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【十七】なんて素敵なの……/バッチリズレてる

 これで一件落着したと思った。

 シヴィル・リーグの技術と知識というのは、この世界のために必ず役に立つ。

 ジェーンに稲作の知識が戻らなくとも、この秘密結社のサポートを取り付けられれば何でもできるはず。

 僕の知名度が通じたことで、剣呑な言葉が飛び交っていた会合が一転してコミケ会場になっていた。

 アメリカなどではコミコンと呼ばれるものだ。

 懐かしい光景だ。よくコミケやコミコンでサイン会や握手会をやったものだ。

 みんな僕のエピソードに僕より遥かに詳しかった。

 僕の一挙手一投足に意味を見出し、覚えていないような会話に僕の本心を見ていたものだ。

 振り返ると、怖い。改めて不用意な発言をしないようにしよう。

 今はとりあえず一人、怒りに打ち震える者がいた。

 わかりやすくブルブル振動している。

 集まりの進行役だった青年らしき人物だ。

 スゲーマンの名によって計画がうやむやのままにコミケ会場になったことに強い屈辱を抱いているようだ。

「お前達……」

 円卓に尻を向けて騒ぐファンボーイズに、青年は憤った。

「この世界でもヒーロー賛美を続けるつもりなのか……!」

「やれやれまだ時流が変わったのをわかっていないのね! もうみんなスゲーマンの虜よ! つかヒーロー賛美とやらと伯爵一家を殺すの大して関係ないわ!」

 ジェーンが指差しして声を張り上げる。

 流石は辣腕実業家でもある聖女。

 虎の威を借るにも一切の躊躇がない。

 そして彼女の宣言に否定の声が出ない。

 もうこの場は安定したように見えた。

「ちっ……ならこの場で決めてもらおう!!」

 青年が仮面を外して素顔を晒す。

「ああっ!!」

 処刑の運命を持つ聖女が、相手の赤髪に驚きの声をあげた。

 潔癖そうな印象。

 神経質に見える真っ直ぐつり上がった眉。

 一文字に引き結ばれた唇。

 1年後の処刑の日にいた青年だ。

 革命を先導していたリーダー。

 あの日にジェーンの稲作狂いを糾弾していた男。

「こ、こんにゃろー! よくもあたしを断頭台送りにしたわね!」

 自分を殺しかけた相手に怒りの炎を燃やす。

「何の話だ……?」

 もっともな反論だ。まだ革命は起きていない。

 しかし、これでわかることがある。

 たぶんわかると思うのでクレオに尋ねよう。

「ねえ、君は誰よりも頭が良いわけで、今の反応から、彼は現時点では革命目的のクーデターをするつもりがあるのかわかるよね?」

「どう見ても全く心当たりがないって反応だよ」

「ありがとう」

 よし。

 自分の勘だけを信じなかったことを自画自賛したい。

 ということは、彼はこれから革命を思いつくということだ。

 他の人間が彼に計画を吹き込む場合、魔法の力を王族階級が独占しているので、シヴィルリーグ縁者以外はまず考えつかない。

 そして、この場の全員が僕達の味方になった。

 これでほぼジェーンの1年後に処刑されるという危機が去る。

 真面目に生きておくものだ。

 たぶん真面目のはずだ。

 デビューしたての頃に何度か秋田のステマとかしちゃったけど……時効だよね。

「君…………思い出した。王立学院で首席卒業した人だね」

「二番目だ!! 君の次!!」

「僕に勝てないのは当たり前だから実質、君が首席だよ」

 クレオにとっては慰めだったのだろうが、相手にはそう伝わらない。当たり前だよ。

 なんでこういう天才というのは自然体で傲慢なのだろう。

 天才こそ謙虚さを知るべきだ。

 クレオの言葉で顔を真赤にし、額に青筋を浮かべて怒りに打ち震えていた。

 僕の宿敵も同じようなことを僕が言ったら、いつも不機嫌そうにしていたものだった。

 まあ奴の頭脳は本当に僕を圧倒していたが。それを伝えても受け取ろうとしない。

 どうして何度伝えても伝わらなかったのかなあ。

 スゲーマン人生における七不思議の一つだ。

「こっちは前世の記憶があったんだぞ!! それも誰の記憶かわかるか!?」

「みんなあるんでしょ? 私にはないけど、そもそも転生者だから何さ? 大事なのはどう生きるかでしょ」

「僕の前世はスゲーマンの宿敵、シニスター・セイメイだぞ!!」

「へー、すごい偶然」

 彼女にとっては無関心な情報でも、僕には違う

 長く聞くことのなかった名前。聞きたくなかった名前。聞くと思ってもみなかった名前。

 言われてみると、自分以外の全てを見下し、己の天才さを全ての免罪符にしていた奴の影が色濃く見えた気がした。

 そう認識した瞬間的に、僕の頭に血が上る。

 周囲の目もジェーンやクレオのことも意識から消え去った。

 つまり今の僕は血で出来ているのを忘れるくらいに、激情したってことだ。

「…………セイメイ!!!」

 シニスター・セイメイ。

 宇宙一の頭脳を持ち、魔術の全てを把握したと嘯く男。

 邪悪な頭脳は再現がなく、己が一番に偉大な存在になりたいというだけの極めて幼稚な理由で、僕の生命を狙い続けてきた。

 かつては幼馴染というか親友だったが、今やどうでもいいことだ。

 奴への感情は怒り、嫌悪、憎しみ、その全てであり、どれとも違った。

 宿敵を見つけた僕の怒声にその場の全員がぎょっとした。

 和やかな空気が一転して張り詰めたものになる。

 考えてみれば、僕の来世を死に追いやろうとしたのが宿敵アークヴィランの転生者というのは考えるべきことだった。

 奴は常に僕の敵だったからだ。

 転生しても変わらないのは当然だ。

 この男のせいでいったいどれだけの人が……僕の大切な人も……。

「な、なんだよ……お前なんて怖くないからな! 見ろ!」

「……こいつ本当に宿敵?」

「凄みがないよ」

「惑わされるな。奴は宇宙一の頭脳を持っている」

「あくまで私の次だよ?」

 レトロSF映画に出るようなずんぐりとした丸みを帯びた光線銃。

 引き金を引くと紫色の光線が出た。

 虚空に門が構成された。

 ポータルガンか。元はあるヴィランの発明品だったものだ。

 彼の頭脳があれば当然、構成を理解しているだろう。

 理解していれば再現も可能だ。

 そこに腕を突っ込んで取り出したのは全身を縄で巻かれ、猿轡も噛まされた老人。

 さっきまで殺害の是非を論争してた想定被害者。

 クィバー伯爵。

「んー! んーーー!!」

「殺さないことになったでしょ!」

 ジェーンが非難した。

 それだけではない。その場の全員が“もういいだろ”とぴう顔になっていた。

 もう何をしても支持を喪う流れだが、僕は油断しない。

 セイメイはここからでも世界を掌中に収める。

「黙れ! 悪徳領主はみんな殺すんだよ!」

「この世界で何をするつもりだ……彼を離せ!!」

「や、やだね!」

 ポータルをさらに開け、拘束済みの女の子を取り出した。

 まだ10歳ほどの幼い顔立ち。

 気を失って力なく横たわる姿は眠っているように見えた。

「んーーー!!」

 娘も連れてこられたのを見て、伯爵が一際強く暴れた。

 当然だ。子どもというのは親の年齢が上であればあるほど強まる。

 僕の両親もそうだったから、よくわかる。

 授業参観の時は同級生に「米倉くんのおじいちゃんとおばあちゃん?」と、悪気なく尋ねられたものだ。

「どうだ! みんなが殺害を話し合っている頃には、すでに僕は伯爵家をとっ捕まえていたんだぞ! こいつらを処刑して、シヴィル・リーグをより偉大な組織にするんだ!」 

「彼らを解放しろ! 貴様、そんな幼子に何をするつもりだ!!」

「うっ……だから……殺そうと……」

「待って。刺激したらよくない」

 クレオに窘められた。

 僕の剣幕にたじろいだ二代目セイメイ。

 普段ならこちらがどれだけ糾弾しても梨の礫だが、死んで生まれ変わると違うのか。

 いいや、そうじゃないはずだ。

 思い出せ、彼に騙されて不当に破滅させられた人々を。

 僕は何度もこの男の被害者の悲鳴を聞いてきた。

 この世界でも活動するというのなら、立ち向かうのはいつでも──

「なにやってんの!!」

「ぐえっ」

 頬を叩く鈍い、くぐもった音。

 ジェーンが二代目セイメイの頬にパンチをお見舞いしていた。 

 僕の超怪力は発動していない。

 それに腰も入っていない手打ちの猫パンチ。

 彼女が拳で誰かを殴った所を初めて見た。

 よほどの激情に突き動かされたのだろう。

 今の出来事に少しの違和感があったが、うまく言語化できない。

「ジェーン……」

「何やってるの、あんた!? こんなとこに無抵抗な人連れてきて、それだけじゃなく子どもまで! 子どもよ子ども! あんた、頭おかしいの!?」

「……だって、このままじゃお前たちに主導権を取られると思って」

「何の何を!? こんなかび臭い根暗なとこのリーダーやるのが人を殺してでもやりたいこと!?」

「だって悪徳領主だし殺しても……」

「子どもは関係ないでしょ! 今すぐ戻しなさい!! 子供だけでも!! 速く!!!」

 すごい剣幕だ。

 僕に怒鳴られて、ジェーンに顔をパンチされて、二代目セイメイの覇気が急激に損なわれていく。

 シヴィルリーグは事態の急展開にすっかり置いていかれている。

 無理もない。

 自分たちのリーダーが、前世では知らぬ者なしの《邪悪な巨凶イヴィル・マスターマインド》だったのだ。

 その衝撃たるや凄まじいものがあるだろう。

 まんまと奴の異常な権力欲と名誉欲の肥やしにされるところだったのだ。

 事態を見守ってきたメンバーもはっきりと否定の意志を表し始めていく。

「ずっと神聖なシヴィル・リーグの理念を悪用していたの?」

「ようやく本格的に溜めた知識を社会に還元できそうだったのを……」

「うるさい! お前たちがそうやっているのも僕がお前達をおだてたからだろう!」

「いいから子どもを戻しなさい!!」

 胸ぐらを掴んで、お米の聖女が額を相手の額にぶつけて命じた。

 僕がどれだけ凄んでも通用しなかったセイメイが、聖女に激怒され、見る見る意気消沈していく。

 彼女が持つ迫力が、僕には到底持てない圧力を生み出していた。

「ジェーン、気をつけるんだ。彼が何を考えているかまだわからない!」

「どこがよ! こいつただのヘタレな僕ちゃんじゃない!」

「だ、黙れ。僕を侮辱するなら──」

「それを渡しなさい! いい! 人殺しなんてやめなさい! あたしなんてアレよ!! 人をぶん殴っただけですっごく不愉快だわ。あなたを殴った手が気持ち悪くてしゃーないわ!! 感触が手に残ってて今もじわじわ嫌な気分にしてくるわ!! 殺しとなったらもっと不愉快で嫌な感触になるわ! だからこの子を連れてきたそれを寄越しなさい!!」

 凄みながらのカミングアウトだ。殴った当人の服に必死に皮膚が触れた箇所を拭っているから本当だともわかる。

 普通なら弱みに見られそうなことだが、ジェーンが言うと、謎の迫力がある。

 これだ。これが羨ましい。

 僕はずっと人を脅すとか、何かをするように強要するのがてんで苦手だった。

 相手を怖がらせる、圧をかけるという行為がまったく不得手だったのだ。 

 ……良いなあ。迫力ある人って。

「ぐっ……クソッ……!!」

 そして二代目セイメイが聖女に屈し、要求に応じた。嘘だろ……。

 差し出されたポータルガンをひったくって、門を開けてすぐに子どもを屋敷に避難させた。

 直感的に使い方を理解したというよりは、感覚で使ったのがたまたま正解したのだろう。

 伯爵はまだなにかを訴えているが、子どもが安全になったとわかると勢いが弱まった。

「さあ、伯爵も──」

 まだ勝手を掴めていないせいで一度に子どもしか送れなかった。

 もう一度ポータルガンで門を開けた。

「お前らが悪いんだぞ……」

 ぶつぶつと恨み言を述べている、前世は宿敵だった男を見る。

 本当にこの男と何度も戦ったのだろうか?

 なんだか信じられなくなってきた。

 ジェーンが激怒したことで、僕の熱くなっていた思考が冷えていく。

 たしかにあの男の本質はこんな感じだったのかもしれない。

 しかし、それはめったに見せないもの。

 分厚いクリームとチョコ、それに山程の果物を取り除いてようやく見える、スポンジケーキのようなものだ。

 めったに見せないからこそ価値のあるものだった……かな? 別に見ても嬉しくなかったけど。

 ていうか何だこれは。

 まるで僕が昔のアーク・ヴィランを恋しがっているみたいじゃないか。

 気持ち悪いな……。

「よし、これで一件落着──」

 伯爵の首根っこを掴んで門の向こうへ投げ飛ばそうとした。

 だが、伯爵が門の向こうに投げられることはなかった。

 代わりに門の向こうから巨大な鉄球が投げられ、ジェーンの顔面にぶつかった。

 顔面が砕けんほどのダメージ。

 背後の壁が砕け、聖女が転がる。

「顔が…あたしの顔が……壁より硬くなってる……!!」

 僕の能力が発動していた。

 掠り傷一つない顔。

 開いたワームホールより、太い全身がのそりと現れた。

 どでかい鉄球は自重だけで床に罅を入れた。

 プレッシャーに空気が震えた。

 全身が恐怖に粟立つ。

 これは知っている。

「おう、どうした? セイメイさんよ」

 巨大な剣玉がトレード・マーク。

 こんなに使いにくい武器を使う者は、僕の知識では一人しかいない。

 一人。そうだ彼は襲名者がいなかった。

 それがここで見ることになるとは。

「ソードボゥラー! 奴を消せ!!」

「おぉう、聖女様じゃねえか。気が引けるなあ。あいつのおかげで家族が餓えずに済んだんだ」

「すっご…」

 ありえない巨体だった。

 僕の世界の人間でもめったに見かけない大きさ

 天井に頭がつき、横幅は3人分。

 全てが大きくて太い女性。

 その上で絶世の美女と断言して良い顔だった。

「ソードボゥラー? 君も転生していたのか」

「まあ今は女だけどな。悪いけど思い出話は勘弁な。戦い方しか覚えてねえんだ」

 ……ワイルドないなし方だ格好良い。

 間違いない。彼女は先代よりも優れている。

 それも、人間的に。

 魂に連続性があっても、同一人物ではないのだから、ありえることか。

「貴女、一日に何合食べてる?」

 相手の巨体にストレートな疑問を投げかける。

 僕の世界なら失礼というかセクハラ扱いされただろう。

「米なら20合」

「なんて素敵なの……」

 数字を聞いてお米の聖女がうっとりした。

 自分が取り組んだ成果を毎日それだけ平らげてくれたら、本望か。

 気持ちは想像できる。

 しかし、よく生きてきたな彼女。

 僕でも最高記録は15合だったのに。

 食費が嵩んで仕方なかったことだろう。

「何をしている! 大金かけてその武器をくれてやったんだぞ!」

「まあそう言われたら仕方ねえな。悪く思うなよ」

 鉄球を投げられ、ジェーンは反射的に受け止めた。

 片手で止められる程度の威力。

 その次に腹部に鋭利な先端が襲う。

 腹部を刺されはしない。

 彼女は僕譲りの頑丈な体の持ち主、

 それでも肺の空気が押し出された。

 弓矢も弾丸も弾くボディにダメージが通った。

「当たり前だけど、素人かよ」

 拍子抜けした二代目ソードボウラーが空いた手でジェーンの頭部を鷲掴みにして持ち上げた。

 なんという怪力、攻撃力。

 今のジェーンにダメージを与えられるなら、僕のボディにもダメージが入るということだ。

 攻撃が通るなら殺せる。

 これは誰がどんな力を持っていようとも、たとえ星を砕くパワーを持っていようとも絶対の法則だ。

 一匹の白蟻も放置し続ければやがては巨大な城を崩す。

「大丈夫かい? 彼女はスーパーヴィランだ」

 かつてのソードボウラーはC級、高く見積もってもB級がいいとこだった。

 だが転生後した奴のパワーはA級上位。

 惑星崩壊クラスではないが都市壊滅クラスと言えるだろう。

 新人のジェーンにはあまりに荷が重すぎる。

「どうする? まだルーキーな君の手に負える相手かわから──」

「みんな助けてーーーーー!! こいつあたしを襲ってるーーーー!!」

「天才だ……」

 たしかにそうだ。今、彼女が踏み切った選択こそ最適解。

「この人は褒め言葉しか鳴けないオウムか何かなのかい?」

 クレオが呆れ返っているが、それは戦いを知らないからだ。

 またはみんなと同じように僕をお人好しを極めた馬鹿と勘違いしている。

 新人には荷が勝ちすぎるなら、周りの力を借りれば良い。

 なんということだ……どうして僕は気づかなかったんだ……。

 一人で何でもやろうとして潰れていった新人ヒーローを見ては辛い気持ちになっていたのに。

 助けを得られれば、ここに保存された最先端兵器を活用できる。

 それを使えば奴を倒すことなど容易になるはず。

「いえ……それは……」

 シヴィルリーグの面々の歯切れが悪い。

 さっきまで和やかな空気になっていたのが嘘のようだ。

 目を伏せ、言葉を告げられない。

 言いたくないが僕はスゲーマンなのにどうしてだ……。

 明らかに彼らは臆している。

 戦いに参加することや二代ソードボウラーと戦うのもだが、彼らは向こうを恐れている。

「無駄だ。こいつらの素性はとっくに把握してる。僕の一声でここにいない部下がすぐに親類縁者を血祭りにあげるさ」

「なんと卑劣な……!!」

 二代目セイメイの前世さながらの酷薄な振る舞い。

 僕は怒りに身を震わせた。やはりこいつは宿敵そのものだ。

 この肉体に実さえあれば……歯がゆい。

「助けは得られないってわけね……泣き落としは効くと思う?」

「家族を人質に取られてるって聞いてた?」

 ジェーンがダメ元で提案したのを僕が釘を差した。

 しかし、それならばどうすべきか。

「アドバイスちょうだい。あたしの独断でやったらきっとすっごく痛い思いをする」

「そうだな……」

 作戦はある。

 だが、僕の思いつくものは残念なことにどれも“凄く痛い”ものだ。

 痛みに敏感な彼女のお気に召すとは思えない。

 熟考する僕をあてにできないと判断し、ジェーンは高速で突進をしかけた。

 音速の領域に早速届いている。

 彼女は気質こそヒーロー向きではないが、成長速度、適応の速さは天性の才能を感じさせた。

「読めてんだわ」

 剣玉の皿部分、いわばハンマー部分で真っ向から聖女の頭部を叩いた。

 威力との相乗効果で地面深くに沈み、地下空間が大きく揺れた。

「ぐっ……ぐおっ……!!」

 頭頂部分を両手で押さえて聖女が声にならない叫びを発しながら悶え苦しむ。

「立つんだジェーン! それくらいならよくあるダメージだよ」

「そっ、そんなわけあるかぁ……!!」

 事実なのに信じてもらえなかった。

「気は引けるが次行くぞ」

 両腕を振りかぶって振り下ろされる第二撃を足の裏で辛くも止めた。

 体勢を立て直すにはまだ足りないが、稼いだ時間でなんとか抜け出す。

 立ち上がったジェーンは手を筒にして横隔膜を膨らませ、呼気を絞った。

「フッ!!」

「うぉっ、すっご」

 魔道士と違って鍛えられた腹筋にぶつかる。空気の塊くらいでは怯むだけだ。

 それでも繰り返せば相手の動きを遅らせることが──

「凄いだろ、この武器」

 チェーンを伸ばし、鉄球が腹部で衝撃を爆発させた。

 体にぶつかっても回転は止まらず、続けている。

 あのチェーン。初めはせいぜい1mほどしかなかった。

 それが明らかに5mは伸びている。

 特殊な材質、シスマが振るった魔道具の一種に違いない。

 僕の世界ではあんなものは使っていなかった。

「ぐええええええっ!!」

 聖女が白目を剥いて泡を噴いた。

 国における救いと希望の象徴がなんと気の毒な姿だ……。

 どうにかしてやりたいけれども──

「速く速く! 痛くない勝てる方法教えて!!!」

 何も思いつかない。

「ごめんなさい。何も思いつかない」

「誰か前世を交換してええええええ!!!」

 酷いことを言われてしまった。

 少しムッとする。

 生命がかかってるとは言え、どうしてそうも言えるのだろう。

「じゃあ僕のやり方を真似て」

 血で姿形を構成している状態で良かった。

 ジェーンの横に立ってかつてのように構えを取った。

 一切のガードを考えない、相手を殴ることだけを意識した体勢。

「なにそれ!? ふざけてんの!?」

 そう言われても無理もない。

 僕のファイティングポーズとは、普通の戦士とは違う。

 なぜなら、僕は体がとても頑丈で、回復力も極めて高い。

 つまり、どれだけ殴られても平気だし刺されても問題ないのだ。

 正確に言えば痛いのを我慢すれば。

 また、僕がこうする最も大きな理由に、僕には戦いの才能がまるでなかったのがある。

 フィジカル面のアドバンテージを押し出す構えしかまともに機能しなかったのだ。

「いいからやって。じゃないともっと痛い目に遭うよ」

「うえええん」

 半べそ掻きながらも言われた透りに同じ構えを取ってくれた。

 こうしているとなんだか父娘みたいで気恥ずかしい。

 いや、そう考えるのは呑気過ぎたか。

「あの……ちょっとカミングアウトしたいんだけど……あたしたぶん人を殴るの無理」

「…………」

 横目で今世に生きる少女の表情を窺った。

 何を言われるのかと強張っている。

 あれだけ勝ち気でやりたいことを何でも貫いてきたジェーン・エルロンドにはめったにない気後れした様子だった。

 だが、僕の目だって節穴ではない。そんなことはとっくに理解している。

 みんなはやれ“人を疑うことを知らない”だの“バカ正直に生きたら報われると勘違いしている”だの“賭け麻雀のカモネギ王”だの、さんざん言ってくれたものだが、それでも人を見る目の根本は養ってきた。

 “相手の嫌がること”を見抜くことならちゃんとできる。

 ここまでで、ジェーンは決して暴力に酔わず、相手に拳を握ろうともして来なかった。

 荒くれにも、自分を殺しに来た者達にも。

 初めて聖女が他人に握り拳をぶつけたのは、二代目セイメイに対して。

 それだって暴力を振るったことに不快感と嫌悪感を露わにしていた。

 これらのことを総合して考え、相手を殴るのが酷く嫌なのだろうと察していた。

 何も問題ない。

 ヒーローとは敵を倒す者、悪を打ち倒す者。

 まあそれも一面ではあるが、そうでないことはすでに伝えている。

 殴れないなら殴れないなりにやれば問題ない。

 そのことを納得してくれないなら、まだ理解してくれる時じゃないんだろう。

 僕が相手を殴ることにあまり躊躇いがないのは、僕が農家生まれの秋田育ちだからだ。

 あそこではまだ喧嘩がコミュニケーションの一部だった。

 とは言え、べつに殴り合ったら仲良くなるというものではない。

 ああいうのは親しい間柄、共通の文化を背景に持つ者同士のじゃれ合いだ。

 他人同士、初対面同士でやっても仲良くなるわけがない。

 いきなりこちらを殴ってくるヒーローはやけにいたが、それも例外なく相手は気が狂っていた。

「いいんじゃないか? 僕の世界には無数の在り様のヒーローがいたもんだよ。だから“人を殴れない宇宙最強”がいてもいい」

「あなた最強だったの?」

「まあ結構負けてたけどみんなそう言ってたよ」

「なにそれ」

「みんな妙に僕を最強にしたがってたんだよ」

 手のひらを大きく開く。

 腰の横ではなく、背中の方まで振りかぶる。

 子どもでも避けられるテレフォンパンチの予備動作。

 普通なら絶対に当たらない。

「よぉし準備完了だ。あとはトーク!」

「え、誰と?」

「ヴィランとさ。ヒーローの基本は対話! 相互理解を目指さずに敵を殴って終わっちゃいけないよ!」

「えー……殴って終わりたい……でも殴るの無理だしね……あたしの自己責任かあ」

「とんでもない。他人を殴れないのはむしろヒーローの資質の証明さ!!」

「あなた、なんでも褒めるタイプじゃない……」

 僕の太鼓判が躱されてしまった……。

 まだ交流して少ししか経ってないのに僕の性格を見破るのが早すぎる。

 だが僕が褒めるにも理由があって、相手の悪いところってあんまり目につかないからだ。

「ねえそこのあなた。どうしてそんな怪力と武器を持って、あんなショボいのに従ってるの?」

 長年の宿敵がそんな言い草をされると複雑だ。

 だが、今はとにもかくにもジェーンに頑張ってもらわないといけない。

「あん? まあ金とか仕事とか」

「じゃあ、あたしがお金と雇用をあげたらやめる?」

「やめないよ。あんたのとこじゃこいつが暇しちまう」

 そう言って愛おしそうに剣玉を撫でた。

 ただの武器を超えた愛情を、その眼差しが放っていた。

 僕にはわからないものだった。 

 だがジェーンにはわかったらしい。

「それが好きなんだ」

「こいつで片っ端から叩き潰すのがね。勘違いしないでほしいが、あんたにゃ恩を感じてる。あんたが家族を救ってくれた」

「前世から知識と一緒に嗜好を引き継ぎいだわけねえ」

 僕も口を挟みたいが、彼女らの間に共感が生まれているようだ。

 良い傾向だ。

 言葉を諦めた瞬間に、人はヒーローの資格を喪う。

 少しでもジェーンがそうならないようにするにはヴィランとの相互理解の効果を知ってもらうのが一番だ。

「あたしがお米が大好きなのもやっぱり──」

「さあて、行かせてもらうよ」

 剣玉を前後に振って遠心力を効かせる。

 運動エネルギーが高まると、空気の摩擦で炎を纏った。

 次の攻撃が最大出力だ。

 巨大な炎鉄球が唸りをあげて飛びかかってきた。

「直撃する! どうすればいい!?」

「大きく息を吸う!」

「スゥーーーーーーッ」

「吸いきったら止める!」

「ムンッ」

「あとは来る攻撃を我慢だ!!」

「ンーーーーーーーーーー!?」

「特大の“痛い”を乗り越えて腕を思いっきり振れ!」

 炎がジェーンの額を打ち付けた。

 目を見開き、激痛に眉間の皺が雪山のクレパスより深くなった。

 奥歯を噛み締め。鉄球の回転が止まるまでを耐える。

 気の遠くなる回転数。

 涙をぼろぼろ流してでもジェーンは耐えた。

「そこで振りかぶっていた腕を前に突き出す。掌に溜めた空気の塊を押し出すんだ!」

「うわああああああ! いったあああああああい!!」

 我慢をやめて、号泣するより先に力んだ手を投球するように振った。

 僕のスーパーな腕力と速度。

 その二つが空気の塊を二代目ソードボウラーにぶつかった。

 覚悟していれば耐えられる攻撃でも、我慢で耐え抜き、攻撃の終了と同時に叩き込まれれば無防備も同然。

 戦いの素人でも圧倒的な身体能力と頑丈さが齎す、いわば宇宙最強の運動音痴専用の戦術。

 “我慢してぶっ叩く”。

 僕の十八番戦術だ。 

「ぐああああああ!!」

 二代目ソードボウラーが錐揉みして吹き飛ばされた。

 頭から止めどなく血を流し、全身を火傷で真っ赤にし、ジェーン・エルロンドは勝利した。

 ふらふらとし、足腰も覚束ない。

「これあたし傷だらけなんだよね? 痛みを感じないんだけど」

「おっ、良かった良かった……死ぬ寸前の致命傷だから痛くないんだよ! すぐ治るから安心して」

「………………!?」

 言葉を失ったジェーンが異常者を見るかのようにこちらを凝視した。

 なにか言い方を間違えただろうか……。

 だが事実だし体験談に基づく見識だから間違いないのに。

「ああ、この人もよくよくのタイプなんだ。ばっちりズレてる」

 後ろでクレオが安堵していた。何故?

 とにかく戦いが無事に終わり、伯爵はまだ羽交い締めになって転がっている。

 人死にゼロで場を収められたのは、初めてのスーパーヴィラン戦としては上出来だった。

「お疲れ様。よく頑張ったね」

「二度とやりたくないー」

 そう言って蹲って休憩した。

 どうだろうか。

 実際はというと難しいだろう。

 僕と同じ世界の転生者と立て続けに二人も会った。

 一人は宿敵、もう一人は敵。

 これだけで終わるとは思えない。まあ終わったら嬉しいけどね。

 敵になりかねないのはヴィランだけではない。

 かつては地球と人を護るために団結できたヒーローでも、この世界でどう動くかは予想できない人物は何人かいる。

 なんでかやたらと会うたびにこっちに偏執的な敵意を燃やすヒーローもいた。

 これからも今みたいな戦いがたくさんありそうな予感しかない。

「まあ色んなのと戦うというのも、きっと楽しい人生になるよ」

「え、あたし戦うの嫌よ。根本的に無駄だし」

 それはそうだ。

「スゲーマンの強さ。堪能させてもらったよ」

 拍手をし、クレオがシヴィルリーグの人々に指示を出す。

 戦いが終わると、二代目セイメイが姿を消していた。誰にも気づかれず。

 相変わらず傲慢で残酷だが逃げ足が速い男だ。

 少なくとも、二代目セイメイはこれで失脚だろう。

 奴が人員と資材なしに再起するのは時間がかかる。

 それまでに見つけられるかはわからなくても、ここは凌げた。

 あの手の超頭脳を誇るタイプは時間を与えれば与えるほど厄介になる。

 少なくとも退却させられたのはプラスだ。

「よし……とにかくこれで解決かな」

 僕がそう言うと、なにやら激震が起きた。

 火山の噴火に近いが、この付近に山はない。

 巨大で物々しい何かが動きを起こしたのだ。

「今度はなに?」

 戦いを終えてばかりのところでうんざりして立ち上がる。

 だがよろけて膝をついた。

 地面が変形、地下室が外から押しのけられようとしているのだ。

 壁が壊れて鈍色の巨大な指が飛び込んできた。

「馬車?」

 前世の知識が朧気なジェーンだけがそれを理解できなかった。

 だが、他の全員が何が現れたのか理解していた。

 大きさ30mはあるだろう巨大なゴーレムだ。

 この国の城に並ぶ高さ。

 クレオとジェーンが治める領土では見るはずもない。 

 指が引くと穴の向こうが見えた。

 空洞にみっしりと詰まった巨大な甲冑がのそりと立ち上がる。

 この大きさでは、緩慢な動きに見えても間近で見れば正反対だ。

 逃れられない迫力に見える。

「ちょっと、逃げるわよ!!」

 その場の誰もが巨大ゴーレムの起動に目を奪われた中、聖女がいち早く動き出した。

 超スピードで両脇に一人ずつを抱えて地下室から出していく。

 僕でも固まってしまった状況での判断の素早さ、大したものだ。

「クレオも」

 親友を抱えると、彼女から小さく高い悲鳴が上がった。

 一緒に、肩に二代目ソードボウラーを担ぐ。

 よかった。

 最初の荒くれ戦では、殺しはしなくとも死んでいくことは許容している様子だったから、そのまま見殺しにするかと心配していた。

「おや、彼女も助けるのかい?」

「だって家族がいるし、あたしも前世がケンダマとかいうのへの愛情がおかしいくらいにある奴だったらおかしいことしたかもしれないもの」

「共感したのかあ」

「そんな大層なものじゃないってば」

 脚に力を入れ、高速移動に入った。

 そこに壊れた壁が崩れ、大きな手がクレオを掴んだ。

 無造作な行為ではない。

 彼女だけを狙ったのだ。

「クレオ!」

 親友を捕まえられ、追いかけるか迷う。

 もう巨大なゴーレムは遠くに消えた。

 追いかけるにはこの場の人たちを見捨てる必要がある。

 何度も髪をぐしゃぐしゃ掻き毟って足を踏み鳴らして決断した。

「んもうっ!」

 下唇を噛んで近くの人命救助を優先した。

 偉大な決断だ。これができる人間はそういない。

 追いかけたら追いつけるという場合は特に。

 地上に出て敵も含めたシヴィルリーグの面々を出し終えると、女の子が縋り付いた。

「まだ猫がいるの!」

「…………ッ!  もう、本当にまた猫救出ね!」

 僕に言われたことを覚えていたジェーンは急いで地下に戻った。

 耳を澄ますと猫の鳴き声が聴こえ、動く。

 地下が崩壊し、天井が崩壊する中で土塊を避けて施設を走る。

 網膜認証で閉ざされたドアを蹴り壊し、椅子の下に隠れた猫を見つけ、胴体をひょいと持ち上げた。

 鼻が潰れて目が大きい猫だ。

 シヴィルリーグでは品種改良もしたのだろう。

 僕の時代にとても人気だった猫ちゃんだ。

 とてもかわいい。

「んな~~」

 ふにゃけた声。

 僕なら笑みが浮かぶが、僕よりもずっと犬派傾向が強いらしいジェーンは、その猫のユニークな顔立ちに軽く驚くだけだった。

「はい、どうぞ! よしこれで救助完了! クレオどこ!?」

 地上へ脱出し、女の子に鼻ぺちゃ猫を渡すと同時に、地下室が崩れた。

 大量の知識の宝庫だったろうに。

 もっと色々と手に入れたかったな……となるも、そんな感傷は目の前で月明かりを遮るそれにかき消される。

 僕の国では無条件に思考を止めてしまうものがあった。

 人型ではあるが、人間のバランスではない。

 腕が膝丈を超える長さ。

 脚は短く、胴体が卵型。

 ゴーレムだったが魔法ではなくエンジンで動いているのが駆動音から伝わる。

 これは巨大ロボットだ。

 僕の世界では巨大ロボットを見るとあまりの格好良さに敵も味方も思考を止めてしまうものだった。

 今は人命の危機の真っ最中だからそれどころではないけれど。

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