いっきりパンチできるし」


「だから戦いたくないって!」


「私はね、いつか君と戦う時のために

 銃弾を指で掴めるように訓練したんだ。

 成功したのは先月のことだ。ギリギリだった」


……大したものだ。

僕の知る限り、二十代前半でその領域に立つのは

血も滲む努力と度胸、そして恐怖を克服する意志が求められる。


「銃弾をつまめてもどうでもいいわ! 

 無限に犯罪する悪党も相手したくない。やりたいことたくさんあるから!

 不死身の凶悪犯をバラ撒くのはやめましょう!」


「じゃあ減刑の約束を反故にしようか?」


「それも流石にひどすぎるわ!

 だから一緒に考えましょうと何度も!」


ジェーンは望んで戦っているわけではない。

親友が行っている実験の見直しを提案したら

強行的に押し通ろうとされた形だ。


こちらの説得が何も響いていないことに徒労感を抱いているかもしれない。


──対話だよ、対話。対話があればなんでもできるんだ。


「そんな根性論みたいに言うのはやめて」


本当のことなのにな。


「よーーーーく聞いて。クロエ。

 あたしは何も研究をやめろと言ってるわけじゃないのよ!

 どういう結果を齎すかと、どうすればそれを避けられるか少し考えてって言ってるの!

 さっきも言ったでしょう?」


「まったく、変わったね。かつての君なら私に同意していた。

 そうでなければ今のこの国はない」


事実だ。後先全く考えずに

農業だけを異常発展させたせいで、

この国は豊かになり、歪みもできた。

デメリットもメリットもどれもジェーンの性急さが齎したことだ。


「そして私は、だから聞かない。これは君のためなんだ」


「あたしが不死身の死刑囚がいる世の中は不要だし

 考え直せって言ってるのに!?」


「まずはこれを味わってごらん」


眉間に一直線に触手が伸長する。

これなら僕が対応できるぞ。

マントが翻って攻撃を切り落とした。

だが切断された肉腫が足元に弾むのが広がり、

粘ついて足を固定させた。


切断された後も変形できるのか。

しまった。ジェーンの高速移動が止まってしまう。


「驚いただろう。事前に命令を送ればこういうこともできるのさ」


触手が巨大な握りこぶしになって襲いかかる。

今のジェーンには覿面に刺さる連打だ。

まともに喰らえばただじゃ済まない。


クレオの脳が生み出す電気信号を受け取って動いているにしても、

まったく見事な技と言えた。

だが感心している場合じゃない。


「どうしよう!」


「落ち着いて考えて! きっとなにか手が──」


「思いついたあ!」


「ぐえー! 天才の発想だ!!」


マントとして顕現した僕の端を摘み、

盾として活用した。

固形化した血液内に意識がある僕に、

クレオの攻撃が次々と叩き込まれた。

痛くはないが、グラグラと揺さぶられる。


僕はクレオにも攻撃を通せる。

つまりは防御にも使える。名案だった。

流石は常勝の将軍を父に持つだけはある。

闘争行為における柔軟性と発想性が優れていた。


「さあて、どうする? 私の触手のいくつかはまだ何本か弟さんに対処している。

 つまりは攻撃はじきにさらに激しくなるんだ」


「……エドガー! 合流しましょう!!」


「ムチャを言わないでくださいよ、姉さん」


彼が相手している触手は2本。

それでも、互角でいられるのが奇跡なくらいに、

攻撃は多角的アングルから放たれていた。


加勢しようとすると、出足を狙ってクレオは的確に攻撃してきた。


速度は大したことがなくとも、

クレオはジェーンの動きを完全に予測して対応している。

どんな移動ルートを考えても、先にはクレオの体から生えた触手が待ち構えていた。


「何度でも言うわ! なんで戦うの!

 あたし達、戦う理由がないでしょう」


「君は私に反対なんだろう?

 いや、そうだね、認めよう。この戦いに意味はない。

 ただ君が私に反論したことが嬉しくてたまらない」


「どういう……?」


「否定したいけれども。君と戦うと魂が喜ぶんだ。

 親友であり最愛の人なのに。おかしいよね」


「おかしいわ! 前世が暴走しているんじゃないの!?

 前世がスゲーマンの宿敵だったんでしょ?」


ヒーローの宿敵というのは、

多くの場合、なにもないところから浮かび上がるものではない。


「関係ないよ。私はこれまでずっと理性の徒だった。

 前世の恩恵、危険性は完全に管理してきた。

 これは私にとっては軽いエキササイズだ」


それは近いところから、縁が深いところから浮かび上がる。

そして、因縁はヒーローに与えるダメージが大きければ大きいほど、

宿敵、アークヴィランが誕生する可能性は高まる。


「そう。前世があることは、必ずしも幸福を齎さなかったのは事実だね。

 私も君も、おかげで両親に殺したいほど憎まれたようなものだ」


「……貴女も?」


「驚くには値しないだろう。親とは、そういうものだ。

 成長を望んでも予測の範囲を超えた成長では、

 親としての貌を保てないのだ」


「……悲しかったよね」


「さあね。私は幸いにもそれどころじゃなかったから。

 転生した瞬間、強引なシリーズリブートみたいに

 無茶苦茶な知識と記憶を流し込まれて情動が大決壊した」


クレオの言葉の全てを理解した訳しているわけではないだろう。

ジェーンの転生の目覚めは穏やかなものだった。

米の美味しさに目覚めて知識と才覚を暴走させて食料革命をし、

やりすぎてギロチンにかけられたら

地球を逆回転させてタイムスリップをした。


ヒーローならよくある流れだった。

特にギロチンは。


「落ち着いた頃には

 祖父が保護してくれたし、君にも会えた。

 私にとっては両親とは真に価値ある出会いへの踏み台だ」


薄い笑みを貼り付けて、

何事でもないように謳う。

その様子に、長年の親友は眉を顰めて訝しんだ。


クレオに、なにか底意地の悪い企みが見えたのだ。

それは、悪戯を思いついた子供のようでもあった。


「戦う理由がないと言ったね」


指を鳴らすとジェーンにとって親しい相手が

天井に空いた穴から落ちてきた。

飛蝗を模したコスチュームに実用性を載せ、

体中に武装を仕込んだヴィジランテの典型的な姿。


シオン、自警団名はホッパーだ。


「前世が残忍だったせいかな。

 君がもっとやる気を出してくれるなら、

 愛する人の許嫁だろうと喜んで足蹴にしよう」


サッカーボールキックで

ホッパーの頭部を集中的に蹴りつける。

意識をなくしているが、

打撲音はクレオが原則非力だからこそ痛々しく響く。


「何をしているの! 貴女はそんな人じゃないでしょう」


「そうだ。私は本来はそんな人間じゃない。

 こうしていても胸がムカムカする一方だ。

 でもね、こうしていればね。君が怒ってくれるだろう。

 前世が今こそ“僕”を見せつけろって言うのさ。

 僕の人生をずたずたにしたクソッタレが!」


クレオが何度も何度もシオンを蹴る。

それを止めようと突進すると

相手はあっさりと距離を取った。


シオンに生命の別状はない。

外傷が多少あるが、内臓は問題ない。

それもあってか、ジェーンが気にかけたのは、

許嫁の惨状よりも、親友への違和感だった。


「あなた、前世をすごく憎んでいるのね」


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