【十二】セイメイ! セイメイでねが!
天体観測があった夜。
あの後に、リンは大股歩きでその場を後にした。
僕がなにかよくないことを言ったのはわかるけれども、
子供な僕にはそれがなんなのかはよくわからず、
とぼとぼと一人で家に帰って、両親にすぐ相談した。
「あそごんちがぁ……」
僕にとって、両親の存在は絶対だった。
だから、何かしらの名案を出して
友達を助けてくれると思っていた。
だが反応は芳しくない。
ミカンを閉じ込めた牛乳寒天をナイフで切り分け、
テーブルに向かい合って食べていく。
牛乳を使ったスウィーツは偉大だ。
なんでも満足感が出るし、おしゃれだ。
父にとってはかけがえのない休息時間、
貴重な睡眠を邪魔されたも同然だったが、
怒らずに話を聞いてくれた。
「おいだも六川さんどごがいぐねのは承知だどもよぉ。
児童相談所に持ちかげでもあそこんぢは
すーぐかまげすがらよいでねなあ」
「だどもおっどぉ。リンはおいの友達だで、
なんどがしでやりでねがせ。
どうにがなんねもんだべが?」
「あそごんぢはむがしっがら代々えふりこきだからよぉ。
へだに騒いでも娘さんがよいでねごどになるべさ」
セイメイの家は大きい。
意識してから見てみると僕の家の5倍の大きさのお家だった。
お母さんは掃除が大変だろう。
「息子だっでば、おっどぉ」
「あれま、まだやっでしもだ。
息子だっだな」
父の言うことが正しいのはわかる。
あそこの家は代々ええかっこしいで
ひどく体面を気にする。
なら、子供を殴ったことを通報しても
暴力や暴言の矛先がさらにリンに向くだけだろう。
「しっがしなんでリンを殴んなや、あそご。
んがだの子供の何が不満なんだなや。
意味わがんねや。
あいづほどかしげやつな、いねべっだ」
リンは家業を継ぎたくないと言っているし、
農業に関わる気もないと公言している。
それに学校にもまともに行っていない。
しかし、それくらいで彼の価値が損なわれるものか。
あの頭脳は世界の宝だ。
「えふりごぎってのはそんだもんだ。
あそこん家は昔は一番立派な豪農だったしよぉ。
自分の子が手の届がね天才ってのは我慢でぎねベもん」
そんなものだろうか。
口を動かすと
牛乳寒天のまろやかな舌触りが
夜食と思えない満足感をくれる。
口の中は幸せだが、心の中は暗澹としている。
子供が頑張ったて成果を見せたら親は素直に喜ぶものだろうと思う。
少なくとも、うちではそうだ。
「おめはおいだにそっだごと気にせねでいがらな。
なんさでもなるどいべもん」
畑の見回りに行っていた母が戻ってきた。
そう言われても、僕はとっくに進路を定めていた。
歳を取った両親の跡を継いで
両親のようなかっちょいい農家になるのだ。
僕の頑丈さがあれば土地を広げていいし、
家で最年少なのだから
みずみずしい感性を磨けば
毎年低く見積もっても2万人の人口が減っている秋田を
仙台並みに栄えさせる名案も浮かぶだろう。
親友のリンに遅れようと、
僕だってクマ語翻訳アプリに匹敵する
世界中が愛好する発明品を生み出せるに違いない。
「でぇじょうぶだっで。
おいは農家以外になる気ねがら!」
胸を叩いて断言する。
両親を安心させるためだったが
逆に気まずそうに顔を見合わされた。
農家を継がせる気はないと言われた時は
世界がひっくり返ったようなショックだった。
しかし、この時点で両親には家業を継がせる気がないと
記憶を客観的に見るとわかる。
この時には両親は内心、
僕を後継ぎから外していたのだろう。
ちょっと……かなりショックだ。
僕はずっと空回りしていたのか。
玄関のインターホンが鳴った。
実家のは少し手応えがおかしいので
一回鳴らしてから、さらに連続して二回鳴らす人が多い。
今回もそうだ。動物や幽霊が押したのではなく、
誰かが来たのだ。こんな真夜中に。
「はーい……リン!
じゃなかったセイメイ! セイメイでねが!」
ドアを開けると、
緑の匂いと無数の虫や蛙の大合唱を背景に
六川リンが立っていた。
ジャージのポケットに両腕を突っ込んで
長い髪をこちらに叩きつける勢いでそっぽを向いている。
どうして夜中に僕の家に来たのか。
彼が家に来るのは初めてのはずだ。
「また訛ってるよ……」
開口一番、リンは嫌そうに漏らした。




