表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/79

【十八】それにしてもクマって

 初めてのスーパーヴィラン戦。

 正確には“後の”ではある。

 だが、味わった痛みは、ヒーローのキャリアにおいて、この時に勝るものはなかった。

 二人の基地だった地下空間は崩壊し、彼の作った兵器は僕の全身を傷つけた。

 この戦いで、僕の体は傷を負うのだと初めて知った。

 僕もみんなと同じように負傷で死ぬのだと悟った。

 それは恐怖とともに、強い安堵を与えた。

 僕も人間と同じなのだ。

「君にも……自分は一人じゃないと知ってほしかった……」

 肩で息をし、クレーターの中央で倒れる親友を見下ろす。

 ずっと未知のものを求め、自分と同等の知性を探していた彼に失意は見えない。

「騙していたな」

 仰向けに倒れ、目を逸らして彼が呟いた。

 こんな形で明かすとは思っていなかった。

 彼が対等と思える存在と出会ってからにしたかった。

「それは……すまない。でも、僕は君が求める存在ではないと思って……」

「僕が滑稽だったか?」

 腕で目を隠し、彼は尋ねた。

 違う、と言っても聞かないのはわかる。

 彼はずっと自分の感情・考えは自分で決めてきた。

 その純粋さと強さは、黒い太陽のような魅力を放っていた。

 だから、敵対した今は、それがマイナスに働くとわかってしまう。

 僕が拳を下ろせば片がつく。

 だがそれをできるとは思えない。

 彼は僕の親友だ。

 家族以外で初めて親密になった人だ。

「誤解するな」

 山の反対側では肝試しが終わって、夏祭りで賑わっている。

 打ち上げ花火の音が戦いでの騒ぎを消していた。

「私が世界の裏側を求めたのは。友を作るためではない」

 この時はお互い、この世界には魔法があるとは知らなかった。

 というか、世界の表舞台には確たるそれが表に出ていなかった。

 これから起きる事象で、人々の目が触れるところにまで、超常たるものが引きずり出される。

「このシニスター・セイメイが真に世界を統べるべき孤高と証明するためだ」 

 相手の武装は全て解除したはずだった。

 だがそれだけではなかった。

 奥歯に起爆スイッチを仕込んでいたのだ。

 気付いたわけではない。

 後になってそれに思い当たっただけだ、

 だから僕は、ただ、彼の言葉に返答した。

「君を助けたかったよ」

 締めの花火を包み込む爆発が山の反対で起きた。

 夏祭りの会場で、人々はそうと知らずに命を落とす。

 地中で爆弾が爆発したのを聞き、駆け出した僕は、最初に両親を助けた。

 彼らを見捨てれば、もっと救えただろうが、両親を助けないという選択肢そのものが頭から消えていた。

 それでも可能な限り、爆発してからせり上がった土と火が人々を吹き飛ばすまで、可能な限りの人々を助けた。

 あと一人、せめてあと一人と続ける中で、学校の同級生が僕の前で全身が弾けた。

 特に親しかったわけではないが、スポーツ推薦で県外進学が決まっていた男の子だった。

 少なくとも、今日この日に死ぬと予想はしていなかった。

 近くには恋人らしい少女(恐らくはそれなりの遠距離恋愛だ)がいた。

 まとめて僕の前で爆発に殺された。

 彼だけでなく、多くの人が死んだ。

 知らない人といっても人の少ない土地でのお祭りだ。

 何度もやれば知らなくて話したことがない相手でも顔見知り程度にはなる。

 僕が爆発の中に飛び込んでも無傷だったが、すでに彼らが事切れているのだから無駄だった。

 そのムダをし終わった僕は、爆心地の中央で途方に暮れた。

 耳を澄ませば幼馴染だった、あの男は何処かへ消えた。

 儀式はどうなったのか。

 1つ目で止めたはずだから不完全のはず。

 しかし、こういうのは不完全だと……。

「ガウガウ」

 僕の前で、空間が歪み、スーツを着たクマが出てきた。

 二足歩行をし、眼鏡をかけ、僕に何事かを訴えてきた。

 熊害が多い県だったが、こんなに文化的な熊はいなかった。

「ガウガーウ」

「ガウガウガウ」

「ガーウー?」

 歪から、今度は武装した熊も来た。

 色々と有りすぎて頭が疲れ切った僕は、熊語翻訳アプリを開いた。

「こんにちは。あなたはこの世界の人ですね。私はクマ王国の外交官です」

 名刺のような鮭のホルダーを差し出し、スーツのクマが恭しくお辞儀をした。

「私達を隔てていた結界が壊れ、我が王国が貴方の所に来てしまったようです。このことをどなたか偉い方にお伝え願えますか?」

 秋田は大半が山脈で居住地が限られている。

 昔から、巨大な壁に囲まれた土地で過ごしていた気分があった。

 それが、今はクマの王国が山脈だった場所に聳え立っている。

「……どっちにしても無理だった」

 幼馴染だった彼の願いは果たされた。

 この夜から、せきを切ったように、世界には未知が溢れることになった。

 喋る熊。クマ王国。

 初めから、彼の孤独は癒やしようがなかったように思えた。

「それにしてもクマって、アハハ」

 止まらない涙を拭い、僕は笑った。 

 目の前で、ただの同級生や、顔見知り達が死に、僕は生涯の親友をこの日、死んだものとした。

 もしも、もしもだけれども……。

 この夜を、孤独の闇に消える彼を止める機会がまたあるとしたら……。

 その時、僕は────


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ