暇人JCムツ、冷静系幼馴染の力を借りて小さなお悩み解決に挑む!
この日、ムツこと矢那瀬睦美は非常に退屈していた。
「ヒマぁ」
その暇さ具合はおよそ世間一般の中学三年生の忙しさとはかけ離れたものであり、担任が知れば一喝したくなる程の怠惰さである。
(ひ~ま~、ヒマ暇ひまヒ~マ~)
日曜にも関わらず予定はなく、珍しい事に宿題も終えてしまった。
普段なら簡単に捕まる幼馴染二人も用事があるとかで捕まらない。
(ヒーマママひ~ま~)
目的もなく近所を歩く姿はさながら散歩するご老人、悪く言えば不審者のソレである。
「あら矢那瀬さんのお嬢さん、こんにちは。一人で珍しいわねぇ。今日はお散歩?」
「あー、原さんの奥さんこんにちはー。そそ、ヒマ散歩~」
都心部に近いとはいえ、近所ならば顔見知りも多い。
ムツは時おり声を掛けられつつフラフラと宛もなく歩き続ける。
声を掛ける者の全員が散歩かと聞く辺りよほど暇に見えるのだろう。
(ん?)
ふと気になるものが目に映り、ムツは小さな児童公園の前でピタリと足を止める。
公園の出入り口の柱にもたれ掛かる少女には見覚えがあった。
「双葉ちゃん?」
「あ……ムツおねえちゃん」
双葉と呼ばれた少女はムツの家の斜め裏に住むご近所さんである。
まだ小学一年生の彼女には一葉という仲の良い小四の姉がおり、ムツの中ではいつも二人一緒に遊んでいるイメージが定着していた。
「一人とは珍しいねぇ、一葉ちゃんは?」
「うん……ちょっと……」
見るからに肩を落とす双葉の姿にただならぬ空気を感じとり、ムツは腰を落として目線を合わせる。
引っ込み思案な少女はモジモジと視線を彷徨わせながら、それでもどうにか言葉を紡いだ。
「あのね、ふたば、おねえちゃんに嫌われちゃったの」
「んん? ケンカしちゃったのかな?」
「ケンカはしてないよ。でも、なんでか分かんないけど嫌われちゃったの」
話している間に悲しくなったのか、双葉の大きな瞳がウルリと揺れる。
マズいと思ったムツは反射的に「そぉかなぁ~!?」と声を張り上げてしまった。
双葉のみならず、道行く小学生や向かいに建つ歯科医院から出てきた親子が驚いたようにムツを見る。
変に注目を浴びたムツは気恥ずかしさを取り繕うように捲し立てた。
「だってさ、一葉ちゃんはいつも双葉ちゃんの事気にかけてたし! 大事な可愛い妹をそう簡単に嫌いにはならないよ!」
「でも……」
ムツなりの全力の励ましも悲しみに暮れる少女には効果が薄いようだ。
どうしたものかと戸惑いながら、ムツはそもそもの疑問を口にした。
「双葉ちゃんはどうして一葉ちゃんに嫌われちゃったと思ったの?」
「えっとね、あのね」
事の始まりは一週間ほど前らしい。
「いつも一緒にママのおやつを食べるの。でも……」
──いらない。
──え、なんで?
──だからいらないんだってば!
「それから、もうずっと一緒におやつ食べてないの。一緒に食べようって何回も言ったら、『しつこい、双葉一人で食べれば良いでしょ』って怒られちゃった」
「んー、おやつが気に入らなかったのかなぁ?」
明るく温厚で面倒見の良い一葉が怒るというのも信じ難い話である。
ムツは公園の前を通り過ぎる自転車を横目に首を傾げた。
「それだけじゃないよ。ママやパパともあんまりお話しなくなっちゃって、『なんで?』って聞いてもお布団被って隠れちゃうの」
「おぉっとぉ? じゃあ一葉ちゃんはお家の人皆を避けちゃってるの?」
「うん。パパもママも心配してるけど、その内元気になるだろうって」
ただの姉妹喧嘩かと思いきや、存外に深刻なのかもしれない。
「今日もね、ふたば、おねえちゃんに公園行こうって誘ったの。でも『絶対に嫌!』って怒鳴られて……」
「そっか、それは悲しかったね」
優しく同調しながらもムツの脳内は疑問符ばかりが浮かぶ。
曰く、一葉は家族の誰が喋りかけても反応が薄いらしい。
昨夜に至っては夕食の時間になっても部屋に籠もりっきりだったという。
「どうしたのってママが何度も聞いたんだけど、何も言わないの。パパがちょっと怒ったら泣いちゃって、それでも『喋りたくない』って」
「むぅ、それは手強いねぇ」
そこまで頑なに口を閉ざす理由が思い浮かばず、ムツは空を仰ぐ。
皮肉な程の秋晴れだ。
こんな日に悩める少女が二人もいるというのも酷な話である。
ムツは「よしっ」と気合いを入れると双葉に向き直った。
「ね、双葉ちゃん。一葉ちゃんは今お家にいるの?」
「んーん。おねえちゃん、ふたばを置いて遊びに行っちゃったから。たぶん学校で遊んでると思う」
「そっか。お姉ちゃん、一葉ちゃんとお話してみたいんだ。双葉ちゃんも小学校まで一緒に行かない?」
いくら母校とはいえ中学生が小学校に単身乗り込む訳にもいかない。
状況を変えたい思いが勝ったのだろう──双葉は戸惑いながらも静かに頷くのだった。
◇
「やほー、一葉ちゃん久しぶりー」
姉を探しに行った双葉を校門の前で待っていれば、思いの外早く本人を連れて来てくれた。
恐らく友人と遊んでいた所を邪魔されてしまっただろうに、一葉は不機嫌な様子ひとつ見せずに会釈している。
むしろ大人しく双葉に手を引かれてやって来た辺り、姉妹仲は良いように思われた。
「ちょっとお話してみたくって双葉ちゃんにムリ言っちゃったの。急にごめんね?」
「ん。大丈夫」
眉を下げて微笑む様子からして、明らかに元気がない。
普段の一葉なら間違いなく「ムツお姉ちゃん久しぶり! 双葉、ちゃんと挨拶した?」と満面の笑みを浮かべている所だ。
隣では双葉が居た堪れない様子でムツと姉を見比べている。
「あれ? 違ったらゴメンだけど、なんか元気ない? 何かあった?」
「! 別に……」
つっけんどんで抑揚がない。
おまけに顔まで背けられてしまい、ムツは早まった質問をしたかと脳内で崩折れた。
「えっと、そうだ! 二人共何か飲む? 好きなジュース奢ったげるよ!」
「え、いいの!? ふたばリンゴがいい!」
双葉が目を輝かせるも──
「私いらない」
一葉は顔を背けたまま視線すら合わせずに呟いた。
一応彼女なりに気まずさはあるらしく手で顔を隠している。
──隠しきれていないのはご愛嬌だろう。
「えー、遠慮しないで良いんだよ? 最近ちょっと涼しいし、温かい飲み物とかどう? 何ならあんまんでも」
「いらないってば!」
しつこくし過ぎたと反省しても、もう遅い。
一葉は怒鳴ると同時に走り出してしまい、引き止める間もなく行ってしまった。
「あちゃ~、やっちゃった」
「おねえちゃん……」
再びウルウルしだす双葉を宥めに宥め、謝り倒す。
完全にお手上げである。
ムツは双葉にジュースを買い与えて別れを告げると、意気消沈して幼馴染に連絡を取るのだった。
◇
「ってな訳で、私まで一葉ちゃんに嫌われちゃったのでした、まる」
「そうか」
肩を落とすムツに相槌を打つのは幼馴染の一人、孝幸である。
彼はムツを励ますでもなく何事かを考え込んでいる。
「ここまで聞いといて諦めるのもモヤるしさぁ。でも一葉ちゃんと双葉ちゃんに負担はかけたくないし」
「放っておけば時間が解決するんじゃないか?」
「でも心配だし気になるんだよー!」
机に突っ伏して「タカには分からんかね、このジレンマが!」と吐き捨てる幼馴染に、孝幸は小さくため息を吐いた。
「確かに何日も元気がないのは可哀想だな。家族が心配するのも無理はない」
「だしょ!?」
「(だしょ?)まぁ一応、一葉ちゃんの様子がおかしい理由は俺の中で一つの可能性が浮上している」
「マジ? え、何で!?」
話を聞いただけで何が分かったというのか──
ムツは期待に満ちた目で孝幸に詰め寄る。
そんな彼女を真顔で躱し、孝幸は淡々と話し始めた。
「まず一葉ちゃんの行動だが、話を聞いた所どれも共通……というより一貫性がある事が分かる」
「イッカンセー」
「おやつを食べなくなり、妙に喋りたがらない事。そして夕ご飯も抜くようになり、ムツとの会話もハキハキせず、飲食の誘いも断った」
まとめられると大した事のない内容ばかりに感じるが、言われてみれば確かに似通った内容である。
何が言いたいのかピンと来ず、ムツは口を尖らせた。
「でもさ、それだけじゃないじゃんか。部屋に籠もったり、双葉ちゃんと一緒に遊ばないし」
「引き籠もるのにも理由があるだろう。今回の場合、会話と飲食を避ける為と考えたら説明がつく」
「じゃあ双葉ちゃんを避けてるのは何で?」
双葉的にはそれこそが一番の問題なのだ。
孝幸は「説明求ム」と鼻息荒いムツには触れず静かに首を振る。
「確かに双葉ちゃんからすれば避けられてると感じるだろう。だが、そうではないとしたら?」
「どゆこと?」
「ムツが呼び出した時は素直に来てくれたんだろう? それも仲良く手を繋いで。ともすれば、やはり一葉ちゃんが避けているのはあくまでも飲食と会話という事になる」
曖昧に「なるほど?」と返すムツに痺れを切らし、孝幸は最大にしてほぼ答えのヒントを口にした。
「……公園を嫌がったのは向かいに歯医者があるから、と言えばどうだ?」
「歯医者ぁ? あ、まさか!」
ムツの脳内にバイ菌くんのような虫歯の妖精が踊り出る。
答えに行き着いた事を察した孝幸の口が僅かに弧を描いた。
「よほど歯医者が怖いんだろうな」
「なるほど!」
「そっぽを向いた時に顔を隠していたのは痛む歯を抑えたか、或いは痛がる顔を隠したかったのかもしれない」
聞けば聞くほど納得のいく話である。
ムツはもはや赤ベコのように頷くしかない。
「因みに重度の虫歯の場合、冷たい物より温かい物の方がしみる傾向にあるそうだ」
「へ~……って、え゛?」
「もし俺の予想が当たっていてムツの提案が彼女の地雷だったとするならば、処置は早めに行った方が良いだろう」
「な! それを早く言ってよね!? 一葉ちゃんママに説明しなきゃ!」
知らずとはいえ歯痛で苦しむ少女に爆弾を押し付けようとした罪悪感は大きい。
ムツは慌てて立ち上がると礼もそこそこに部屋を飛び出した。
思い立ったら即行動なのも考えものである。
お転婆な幼馴染に本日二度目のため息を吐き、孝幸は一時停止していたインターネット講座の受講を再開した。
◇
数日後、ムツはすっかり元気になった一葉と双葉に礼を言われる事となる。
虫歯の真実に気付いたのは孝幸だし、なんなら治療したのは歯科医の先生である。
礼を言われる筋合いはないと思いつつ、ムツは仲良し姉妹にジュースを奢るついでに孝幸の好きなお茶を購入するのだった。
<あとがき>
本作は新聞部ムツシリーズの主人公、睦美の中三時代のお話です。
もう一人の幼馴染は今回欠席。
それはそうと歯科検診って地味に面倒ですよね。
皆様も歯は大切に!
(歯科検診 みんなで行けば ダルくない)
最後までお読み下さり誠にありがとうございました。