表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

青い目のシリーズ

悪足掻き1

幼い頃から、何かで1番になったことは無い。先生には真面目でいい子だとよく褒められた。

決められたルールを守って、先生や大人には物分り良く従順に。

真面目だけが僕の取り柄であり、僕が嫌いな僕だった。


その日は、学校の些細な出来事で落ち込んでいた。


自分に嫌気が差して、いつも通りの帰宅道を迂回した。寄り道なんてした事が無かったのに、目に付いた神社に寄った。


『こんなとこに神社なんてあったんだ...』


息を切らしながら無駄に長い階段を上がって、古びた鳥居をくぐった先に、彼は居た。


クラスメイト......。たしかよくあだ名で呼ばれていたような。そうだ、せんちゃん。千田だ。


本殿入口の階段で堂々と昼寝をしていた千ちゃんは、僕の気配に気付くとこちらに声を掛ける。


「あれ、笠野?」


「あ、えっと、うん」


失敗したなと思った。鳥居をくぐる前に気付いていてば、回避出来ただろう。


「こんなとこ来て、何してんの?」


「えっと、千田くんの方こそこんなとこで何を?」


何かをしに来たわけでも無かったのでそう尋ね返すと、


「うーん」


千ちゃんは少し間を置いて、


「見せた方がはやい」


本殿の中に入り、僕に手招きをした。


「待って、中入っていいの?」


「安心しろよ、カメラも無いし誰も来ない」


「そういう問題じゃ..」


そう言いながらも、僕は千ちゃんを追いかける。

本殿の中といっても、小さな神社だ。詳しくない僕には、木製の小屋と大差ないように感じた。


「これ持ってて」


千ちゃんがカバンの中からカッターを取り出して、僕に渡す。


「あの、これ...何に...?」


僕は戸惑いながら千ちゃんの様子をみる。ブレザーとセーター、シャツを脱いで、黒インナー1枚になったところで千ちゃんは一旦止まった。


「貸して」


渡して、いいものだろうか。

良くない予感がするが、変に刺激するのも怖くて僕は千ちゃんにカッターナイフを渡す。


「ね、ねえ千田く...」


カッターナイフを受け取った千ちゃんは、間髪入れずに自身の左腕を指した。


「え...」


僕は一瞬固まる。あまりに急で、何が起きたのか理解が出来なかった。


「俺さ、ここの神様に呪われてて」


黒いインナーに、ジワジワとシミができていく。


「痛みも、傷も、元々そこに無かったみたいに消えるんだ」


千ちゃんは腕のカッターナイフを抜きながら、淡々と話す。


「血は残るんだけどさ」


袖をまくりあげると、千ちゃんの腕には傷ひとつ無かった。


「....は?」


手品、でも無いだろう。

千ちゃんの言った通り、カッターナイフにも、インナーにも血は付着したままだ。


「.....」


「先祖代々、ここの神様に仕える歳になるまで、そういう身体してるらしくて」


千ちゃんは、まくりあげたインナーの袖を戻しながら続ける。


「なんかムカつくから、ここでたまに身体わざと傷つけて見せつけてやってる」


千ちゃんのインナーの袖には、カッターナイフでできた穴が空いていた。


「ごめん信じて貰えるよう手短にやったんだけど、引いたよな」


「......」


引いた。と同時に、どこか心臓がゾワゾワした。


「......」


千ちゃんは苦笑して、腰掛けた。


「お前も座れば?」


「うん」


僕は千ちゃんに促されて、腰掛ける。


「笠野の事だから体操座りとかすんのかと」


「いや、普通にあぐらかくよ」


「ははは、なんか意外」


笑ってる千ちゃんは、さっきまでカッターナイフが腕に刺さってたとは思えないくらい普通だ。


僕はといえば、怖いとか、帰りたいとか、そういう感情は案外なくて、その場にいるのに他人事みたいな感覚だった。


現実味が無さすぎると、案外受け入れてしまうものなのかもしれない。


「あのさ、さっきの話、なんで僕に話したの?誰かにバラされたりとか」


「バラすの?」


「いや、バラしたりしないけど」


そもそもあんな話、僕がバラしたところで誰も信じはしないだろう。


「仲良い奴らは知ってるの..?澤田とか松島とか?」


「言ってないし、言う気もない」


口調は軽かったけど、本当なんだろうなと感じた。


でも、だとすると、ますます何で僕なんかに言ったんだろう。


「お前なら口硬そうだし、なんかそういうの好きかと思った」


「はぁ?」


対して関わってない僕が、血を見て喜ぶような変態に見えたって事だろうか。


不快な気持ちを全面に顔に出すと、千ちゃんは少し焦ったように付け加えた。


「意味わかんないよな。失礼だし。俺もよくわかんないから言うか迷った」


態度からして、本当に悪気は無かったんだろう。言った後に気付いたようだった。


「でもお前、否定はしないんだな」


「え」


言われて気付く。そういえばそうだ。

なんで咄嗟に出なかったんだろう。

こちらを見る千ちゃんの目が、見たくもない僕を見ているようで居心地が悪い。


「......俺さ、そういう身体っていうのはある程度言い伝えで聞いてるけど、本当のところ自分が何なのかよく知らないんだ」


千ちゃんがカッターナイフの刃を出しながら言う。


「資料は見たけど、どこまで本当かあんまりわかんなくてさ」


カッターの刃についた血が、鮮やかな赤から黒っぽい色に変わっていた。


「笠野はさ」


千ちゃんの目が、カッターから僕にうつる。


「俺がどこまで痛がらないか、確かめたくない?」


きっと今なら、受け入れないことも、逃げることも出来た。けど、目が逸らせなかった。


「それ、やるよ」


千ちゃんが僕に、カッターナイフを渡す。


真面目だけが。


真面目だけが、僕の取り柄だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ