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【二】目元ってそんなに大事なの?

とにかく王都に行って何が起きているかを突き止めよう。

そう決めたので馬車を乗り継ぎして移動していた。


「あー空飛びたいー」


ジェーンがボヤいた。

徐々に空を飛ぶのが好きなってくれているようだ。

よかった。僕も空飛ぶの大好き。


馬車は乗れないし正体を明かしたので

仕方なく、あの後はずっと歩いた。

早歩き気味ではあるが、

それでも馬車よりは大幅に移動スピードが落ちた。


心地よい陽気だから歩くのもいいだろう。


「ねえ。やっぱりあたしがおんぶして走りましょうか?」


「駄目です。目立ちます」


普通なら前世である僕の鋼鉄の身体を継承したジェーンなら、

何が起きても問題はない。

高速移動してさっさと目的地に到着していいとも思う。


──用心は大事だよ。


人目を避けようと主張したのは僕だ。

先の戦いで宿敵セイメイが転生しているとわかった。

ああいう存在が他にもいるとなると、

下手に高速移動をするのは問題だ。


僕の世界、正確にはこの世界は僕のいた時代の遠い未来なので、

過去と表現するなら空を飛ぶ存在は

まあ鳥と飛行機と魔法使いと宇宙人と異世界人とクマと妖怪とモンスターと色々だった。

だが現代では鳥と魔物しか空を飛ばない。

高速移動もどれだけの人ができるかわからない。


これでは近道しようとすると覿面に目立ってしまう。

ジェーンの活動範囲はリトルファム内と狭いのだからなおさらだ。


「こういう時に過去の積み重ねが大事だってわかるわね。

 農場に出なかったらとっくにバテてたわ」


馬車を降りて十時間ずっと歩き通しだが

二人に疲れはない。

ジェーンは僕の体力があるが、

シスマのタフネスさには舌を巻く。


「もうすぐ王都につきますよ。

 また変装してくださいね」


手配されたとわかった瞬間、

すぐ近くまでシスマが来ていた。

それからジェーンを匿ってこれからどうするかを考えたのは彼女だ。

猪突猛進の聖女の外部頭脳であるメイド長。

彼女が現れた瞬間に、ジェーンは落ち着きを見せた。


「えー。あれつまんないからやだー」


「スゲーマン様が言っているでしょう。

 “頭のいい人は予想もできないことをしてくる”と。

 貴女が隠れなければここまで歩いた意味もありませんよ」


「それは嫌だけども……息苦しい」


渋々とシスマが作ったマスクを手で弄る。

ワガママを言われると困る。

それにせっかくシスマが作ってくれたんだから使うべきだと思う。


──ドミノマスクにする?


それはそれとして少し提案をしてみた。

ドミノマスクは目元だけ隠した蝶のようなマスクだ。

人間は目元が変わればわからないもの。

僕も前世では目元の演出に特に拘っていたものだ。


「それ逆に目立たない?

 ドミノマスクって舞踏会でつけるやつでしょ」


「今は自己表現に奇っ怪なことをする人がいますから

 いいかもしれませんね。

 せっかくマスクを作ったのですが……」


「まあ何かに使うでしょ。

 やり方は覚えたから得したわ」


シスマにちょちょいとドミノマスクを作ってもらう。

メイド長らしい手先の器用さで

簡易マスクを彫ってもらった。


「造りはあまり堅くないですから激しい運動はしないでくださいね」


「ありがとう。すっごく快適ね。

 でもバレそうな気しかしないわ。

 ほぼほぼあたしの顔がお天道さまに露出しているじゃない」


受け取ってすぐにドミノマスクをつける。

頭をぶんぶん振っても落ちないかを確認した。

彼女の特徴的な豊かな長髪に

目元まで隠れると、髪の主張がとても激しくなった。


全体的に肉付きが良く、

胸囲も臀部も大きい彼女は

そのマスクをつけていると女子プロレスラーのようだった。

人の目を集める適性があるんだろうな。


「いえ、目元が隠れているから大丈夫です」


「そうなのかなあ」


バレたらその時はその時と緊張感なく考えているので、

彼女はそれ以上は気にしなかった。

もう巨体になりたくもなかったからだ。


「つきましたよ」


「イエーイ」


巨大で遠大な弧を描く城壁、

門には衛兵が詰めている。

ジェーンが手配されたせいか、

門を行き来する人々が厳重に検査されている。


「ここです」


しかし、二人が行くのは正面ではない。

城門から離れたところ。

下水道の排水が流れる付近だ。


岩が積み重なっている隙間にシスマが手を入れると、

スイッチが作動し、岩の代わりに門ができた。

土属性魔法で入口を覆い隠すものを作っていた。

わんぱくな子供なら入っていきそうな場所、岩の隙間だ。


「ご安心を私の血にのみ反応するようにしてあります」


メイド長の指先の傷から血液が伸び、跳ねた。

なにやら事情通の彼女がいてくれてよかった。

僕達だけなら無理矢理に正面突入していただろう。


おかしいな。僕もジェーンも研究者をしていたのに

どうしてこうも潜入というのが苦手なんだ。


「さあ入りましょう」


そう言って入ろうとしたメイド長の手の横に矢が刺さった。

黒尽くめの装束の男女が二人。

片方は射出したてのボウガン、もう片方は長弓を構えていた。


経験豊富な僕は一目でわかった。

何かのエージェントだ。

あのあちこちの組織が抱えていて普段何しているかよくわからないし

誰が何処に所属しているか気づけば変わっていたりするアレだ。


こういうのって退職手続きどうなってたんだろ。

生きている時に聞けばよかったなあ。


「ジェーン・エルロンドの右腕ですね」


「貴女を拘束します」


「私が誰か知ってのことですか?」


「史上最強の代行者。

 最強の魔法使い、血剣のシスマ」


「全エージェントの憧れです。

 公爵家もろとも引退するまでは」


ジェーンが倒そうかとそわそわするのを制する。

ここでバレているのはフードの下を見透かされたメイド長のみ。

元聖女はドミノマスクの変装が効いてバレていない。

マスクを剥がされない限りはジェーンとバレることはないだろう。


「本当にバレてないの? なんで?」


──目元を隠しているからだよ。


「シスマはバレてるわ。顔の大半が見えないくらいにフードを被ってるのに」


──目元を隠していないからだよ。


「目元ってそんなに大事なの……?」


どうも腑に落ちないジェーンはしきりにマスクをペタペタ触った。

せっかく作ってもらったのにもう指の脂でべたべたにするだなんて。

マスクへの敬意がないな。

僕は素顔で活動していたけれども、マスクや眼鏡に指紋をつけるのはよくないことだとわかる。


「私達はみな、貴女の名前を追い、いつかは追いつくことを目標としてきました。

 今日この時をもって修練が実ったと証明してみせましょう」


「どうか刃が錆びついていないことを」


そう言い残してボウガンから矢が連射された。

一発一発がライフルの威力。

加えてこれは矢。弾丸にはない長所がある。

それは、矢はいくらでも軌道が曲がるということだ。


ボウガンでもそれは変わらない。

水切りのようにスナップを効かせて引き金を引くと、

矢は左右にも上下にも揺らいで進むのだ。

これをどう捌くか。


それだけではない。

弓において弦をかける部分の下部を設置させ、

矢をつがえて構えている。

本来は放たれたら何が起きるか。

遠距離狙撃をするのが旨な長弓でどうして姿を見せているのか。


「貴方達、どれだけ鍛えていますか?」


「基本修練は同期5位で卒業した!」


「そうではなく……学生時代の栄光を笠に着る程度だとわかったから十分です」


「老兵が──」


その続きは言葉を切ったのではない。

顔面蒼白になった。

予測不可能な軌道を描く矢がすべて容易に叩き切られていた。


「馬鹿な……!?」


「曲がる前で叩けばただ直進するだけの矢でしょう」


血剣の異名に違わず、

自らの血液を刀身にして手足同然に操っている。

鏃が削る血液が赤い霧となるが、

それすら再吸収してダメージにしない。


「そんなことができるわけない」


落ちていた矢の嵐の欠片を蹴りあげる。

破片が長弓を握る手に突き刺さった。

痛みで反射的に手を離したところでシスマの長い脚が顎を蹴った。


ボウガンの使い手が愚直に連射と速射、曲射をするが

効果的な対策によって全て撃ち落とされている。


「基礎訓練はずっとやるものですよ」


ボウガンを持ち上げ、

それから鳩尾に膝をお見舞いした。

かなりの凄腕だっただろう二人をこうも鮮やかに。


流石はシスマだ。

全てが効果的で優れている。

なによりも鍛え方が隔絶している。


「うわぁ……すごぉい」


身のこなしはシオンに似ているが、

練度は彼女の方がとても上回っている。

戦えるのは長年よちよちとベイビー同然にシッターされてきたジェーンもわかっている。

けれどもこれほどとは予想もしていなかった。


呆けた溜め息をついて小さく拍手した。


「しばらくは私が露払いします」


彼女の先導で下水道横にある隠し通路に入った。


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