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【ニ】格好良いかもね

【二】

 そこは僕のいた世界だった。

 超高層ビルが並び、青空に灼熱の太陽が浮かぶ。

 ジェーン・エルロンドが生きる世界とはまるで別物。

 全てが豊かで、洗練されている。

 空気に馬糞の匂いが混じることもない。

 吐瀉物や生ゴミの匂い、それと残念だが大麻などのドラッグの匂いは混入しがちだが。

 それはジェーンの世界もだった。

 建造物の一つに巨大な爆発が起きた。

 前世からの知識で、銀行という建物が爆発したのがわかる。

 悲鳴が上がり、人々が逃げ惑う(各人が貴族のように仕立ての良い服を着ている)。

 銃という武器を手にし、覆面をかぶった男女が出てきた。

 火薬の爆発する大きな音。

 人間の恐怖心にてきめんに働きかけるもの。

 巨大な袋にお金を詰め込んだ者達が、人質を抱えたまま去ろうとしている。

 あれは銀行強盗だ。

 今回は犯罪者が何かをする暇はない。

 突風が吹き、捕まっていた人質が離れた場所に解放された。

 被害者と加害者それぞれに何が起きたかが分かる前に“ヒーロー”は来る。

「社会に不満があるなら、私生活に心配があるなら何でも聞こう。だから、怪我をしたくなかったらすぐに投降するんだ」

 堂々たる警告が天より下された。

 マントを風で左右いっぱいに広げて、宙に浮かぶ何者かがいた。

 スゲーマンだ。

「来やがった! 今日もなんてピチピチパツパツしてやがる!!」

「撃て撃て!!」

 引き金を引く。

 銃口から鉄の弾丸が吐き出された。

 人間の皮膚を容易く突き破る速度と威力。

 スゲーマンの分厚い胸板が銃撃を弾いた。

 ワアアァァァァァァァァ!!

 周囲がどっと湧いた。

 銃撃を跳ね返す善なる存在が、弾丸を集め、微動だにしない。

 避けるのでも、弾くでもない。

 効かないのだ。頑丈だから。

 それは目にする者に希望の強さを印象付けさせた。

「よし先生を出せ!」

「お願いしまーす!」

 強盗に呼ばれて出てきたのはスゲーマンと同じく、異様な風体をした者。

 奇妙な衣装、剣玉という玩具をあしらった道化師のようなデザイン。

 剣玉という玩具を大振りな武器にする男。

「スゲーマンと言えども、新たな邪悪の台頭を抑えることはできまい……このソードボウラーをな!!」

 お約束の名乗りシーンだ。

 ヴィランは登場する時、高額指名手配犯メジャープレイヤーでない場合、こうして見栄を切って自己紹介するのがお約束だ。

 誰にしているつもりかはよくわからないが、きっと世の中全体にしているのだろう。

 近くに停められていた自動車をソードボウラーが剣玉で打ち飛ばす。

 象でも無理な怪力だったが、スゲーマンには効かない。

 できるだけ飛んできた車を受け止め、破損しないように下ろした。

「どうしてわざわざ?」

 ジェーンが疑問を漏らす。

「あの飛んできた車は、すべてが誰かの物だからだよ。持ち主がどの自動車保険に入ってるかわからないし。それならなるべく壊さない方がいい」

 ジェーンの横ににゅっと現れた僕が補足した。

 突然の出現だが自然のものと受け入れている。

 この過去世界においては、僕と彼女の意識は密接にリンクしていた。

 ソードボウラーが剣先に繋がる鎖を振り下ろし、大玉を投げた。

 腕力によって砲丸めいた威力になり、スゲーマンにぶつかる。

 銃弾にはびくともしないが、これには苦しそうに呻いた。

 意味不明なことに、車よりも剣玉の方が威力は上らしい。

「くっ……!」

「まだまだ!!」

 ソードボウラーが突進して剣先の剣を突き出す。

 銃弾の雨でもびくともしないボディ硬度だが、剣先は鎖骨部分に刺さった。

 ジェーンをして超硬度のボディに見えても、この前世の世界では違う。

「どうだ? さぞ苦しいだろう!」

「こんなのは……慣れている!」 

 スゲーマンの右手が消失し、次には肉を打つ甲高い音が響いた。

 シンプルなビンタ。

 それが神速で出された。

 右手でソードボウラーの左頬を張り倒した。

 車を打ち出し、大玉を操る強敵、ソードボウラーが瞬殺された。

 横に空中側転。

 それを風車のように回って、地面に突っ伏した。

 目が回ったのと高速スーパービンタのダメージ。

 そうそう耐えられるものではない。

 事実、ソードボウラーはそれで気絶した。

「なんだもう負けたのか!!」

「高い金を出したのによぉ!!」

 切り札を失った強盗団は悪態をついて闇雲に銃を撃つ。

 狙いが雑になり、周囲の人々に弾が当たりそうなのを、高速移動で防ぐ。

 だけでなく、同士討ちになりかねない弾丸も弾いた。

 スゲーマンによる尽力のおかげで、この場では誰も死んでいない。

 血も流れていない。

 ソードボウラーですら目を回して気絶しているのみ。

 高速移動で犯罪者たち全員を縄で縛って、スゲーマンは警察署に運んでいった。

 事態が平和に収まったのを理解した民衆は、彼の行いに感謝した。

「ありがとうスゲーマン」

「スゲーマンってすげー!」

「あなたこそ最高のヒーローよ!」

 ニコニコと笑って手を振り、スゲーマンは歓声に応えた。

 凄い人気だ。王が受ける称賛とは別種だが、熱量は王へのそれを凌ぐ。

 ジェーン・エルロンドも飢餓の撲滅者としてお米の聖女と呼ばれ、歓声を浴びることはある。

 シスマ曰く、それは王への尊敬の念よりもずっと強く、中身が詰まっているらしい。

 お米の聖女、呼び名とともに受けてきた信仰めいた感謝。

 個人的にはとても気に入った渾名だったが、それでもここまでの歓声はもらったことがない。

 彼女は飢餓を滅ぼしたが、それと同時にすべての農家に知識を修めることを強要してきた。

 知識を得たことから来るリターンは絶大であり、乗り越えた農家からはいっそうの感謝の言葉はあったが、過労で倒れた農家からの恨み言も多い。

 そんな彼女の傲慢さとは、前世の彼の行いは正反対だった。

 ただただ純粋に善を成す。

 見返りを求めず、敵の血も流さず。

 処刑の日に、ギロチン台の隣にピチピチマンが立っているのを見た時は、自分の正気と相手の正気の両方を疑った。

 けれど、こうして実際のところを見るとわかる。

「格好良いかもね」

 ジェーンはずっとお米のことを考えてきた。

 お米とは、噛めば噛むだけ味がして、暖かくても冷たくても別の美味しさがある。

 まさに幸せの結晶。

 それを追求する以上に心を震わせるものはないと思っている。

 しかし、それはそれとして、スゲーマンのしていることは良い生き方だと思った。

 とりあえず、僕は彼女がそう考え、感じているのを嬉しく思った。

「あれ、誰?」

 ジェーンが指差す方には銀行強盗やスーパーヴィランではない、謎の存在がいた。

 フードを目深く被って、スゲーマンを凝視する存在。

 …………ゲッ。

「あれは置いておこう」

「知り合い?」

「そうだけど、ちょっとまあ……大人の関係だから」

「恋人?」

「違うっ!!!」

 大声を出してしまった。

 どういった風に説明したものか。

 そもそも前世の因縁など、彼女には関係ない。

「まあ、宿敵で……凄く嫌な奴だよ」

 ざっくりした説明だがそれでいいだろう。

 アークヴィランの概念なんて、この世界にはあるわけないのだし。

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