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応酬の果てに待つモノは  作者: 斜辺私達
一章 日食より漏れる陽光
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一話 血濡れの英雄 ②

 しばらく歩き、住宅街を抜けると、ビルが並ぶ街道に出た。来夢市芯区筍通り。線路に沿って道路脇に繁華街が広がり、そこから民家やアパートが枝葉のように延びる芯区の商業区。


 かつての賑わいはもうここにはない。壊れたまま置き去りになった自動車や自転車が、照明を点ける者がおらず、開店時刻だというのに真っ暗な部屋の連なるビルが、レールが崩れ落ちた線路が、風と俺の足音だけが響く静けさが、平穏な日常が既に失われたことを代弁する。

 

 ただ、さっきの住宅街と異なり、崩れた瓦礫の下、救いのように一群の花が密集していた。だが俺はそれを見て、心を和ませるのではなく、警戒心を強めた。


 『化け物たち』は生物、そして人が生物を加工して作った食料を餌とする。奴らはそれらを全て喰らい尽くすまで別の場所に移動することはない。ただ、荒廃した地なら、別だ。生命の乏しい場所に奴らは寄りつきにくい。


 だから、俺は奴らに奪いつくされ、廃墟となった場所に拠点を置き、そこから奴らがまだ住んでいる危険地帯へと赴いて、食料を探している。

 

 ちなみに奴らが食べる生物と奴らの仲間に変える生物。その違いは不明だ。が、訳なんて探していても途方に暮れるだけだろう。


 目に入る雑草が増え、空にカラスの姿を認めた。そろそろ良い場所に着いただろう。俺はすぐそばにあったコンビニに狙いを定めた。割れた自動ドアから店内に入る。リュックからライトを取り出して点ける。散った埃を払いながら、すっかり汚れた商品棚を見て回る。


 早速、目的の物が見つかった。ウォークに残っていた水を手に取り、そのままリュックに詰め込んだ。平時であれば犯罪だが、四の五の言っていられる状況ではない。というか、この状況でいちいちモラルを気にしている馬鹿はいない。証拠に商品棚はがらがらだ。


 表にとバックヤードの両方を一通り見た後、外に出た。結果は芳しくない。戦果は500mlの水一本と、缶コーヒー一つ。そして調味料。他に残っていた食料は消費期限切れのおにぎりや弁当、そしてペットフードだけだった。対称的に雑貨品や雑誌の置かれた棚は在庫が埋まっているものがほとんど。


 当然だろう。災禍以前とは以後では大きく物の価値が変わってしまったのだ。明日も世界が平穏であること。昔、俺たちはそれを前提にした価値体系で生きていたわけだ。無意識に期待して。だが今は、誰にだって期待できるものなんてない。


「まあ、俺にとっては関係ないな」


 俺は缶のタブを開け、コーヒーを飲んだ。


 その後も八つ、九つ、コンビニやスーパーを回ったが、あれきり食料は何一つ出てこない。あっても消費期限を数週間以上過ぎたものだったり、カビが生えていたりで食べられやしない。やはり災禍直後に持ち去られてしまったのか、周辺にまだ人が住んでいるのか。


 『化け物たち』から逃げ、俺があそこに居を構えたのは、つい最近のことだから、答えは出せない。後者であるなら面倒ではあるが。どちらにせよ目につきやすい場所はあらかた探索しつくされていると考えた方がいいだろう。俺は趣向を変えて探してみることにした。

 


 立ち並ぶ廃墟のうちから一つを選ぶ。中に入ってもライトを点ける必要はなかった。崩れた壁の欠片や天井に開いた穴から光が差し込み、薄暗く中を照らしていた。


 値札。客や店員の私物らしきもの。割れた照明。折り重なって倒れた陳列棚。崩れた壁のかけら。血痕がそれら文明の遺品に染み込んでいた。『化け物たち』に襲われた爪痕だ。


 ここ二ヶ月で台風とか地震とか、多大な被害をもたらす自然災害は一度も起きていない。だから外側から軽く荒れようを見るだけで施設が奴らに襲われたか判断できる。今まで選んできたのは奴らが襲来した形跡のない店だった。襲撃済みとなると望みはない、そう決めつけて今まで手を付けてこなかった。つまるところここには予想外を求めてきたのだ。


 売り場を探し始めてすぐに目につくのは棚の空きようだ。ただ、完全な空という訳ではなく。食品の包装、それも一部だけが残っている棚もある。どうやら『化け物たち』は包みごと食品を口にするらしい。


 入口からの配置位置やバイトの経験から売り場を予想したり、落ちている包装の種類と照らし合わせたり、値札シールを見たりしながら、店内を巡っていくと、奴らの悪食ぶりが雑食なんて言葉では言い尽くせないものだと想像できる。


 野菜、果実の丸かじりはまあ分かるが、パック詰めされたものや容器に入った肉や魚も開けることなくそのまま食べているらしい。挙句の果てには、例えば菓子や加工食品のような、ぱっと見で中身が見えないよう袋詰めされた商品まで摂取する始末だ。

 

 ここまで有害なものを身体に取り込んで、よく生き続けられるものだ。いや、そもそもあいつらは生物ですらないのかもしれない。


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