序章
転生悪役令嬢モノです。
前世が宇宙最高のヒーローでお馴染みの人によく似ていますがとても良く似ていますが別人です。
スーパーマン&ロイスの最終回は最高でした。
みなさんマルチバーサスをやりましょう。
興味があったら私のXアカウントでプレイ動画を見てみてください。
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ギロチンにかけられた悪役令嬢は鋼鉄の肌を持って空を飛んだ。
何故、そんなことになったか、始まりから説明しよう。
悪役令嬢の名はジェーン・エルロンド。
彼女は生まれつきお米が好きだった。
好きなものは二種類ある。
人生を通じて触れ、好きになるもの。
そしてもう一つが、魂がそう命じていたかのように、“好きでいる”ことを運命づけられたものだ。
まるで出会う前から好きになることがわかっていたみたいに。
出会う前も、出会った後も心を掴んでいるもの。
恋よりも激しく深い感情。
僕がその感情を味わったのは、上京して就職してからだったはずだが、彼女はその感情を半ば運命づけられていた。
ジェーン・エルロンドにとって、それはお米だった。
彼女は公爵家に生まれてからずっと、お米を求めていた。
リトルファムではパン食が主の国であり、米食はあくまで主食ではない。
極少量を甘味的に食すというものだった。
だから、ある日、珍味として出された東の国からの輸入品として、お米が出された。
フォークとナイフ、スプーンの横にレジャーとして差し出された箸。
誰も使えなかったが、少女の心は使い方をわかっていた。
食べると、口の中いっぱいに幸せと愛が広がった。
なにせ噛めば噛むだけ甘みが深く、高まるのだ。
これは天からの贈り物ならぬ大地の恵みに違いない。
「これをうちでも育てたい」
彼女はすぐに頼んだ。
当時のリトルファムでは稲作はまるで知られていない。
農業、特に稲作においてそれは、ほぼ不可能に近い。
正確には個人の力で栽培するのはとても難しいのだ。
「いけません。エルロンド家のレディがそのようなこと」
「かまわん。子どものやることだ。じきに飽きる」
彼女の母は女の子が土仕事をするのに反対していたが、父親は鷹揚に頷いた。
どちらが不寛容で寛容ということではない。
ただ“女の子がすることじゃない”と否定するか、“女の子にできるわけないからどうでもいい”と流すかだ。
「……この子にはこれからマナーと教養を身に着けさせないといけませんよ」
「その前のお遊びだろう? 女の気まぐれなど、3日も続けば良い方だ」
まだ反論したがる母を、父は武具をつけながら窘めた。
エルロンドは武名で鳴らした家。
領主はいつも血の匂いを帯びていて、娘のやることを気にするわけもなかった。
広大な庭の一区画、先祖代々仕えている庭師が用意した畑。
それを前にして、ジェーンは初めて鍬を振り、大地を耕した。
両親はすぐに飽きると思っただろう。
しかし、彼女はお米に関しては運命的天才だった。
僕の想像を超えてもいた。
屋敷内の蔵書で農業に関わるものはあらかじめ目を通していた。
初めから、庭師の師匠には畑仕事について聞いていたし、こっそり実践させてもらっていた。
お米についての情報を少しでも求め、王立図書館にも付き人を従えて足を運んでいた。
「な、なんだこれはあああああ……!?」
遠征から帰ってきた父が膝から崩れ落ちた。
母はニョキニョキ育つ稲穂に恐れを成して顔を出そうともしうなかった。
初めての稲作は豊作だった。
「すごいでしょ! みんなで食べましょ!! 食べないなら一人で全部……これ冷凍できるかな」
一年目から収穫だった。
初めてで、何も経験がない農業は絶対に失敗する。
これは先人の知識と試行錯誤が膨大に積み重なってようやく安定するものだから。
けれど、ジェーンにはお米を育てるのに必要なすべてがあった。
「お嬢様、やりましたなあ」
「師匠のおかげよ! 協力してくれなかったら絶対に終わらなかったもん。それで少し提案があるのだけど、土の質をもっと良くできない? 錬金術でこんな薬を作ってみたんだけど」
少女はべつにずば抜けた知能の持ち主なわけではなかった。
同じことをお米以外にやれと言われたら、何も頭が動かなくなる。
「錬金術? たまたま土いじりが上手く行ったからと勘違いしているな。ワハハ! それは、お前のような子どもにできることではないのだよ」
衝撃から立ち直った父が大口を開けて高笑いした。
無理もない。
彼女が生まれた国、リトルファムは小国だが軍事国家として恐れられていた。
農業が安定するには土に恵まれなかった。だから奪わなければならなかった。
錬金術で土の薬を生み出したところで焼け石に水だ。むしろかえって悪くなる。
本来は単独で、しかもろくに下地もない人間ができることではなかった。
だがジェーンは農業、特に稲作のことだけは頭が無限に動いた。
やると決めたことなら、3日間に渡って錬金術に勤しんでも一切疲れなかった。
美味しいお米が育つのに最適な土は、生き物がいっぱいいて水はけも保湿もできる、上質な羊羹のように滑らかな手触りでないといけない。
その土を手に入れるにはどれだけ頑張っても苦にならなかった。
「とりあえずこれを土に注入すれば窒素・リン酸・カリウムが豊かになるからやってみましょ!」
瓶に入った薬剤を揺らして、少女は腕を挙げた。
土のエキスパートであり、農業の師匠である庭師が父に目配せをした。
国軍を一手に動かせる権限を持つ彼は、機嫌を損ねたら誰であろうと首を跳ねる。
豪胆無双。戦の嗅覚に秀で、小勢で多勢に勝利する。そして、気分を害する者と行く手を遮る者には慈悲なき死を。
それこそがジェーン・エルロンドが属するエルロンド家の大黒柱の在り方だった。
「かまわん、好きにやらせてやれ」
許しが出たこの瞬間、国は変革の時を迎えようとしていた。
若干九歳に過ぎない少女が作った霊薬、農業に特化したものであることから、後に農薬と呼ばれるそれ。
メキメキと効果を発揮し、エルロンド家の霊薬は国を股にかけ、農家と飢饉の救世主となった。
農薬を差した土は、一晩経てば見違えたものになり、ジェーンが分け与えた苗を植えると豊作になった。
また、ジェーンの農薬には、害虫を寄せ付けにくくする効果もあった。
農業の手間は激減しようとしていた。
「ふん! だがこの国は水源に乏しい! 他国から奪わねば、何もできないのがこの国なのだよ!!」
「掘り当てたわーーーー!!」
「ぐあああっ! なんでだあああ!!」
哀れな父が泡を噴いて卒倒した。
稲作には水が不可欠。
ジェーンは公爵家の娘という地位と権力を濫用したことで大規模なインフラ整備をした。
まずは公爵領土の水路を完全なものにした。
大事業だったが土の魔法使いと鋼の魔法使いを大量動員することで、整備すれば二百年は使える強度のものが出来上がった。
まだ早い年齢のはずだが、王とお近づきになれるようなパーティにも招かれるようになった。
ジェーン・エルロンド。もはや僕の理解を超えた存在になっていた。
「おお、あれが国一番の変人娘」
「その頭脳と米という作物への異常なる愛情で、この国の農業にいくつも革命を起こしているとか」
「まさにこの国の新たな未来、新時代を担う“お米姫”!!」
社交場では、武勲で誉れを集める父以上の注目を浴びた。
ひそひそと噂話の的になり、王命でジェーンを連れてきた父が羞恥心に震えていた。
父にとって娘とは政略結婚の道具であり、礼節を修めて社交と家名を彩るだけのものだった。
それが己を圧倒する名声を得ようとしている。
「お忙しいところ失礼いたします。私の名はオブライエン商会を運営しているものですが、ぜひともこの機会にお話を──」
「ふむ、金勘定しか能のない下賎な輩か」
父はここぞとばかりにふんぞり返った。
彼は己と同じく剣と血で営利を勝ち取る者と、王族以外に見せかけだろうと敬意を払わなかった。
「是非とも御息女も交えて商談の場を設けられればと思いまして」
「え、本当ですか!? オブライエン商会のゴムはすごく質が良くて大好きなんです!」
だがかまわなかった。
ジェーン・エルロンドは自分がやりたいことしか考えていなかった。
商会の手を取り、相手の話を聞こうとした。
父を置いて少女は、世界を広げていった。
貴族社会では物珍しさで受け入れられたジェーンは、商売、経済活動の領域でも名を広めていった。
“剣と蛮人の血を誇りとせよ”を家訓としていたエルロンド家は、いつしか“毎日泥だらけのジェーン”の生家として知られるようになった。
敵の血と骨で積み重ねた土台に成り立つ家名は、急速に稲作に塗り替えられていった。
時はあっという間に過ぎ去り、ジェーンエルロンドが13歳の時、運命的な出会いをした。
「師匠ー! やったわ! 王様から感謝の手紙をもらっちゃった! それでね、次はお米に合うものを追求してもいいかなって思うの。大根のピクルスとかどうかな」
それは漬物。
僕の故郷ではいぶりがっこと呼ぶものだ。
庭師が住む小屋は、ジェーンの感謝と独断と家の金の使い込みにより、ちょっとした豪邸になっていた。
それでも公爵家の屋敷の20分の1くらいではあるが、平民には十分すぎるものだった。
ドアを開けて、今日もじぶんのやりたいことを話そうとすると、知らない女の子がいた。
3つほど歳上らしい彼女は、鋭い目つきで学術書を片手にティーブレイクをしていた。
「あなたは……?」
「はじめましてかな。君のことは祖父に繰り返し聞かされていたよ」
スレンダーで無駄のない、均整の取れたスタイル。
生まれつき、自然にそうなったのではなく、一番効率的な体になるように調整した結果だと直感的にわかった。
目の前の、少女、ジェーンの目に大人の女性にすら映る彼女は、知性・理知・聡明、賢さを表す言葉全てがマッチすると思った。
「あ、あの……はじめまして。あた、わたくし……ここのお爺様のお世話になっています。ジェーン・エルロンドと言います。ここの領主の娘です」
初めて見る姿だった。
ジェーンはドギマギしていた。
「見ればわかるよ。はじめまして。私はクレオ。少し前まで別の家にいたんだが事情があってここに引き取られた。祖父の厄介になるから、邪魔をしてしまうこともあるだろうが、許してほしい」
毎日米のことしか考えないレディの瞳が、生まれて初めて人間に向けて光り輝いた。
「ううん、そんなことないです!! わ、わたくしはお米が大好きで色々家の金を好き放題使ってます! あなたみたいな人を探してたんです!」
僕が把握する限りでも、この世界は身分制度が厳格に定められていた。
クレオという少女はジェーンとさほど変わらない歳頃。
それに身分は平民だ。
なのにジェーンは憧れの存在に会ったかのように舞い上がっていた。
「まだ私のことを何も知らないだろ」
クレオの当然のツッコミは聞かず。
「師匠があなたは天才だって言っていました!! それでずっと会いたくて……できればもっと華やかでオシャレでトレンディなところがよいのはわかってたんですけども……!!」
「とれんでぃ?」
“僕の影響”か、十代の少女なはずの彼女は時々やけに古臭い言葉を使った。
鼻息荒くまくしたてる少女の顔は紅潮し、胸は高鳴る。
稲作の師匠が言っていた。
この世界で一番賢い人間がいるなら、それは孫娘のクレオだと。
実の家族のことにはあまり関心がないジェーンだが、お米の育て方を教えてくれた師匠のことは信用も信頼もしていた。
右も左もわからない貴族の小娘に、本当に親身になって色々と教えてくれた人だ。
彼が言うなら間違いないと、彼女は考えていたようだ。
素晴らしい信頼関係だ。
僕も育ての両親には絶対の信頼を寄せていたものだ。
「わたくしの計画に協力してください! あらゆる特権であなたを引き上げて王立学院に進学させて、コネをフル活用して偉くしますから!!」
「いや急にそんなこと言われてもね……」
苦笑いを浮かべ、承諾を避ける。
当然の反応だ。いきなり歳下の少女に言われて信用するわけがない。
それも初対面だ。
一方で僕は知っていた。
ジェーンの押しの強さは何があっても弱まることがない、と。
「じゃあこれ! これ見てください!!」
脇に挟みっぱなしだった設計図を押し付ける。
土は良くした、害虫対策も一応はなんとかなっている、水の整備も順調だ。
そうなると必要なのは人手である。
ジェーンが考えていたのはゴーレムだ。
通常のゴーレムは魔術師がシンプルな命令を入力して行進と盾、そして前方に剣を振り下ろすしかしない。
それを、稲作に要求される業務をやってもらう金属人形にしようというのだ。
行動力がずば抜けている。
普通は考えても実行に移そうなどとは思わない。
中世のイギリス程度の文明力。
それで農業に自動機械の導入を図ろうとは。
僕には嘆息するしかないジェーンの先進性。
クレオは鼻歌交じりに軽く目を通した。
驚きは見えない。
ジェーンの言う通り、卓越した知性の持ち主のようだ。
「へえ、大枠はできてるね」
「本当!?」
「細部はボロボロだけど。ちょっと待って。稲作用だよね。要求される動作を必要最低限かつ最大効率のプロンプトで達成できるようにしてあげるよ」
「そんなのできるの?」
「私なら余裕さ」
髪の毛一本の迷いも入る余地がなく。
羊皮紙にゴーレムに入力すべき命令手順を加えた。
記されたプログラムを読み上げ、ジェーンは目を見開き、圧倒された。
初めての経験だった。
何を読んでいるのか全く理解できない。
農業に関わる分野、お米のために必要なことだと言うのに、クレオはジェーンの異常才能が足元にも及ばない才能を持っているのだ。
「なんてこと……!!」
「それと必要な材質だね。オリハルコンは量産に向かないが青銅や銀は中毒が怖い。私はここは基本に立ち返るべきだと思う。泥を混ぜた岩石を使う。理論上はこれでも動作負荷に耐えられる」
「わぁ……!」
一人でずっと悩んでいた問題が、目の前で次々に鮮やかな解決策を提示されていく。
「あとついでだけど君が開発した霊薬。これも一度使ったら良いものだから、これからは作物そのものの品質改良をしよう。望む性質を持った作物同士をかけ合わせる」
「お米の!?」
もちろん考えてはいる。
しかし、それにはまだ時期が早いと思っていたのだ。
米は長期に渡って育てるものだからだ。
必要なスペース、時間、人材、予算。
どれも頭痛の種だ。
「米を常に育てられる空間を人為的に造るんだ。時魔法使いも雇って稲の生育速度を二十倍にしておく。複数の区画に分けて少数ずつでいいから、組み合わせたい特性を備えたモノ同士を交配させて経過観察できるようにしよう」
「でもそれをやるには、年中管理してくれる魔法使いを雇わないと……時魔法使いなんてどれだけの予算が必要か……」
「雇えばいい。私の計算ではこれくらいで彼らも首を縦に振る」
羊皮紙にサラサラと綴った計算式。
導き出される金額は、庶民の僕には目玉が飛び出すものだ。
だとしても、必要な金額が形として提示されるのは大きな変化だ。
「そうよね。その通りだったわ! 高くても雇えばいいのよ!」
「資産をより増やす必要があるね。この場合はパトロン集めか。君はビジネスの知識はないようだから、それも教えようか?」
「ううん! 貴女を雇いたい!」
クレオの腕を両手で握り、満面の笑みを浮かべてジェーンは言った。
「あなたにはパートナーになってほしい。一緒にやりましょ! お米以外のことは全部任せるから!」
そう言って、ジェーンとクレオは親友、国を変える二巨頭と成った。
全ては上手く行った。
ジェーンの活動・事業は国の基幹となり、貴族も平民も彼女の知識と情熱の元に生きるようになった。
国と民の本質が激変した。
国は農産物で潤い、飢餓がなくなり、全国民に余暇が生まれた。
そうすると学業・工業の重要性が高まった。
農家から次男坊・三男坊が都市に出ては、平民同士で知識を学ぶ光景が当たり前になった。
ジェーンはお米を生産高を安定させるため、あらゆる農家に知識を開放し、学ぶことを強制した。
僕の世界の農業レベルに光の速さで追いつこうとしていた。
結果、拷問同然の詰め込み教育によって、農家は王国最先端の知識に常に触れる立場となった。
「ジェーン様! ご機嫌麗しゅう!」
「我らの救い主様!!」
「貴方のおかげで村も家族も救われます!!」
「新米のライスボールです。是非ともお召し上がりください!」
人々はジェーン・エルロンドを象徴として愛した。
彼女を通じて、人々は農業に力を入れた。
国の商業的革命が剣の価値をとことんに貶めた。
血と剣で名を上げた騎士団も、安定した食料が手に入れば、その魔力と魅力には勝てないものだ。
ひとり、またひとりと剣を捨てた。
農業用ゴーレムを改良した戦闘用ゴーレムが量産・配備されることになり、騎士の重要性が失われていこうとしていた。
ジェーンにとって好機だった。
国中の鍛冶職人を直接訪ね回った。
「貴方達には武器ではなく農具を作ってもらいます」
「俺はべつにかまいませんが。こっちも長年お世話になった卸先の貴族様ってもんがありまして……」
「安心して。みんな、私がどうにかしましたから!」
隣に立つクレオが資料を手渡す。
雇ってからは、交渉の時は必ずついてもらっていた。
「こちらが貴方が武器を卸した家ですが、どこも侵略戦争よりも農業に事業転換するのを選びました。固辞する家も無理やり、お金で首を縦に振らせました! 仮に貴族に憎まれるとしても、それは私なんで安心して!」
リトルファムが根底から在り様を変えようとしていた。
国を埋める武具は倉庫で眠りにつき、農具が剣と槍の代わりになろうとしていた。
社会が激変することで、大勢がジェーンに詰めかけた。
「やあやあエルロンド家の御息女。今日は一つ、話があって参った」
「消えなさい」
「話も聞かずにか!」
「鉄臭いのは嫌。お米に合わない」
個人的には鉄分と米はマッチすると僕は思う。
「貴方みたいな人の言うことは決まってるもの」
「ならばこの国の者ならわかるだろう。このままでは脆弱な国になるぞ! 我らの剣と血を錆びつかせてなんとする。この国の作物・土地・技術を狙って外敵が侵略する時、護るのは我らぞ!!」
「知らない。どうでもいい。お金がもったいない」
暴君そのものの言い分。
それでも圧倒的な実績によって、国が、貴族が、平民がジェシーに賛同した。
彼女は急激に国の中枢に根ざすようになった。
「あたしはお米が食べたいからやってるの。戦争に人材を取られてなるもんですか!」
「だがせめて多少なりとも軍の形を維持できるように──」
「国家総動員! 全員農業しなさーい!!」
子供の駄々。
しかし、彼女の異常な才気・知識、クレオの補佐、他にも多くの支援者を得て、彼女は不可能を可能にした。
エルロンド家は王家を上回る名声を得ようとしていた。
一方で、父は鎧を脱ぐことが多くなった。
大きな別荘地でぼーっとすることが増え、母は自室で編み物に耽溺するようになった。
ジェーンは家族のことは何も気にしなかった。
彼女は己の才能に無自覚であり、だから若くして己専用の住居を構えることも当然の合理的選択だった。
師である庭師の墓標に別れを告げ、長く仕えるメイド長を連れて、さらなる活動の場を求めた。
「聖女サマ!」
「飢餓の破壊者!」
「偉大なる救国主!」
ジェーン・エルロンドは稲作で国を救い、民を豊かにした。
彼女の躍進は止まらない。
「もう収穫は十分です! 工業に力を入れましょう! 国全体の技術力を上げるのです!」
「却下! もっとお米を作らせて」
「ゴーレムによる作業の効率化は大成功です。おかげで農民の次男・三男以降が暇を持て余しています」
「別の土地を紹介しましょう。農地を広げるの!」
「農業の知識以外も学びたいという声が高まっています」
「お米に合うおかずを研究させましょう! 決まり!! 鮭の塩漬けと合うスープを考えて!!」
「……医学への予算を増やしても?」
「これ以上は難しいんじゃないかしら」
「いえ獣医学だけでなく人体への医学も……」
「そっちも獣医学と同じくらいあげてるでしょ」
クレオは独立して功績を認められて大臣の座に就いた。
家で長く支えてきてくれたメイド長に仕事を引き継いでもらい、ジェーンは現状の方向を維持し、さらに躍進しようと進み続けた。
彼女の毎日、リトルファムという国ごと全てがお米に捧げられた。
そうして聖女ジェーン・エルロンドが19歳になった年に、彼女はギロチンにかけられることになった。
「……………なんでぇ?」
研究と開発と農作業でボサボサの髪を梳かし、鼻と頬にこびりついた泥を拭き落とされ。
“農業国家”リトルファムの母と呼ばれるジェーン・エルロンドは呆然とした。
市民の生活に余裕ができ、農作業ゴーレムを少し弄って戦闘用ゴーレムにすれば、ちょっとした大地主はたちまち一勢力になる時代だった。
それにより、市民は議会での発言権を求めるようになった。
だが貴族は強硬であり、なのに強さをなくしていた。
呆気なく王家は滅ぼされた。
そして、多くの貴族と同じでジェーンも市民革命の見せしめとして殺されようとしていた。
「あそこにいるのはジェーン様だ!!」
「我らの救世主を殺していいのか?」
「みんな聞いてくれ!」
処刑台に立つ青年は声を張り上げる。
ジェーンは彼が誰か知らない。
赤髪の、理想に燃える高潔さに溢れた出で立ちと声。
そんな相手に何故、処刑されないといけないのか、彼女はわからない。
ずっとただ走っていた。自分の好きなことだけを。自分が望むだけ。
それ以外は何も気にしてこなかった。
国のことも社会のことも気にせず、ただ農業のことだけを考えてきた。
「僕達はジェーン・エルロンド様に救われた! 食うや食わずだった日々は遠くなった。だが、僕達は人間だ! それだけで満足はできない」
「…………お米を食べられたら普通はそれだけで満足じゃない?」
何気ないジェーンの素朴な発言。
悪意はない。彼女にとっては本心だった。
メイド長が主に言っていた。
もう食料自給率は限界まで上がり、不要な作物を処分するのが当たり前になっている。
資産の使い道を広げるべきだ、と。
その通りだったが、ジェーンは聞かない人間だった。
それが最悪の結果を招いた。
「彼女はたしかに我らを救った。だが我らは次の段階を求める。教育だ! それと職業選択の自由だ!」
「それあたしに関係あることなの? それに農業やってたらみんな平和じゃない」
思わず口を滑らせてしまったようだ。
本心だったが、極めてまずいことを言った。
彼女が“お米の聖女”と呼ばれ、領民を虐げたことは一度もない。
けれど、人々より上がる嘆願を聞き入れたこともない。
だって、彼女の興味の範疇にないからだ。
なら耳を貸すわけがない。
「みんな聞いたか! 我らの血税をいつまでも稲作にしか使わない傲慢な魔女の言葉を!」
たった一言。
それでぽつぽつと上がっていたジェーン助命の声が反転した。
「やはり彼女も貴族だ!」
「俺達をおもちゃとしか思っていない!」
「殺せ!! 首を掲げろ!!!」
ジェーンは訝しんでいる。
なぜ民衆がこれほど自分を憎むのか。
この国に何が起きたのか。
ひどくお米を食べたかった。
何もかもがわからないままに、人生が終わろうとしているのだ。
処刑を先導する男が暴徒となったの意志を聞き、処刑人に合図を送った。
「偽りの聖女の死を以て、我らシヴィルリーグは開闢の時を迎えるんだ!」
ギロチンの刃、ジェーンの知らぬ間に短期間に無数の貴族の血を吸った怪物の歯。
彼女は死ぬのだ。
激動の人生、お米に魅入られて、突き動かされ、操られるかのようにお米のために生きてきたジェーン・エルロンドの道のり。
後悔はたくさんあるはずだ。
そう、もうすぐ形になって市場に流通しそうだったのだ。
誰もに嫌悪感を示されても、ついに取り掛かった発酵食品。
体、血潮、魂が求めるお米のお友達。
納豆というものに。
──生きたいかい?
初めて聞く声が彼女の頭の中で響く。
僕の言葉が初めて、届いた。
「なにを当たり前のことを聞くの!! 当たり前でしょ!」
──どうして?
「食べたいものがたくさんある」
──それが生きる理由なのを否定はしない。だけど、一つだけ誓ってほしい。
「ところでなに? あなた、誰? あたしの幻聴? ここを生き延びられるならなんでも誓うけど」
脳に木霊する謎の声との対話。
これから処刑される彼女は、声に出してのものだが、民衆のヒステリックな処刑への熱狂に掻き消され、誰の耳にも入らない。
暖かく、誠実さを湛えた男の言葉が続く。
──君を死なせない。代わりにだけど、もう少し生命に耳を傾けてくれ。少しだけ、僕のしていたことをやってみてほしい。
気づくと、断頭台に首を差し出したジェーンの頭の横に、巨漢が仁王立ちしていた。
僕だった。
「おっきい!?」
誰の目にも映らない、ジェーンだけが見ているその男は、見たこともない奇怪な出で立ちに思えたことだろう。
ボディスーツが体のラインにぴったりと張り付いている。
見事な逆三角形体型。胸板の厚さはジェーンの三倍ある。
そして、その顔は農村育ちの青年そのもの。
──さあ、僕の手を取って
僕は手を差し伸べた。
彼女に迷いはない。
こちらの言ったことの真意はわからなくとも、生きたいという願いは強かった。
「よし。やる!」
ギロチンの刃が落ちた。
首は落ちず、逆に刃が砕けた。
群衆がどよめき、驚愕するより先に、ジェーンの五感とスピードが超強化された。
周囲一帯の囁き声が耳に届く。
興奮した脳はその情報のすべてを聞き取った。
今のジェーン・エルロンドは、人間の限界を超越していた。
「エルロンド家は全滅した!」
「最後まで魔女を助けようとしていたメイド長は捕まっていないが見つけ次第嬲り殺しだ!」
「もう武力による支配も、稲作狂いもこりごりだ」
「魔女の研究施設はすべて壊せ。使えそうなものだけ持っていけ」
ジェーンは悟った。
彼女のこれまでの業績は灰燼に帰った。
もう帰る場所もない。
家とは実質的に絶縁状態だった。
彼女にはもう何処にも行く宛がない。
それならどうするか。
ここまでがギロチンが落ちて砕けるまでの1.3秒。
狂熱に浮かれた者達も、砕けた刃の破片に表情を変え始めた。
「ど、どうしよう」
何をすればいいかわからない。
さっきまで隣に立っていた僕は消えていた。
目線を上げてみると、太陽の方角に浮かび、こちらへ手を差し伸べている。
浮かんでいる。彼は浮遊しているのだ。
それができる魔法使いは極めて高位のものに限定される。
なのに彼はこちらを呼んでいる。
──さあ、飛んで?
言われるままに、彼女は一歩を踏み出した。
正確には、空へと足を浮かべた。
一度浮かぶとたちまち高度が上昇。
彼女の足元に革命に燃える街が見えた。
皮肉なことに、全てが手遅れに成ってから、この国にどれだけの怒りが広がっているのかわかった。
民の叫び声、貴族の悲鳴。
彼女には一つ一つを拾い上げることができた。
──こっちだよ。
両腕を突き出して彼女は飛んだ。
初めてのことであり、自分に何が起きているのかわからなかった。
けれども、やってみたら飛べた。それも光の速さで。
光速で飛ぶのは生まれて初めて。
できると想像したこともない。
今の彼女は明らかに巨大な異変が起きていた。
けれど、知ったことではない。
彼女は空を切って雲を掻き分けて、固体から伸びる一条の光閃になるのを楽しんでいた。
太陽の進行方向と逆。
米にいつも恵みを与える天体とすれ違って星を廻る。
いくら速くなっても、その先に謎の人物がいた。
こちらが追いつくのを待っているかのようだった。
もっと、もっと疾く。
世界が、色が溶ける。
一つになって、過去も、今も、未来も一つになる。
光の速さも超えて、速度を、上昇(UP)、上昇(UP)。
そして(AND)、先に(AWAY)──
ジェーン・エルロンドは9歳から10年をかけて国の在り様を変え、民に活力と救済を齎し、一日で全てを喪い、ヤケになって時間を巻き戻した。
彼女の冒険はこれから始まる。
そして、僕の新たな人生も間接的に始まろうとしていた。
遅れたけれど、自己紹介。
僕は米倉毅。
日本という国の秋田県という僻地で生まれ育った。
それでも、多くの人々は僕のことを別の貌、別の名前で知っていた。
スーパーヒーロー、〈折れぬ大樹〉、〈ファッションの神〉、〈宇宙の救世主〉、スゲーマン。
ジェーン・エルロンドの前世が僕だ。