【十五】れっきとした人間だ
本来のシオンとの合流地点。
ここでないといけないわけはないが、
彼女は非常に優秀な人物だ。
待ち合わせ場所一つにも意図があると思った。
「王城のこんなに近くに来たんですね」
シオンを睨みつけながらエドガーが呟いた。
見上げれば城壁がある。
衛兵の見回り地点でもあるはずだが、
今は人がいない。見つからないように気をつけなければ。
「みんなに言っておく。
僕はコソコソしたことが大の苦手なんだ。
これはそういう性格とかじゃなくて本当に必ず見つかってしまうんだ。
二人には僕のフォローをお願いしたい」
シンプルに事実の申告だった。
「頼られた……!!」
感極まったエドガーが崩れ落ちる。
彼を常識的な感性の持ち主と、
初めて会った日にどうして僕は思ったんだろうか。
「とにかくシオン。
一度、エドガーに謝ってくれ。
彼は金魚のフンじゃない。れっきとした人間だ」
彼が時間経過につれて人間としての
とっつきにくさを表面化させているが、
だからといって侮辱されていいわけではない。
「断ると言ったら?」
「デコピンをする。
僕のは痛くて飛ぶぞ」
「俺なんかのために怒ってくれている……!」
シオンが油断のない身のこなしで
僕とエドガーの両方を視野に入れられる位置に動いた。
突然に僕達に襲われても対応できるようにだ。
今、彼の脳内では僕なんかでは想像もできない速度と回路で、
謝罪をするか、僕達と交わらないことを強調するか、
どうすべきかのメリットとデメリットを思い描いているのだろう。
結論に至ったヴィジランテくんが
エドガーに軽く頭を下げた。
「すまなかった。君は金魚のフンじゃない」
「“人間”だとまで続けて?」
「エドガー、君は人間だ。」
よし。これで険悪なムードは打ち切ろう。
ごめんなさいができるのなら安心だ。
ヴィジランテにはそれが難しい。
ムードを刷新しようと、この場所についての話題にシフトした。
「それでここに何かあるかのかな? ないならまた場所を移すよ」
結構な距離を一瞬で移動したが、
エドガーにもシオンにも疲れは見えない。
ジェーンに運ばれたシスマはその場で嘔吐していたけれども、
僕は慣れているのでほぼ振動無しで運ぶことはできる。
きっと日々の激務で疲労が重く蓄積されていたのだ。
一方でこちらの男性二名は平然としていた。
普通は慣れない間に高速移動に付き合えば
どうやっても少しは目を回してしまうものなのに。
二人ともタフなんだなあ。
「ここでいい」
シオンは首を振って周囲を探索した。
僕も超視力があるから役に立てるかなと思った。
「開けた場所だけれど、どんな場所か知ってる?」
「いえ、わからないです。
ここには何も置くなとクレオ大臣に命じられてはいますが」
「ここでこっそりキャンプでもしているのかな」
「……なるほど。考えもしませんでした」
エドガーは感心しているが
大した推理ではない。
整備された道から逸れた
草むらにスクウェアを描くように極細の轍ができている。
この跡ができるということは、
クレオはこっそり気分転換に
夜中にでもテントを張ってキャンプをしていたということだ。
理由は簡単。研究や政治だけでは息が詰まって肩が凝るからね。
誰もいない時にキャンプ道具を持ち運んで
安全な城の近くでのんびりするってわけさ。
状況から判断すれば難しい謎でもない。
「都会暮らしが長いと、色々……ね」
ここでちょっとしたファンサービス。
都会暮らしの洗練された洞察力をアピールだ。
生前にヒーローをしていた経験が活きた。
「すごすぎでしょ……名探偵だ」
少しキメすぎてしまったか。
トレンディを出しすぎてしまったようだ。
エドガーが恍惚している。
「その頭痛のするお遊戯はやめてくれ。
何も掠っていない探偵ごっこもだ」
轍に埋められていた極小の宝玉四つにシオンは触れた。
僕は見抜けなかったものだ。
四隅が赤色に発光する。
「この先にクレオがいるはずだ」
何もない場所にドアが出てきた。
それもただのドアではない。
自動で開閉するもの。
僕の時代の技術を魔術に応用している。
それはいい。追っている人物は、
前世を持つ人らの寄り合い結社、
シヴィルリーグの中心人物だった。
自動ドアくらいは理解しただろう。
だがこのシステムに強い既視感を覚えた僕は、
胸騒ぎがして先走ってしまう。
「そんなまさか」
ドアを無警戒で潜った。
向こうには心が怯えるほどの強い魔力の香り。
通常の自然環境ではありえない、
空のない無限に続く上昇空間。
「夜の要塞だ」
僕と決別し、行方不明になった彼は、
どこかで実戦的な魔術の修行を行って、
どこからでも入ることのできる不可視の魔城をいくつも造り上げていた。
ここはセイメイが根城に使っていた魔空間の一つだ。
「どうしてクレオがここを?」
遅れてやって来たエドガーが、
辺りに敵がいるかを確認した。
もしもクレオがジェーンの言う通り、
敵ならばここで何らかの反応が来るだろう。
「何もいませんね。ここはどこですか?」
「君も見ただろう。
シニスター・セイメイの技術・頭脳の威力。
奴が陰謀を巡らせるための基地が、ここだ」
要塞と言っても、知らない人間が見れば
異空間に、ド田舎にありがちな山があるだけだ。
雑木林に突入すると、何処から入ろうとも
侵入者と判断される。
「なんですって……! 俺とスゲーマン様が
邪悪に堕ちたクレオ大臣と決闘して成敗するんですか……?
なんてこった、今日を俺の誕生日にしていいですか?」
「それは家族と相談して決めて。
あとクレオは敵と決まったわけじゃないし、
戦いになっても殺さないよ?」
「その心は?」
「いや意図とかじゃなくて
人を殺すのは良くないことだからね?
誰かが手を下すとしても、それは法の手に委ねないとさ」
「おおぅ……また一つ
正義がミチミチに詰まった薫陶をいただけた……」
…………この子、ちょっと黙ってくれないかな。
シオンはドアを潜って来ない。
入る気はないか、
それとも僕達と行動をともにする気がないかだ。
「とりあえずは入ろう」
「なにか警戒すべきことは?」
「僕を頼らないことだね。
奴の空間は足を踏み入れる度に形が変わる。
セイメイの頭脳ならわずかの手がかりで全貌を理解できるけれども、
僕達にはそれはできないから、何が来てもおかしくないと思っておこう」
「はっ!」
良い返事。大事なことだ。
こうしてみるとやはり正義感が強く物腰も穏やかな
素晴らしい好青年だ。僕が間違っていた。
彼の返事に頷きかけ、僕が率先して要塞に入った。
雑木林を模した空間で、周囲の景色が
陽炎のように揺らめいた。
僕の取り巻く四方が変化すると、
見知った光景が広がった。
フローリングの床、
壁一面の巨大なテレビ、
ロボット掃除機が静かに掃除と整頓をしている。
何の変哲のないマンションの一室だ。
住みやすさを重視した空間だ。
どこにでもある居住空間だ。
ここが今回のダンジョンか。
最奥部に行くまでどれだけの時間がかかるか。
BEEP,BEEP
僕達の存在を探知し、甲高い警報音が鳴り響いた。
さっそくのお出ましか。
こちらが何かを言うまでもなく、
若き騎士団長は臨戦態勢に入っている。
バタバタした足音。
スリッパを履いた人間が走っている。
幻聴の可能性がある。音の主は反対から来るかも。
「誰!? 誰が来た!?」
金属バットを持って、
スラックスのボタンを閉じず、
血相を変えてクレオがやって来た。
「いましたよ! クレオ大臣。
我が姉に不当な汚名を被せ、国賊とした報いを受けてもらうぞ」
「待つんだ。君に聞きたい。
もしや君の前世もセイメイなのか?」
外れてくれればいいと願う。
これが当たってしまうと敵の可能性が高まってしまう。
「そうだよ」
あっさり頷かれた。
そうなれば、彼女も前世の記憶に従って、
僕とジェーンを倒そうと目論んでいるのか?
なんということだ、彼女がここにいなくて本当によかった。
「でもジェーンに汚名は被せてないよ。
どういうことか知りたいな」
「それだけで言い逃れられると思わないでもらおう!
邪悪な陰謀によって、聖女は国中で追われているんだぞ!」
「じゃあ国王に無理矢理にでもジェーンを聖女に戻してもらうよ。
すまないね。私もあの夜以降はずっとここにいたからさ」
指を鳴らすと金属人形めいた鳩が肩に止まった。
紙片を咥えさせ、飛んでいってもらう。
この空間の支配者は
特定した座標のゲートなら何処にでもアクセスできる。
彼女がこの空間の主なのは確かだ。
「外の空間がどうなっているかはわかりませんが……
たしかに害意は見えませんね」
「当たり前だろう。ジェーン・エルロンドは私の最高の親友だよ?
彼女に害を与えるくらいなら死を選ぶよ」
嘘は言っていない。
僕にはわかる。
あれだけ説得した甲斐があった。
クレオは白だ。敵ではない。
「よかったぁ……!!」
その場にへたり込んだ。
それをしたのは僕ではない。
喜びのあまり、表に出てきたジェーン当人だ。
強い感情の揺れが、僕を主人格から降ろしたのだ。
これでジェーンも人を信じる心の大事さを知ってくれるといいな。
僕はそう思った。
「あ、ごめんなさい。さっきまでのはスゲーマンで、
今のあたしはジェーンね。
本当にどうしちゃったのかしら、あたし。
あなたが敵だと思うなんて……どれだけ謝っても足りないわ」
「言われなくても君を見間違える私じゃないよ。安心して。
それに、その状況なら私を疑わないのは愚か者のすることさ」
正解したのに馬鹿扱いされた……?
「ところでクレオはここで何しているの?」
「人体実験。不老不死の研究をしているんだ、案内するからついて来なよ」
………………はい?
「あら、興味あるわ!」
両手を叩いて喜んだジェーンが
クレオの案内に従った。
…………うん? 人体実験?




