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応酬の果てに待つモノは  作者: 斜辺私達
一章 日食より漏れる陽光
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二話 清廉の槍、高潔の盾 ⑤

 黒片は中空を飛び回り、再びパーツを、パーツから部位を、部位から全体を組み上げ、アタッシュケースを作り出す。そこで重力が作用し、ケースは地面へと落下した。


 走り寄って来た女がケースを拾う。これで俺が女に勝てる手段はなくなった。


 女が俺の首元に槍を突きつける。俺は終わりを覚悟して目を瞑った。当然の報いだろう。後悔こそ残れど、女を恨むつもりは毛頭なかった。

 むしろ感謝さえしている。大築を殺し、生き様を愚弄した俺を殺してくれるのだから。


 だが、いくら待てども肉が裂かれる痛みはやってこなかった。代わりに耳へ入ったのはくぐもった荒い呼吸。開けた目に入ったのは女の震えた腕だった。


「やれよ。何を躊躇ってる?」


 俺の挑発が効いたようだ。女は迷いを振り切るように叫び、槍を振りかぶり…。そのまま取り落とした。 


 女の鎧が黒片に分かたれる。やがてケースを形作り、彼女の腕に提げられる。中身を晒した女の表情は怒気を発していた。なのになぜ、こいつは俺に復讐しないのだろうか。


 奴は胸倉を掴み上げ、俺を無理やり中腰にした。殺意のこもった視線が至近距離から俺を射抜く。


「どうして殺した…」


 どうしてか、そんなこと俺が問い詰めたかった。どうして俺があんな愚かしい行動を取ったのかと。自分が許せなかった。どんな要因があったとしても、俺が大築を殺したのは変えようのない事実だ。だから俺はこいつの怒りを受け止める義務がある、罰を受ける義務がある。


「答えろ!」


 答えるつもりはなかった。己の不甲斐なさを弁明するのがたまらなく嫌だった。俺は女から大築を奪ったのだ。何か言えばその事実を霞ませてしまうような気がした。


 俺の態度が気に触れたのか、揺さぶられる。そこで女が目を丸くした。胸倉を掴んだ腕は完全に脱力し、俺は道路に放り出される。女の視線を追えば、先刻俺が摘み取ったタンポポがあった。


「…...何があったのか…...。教えて…...くれないか」


 どれほどの時間が経ってから、女が躊躇いがちに口を開いたのかはわからない。ただ、その時には肌を流れていく水滴が、涙か雨水か判別できないほど、俺たちはずぶ濡れになっていた。

 

 パチパチと炭が弾ける。炎が激しくそれでいて寂しく揺らめき、薄暗い空間で自己の存在を主張する。外からぽつぽつと響く雨音が、一層、物悲しさを引き立てていた。


 あの後、俺たちは大築の火葬を済ませることを決めた。電気の通らない昨今となっては、そもそも火葬炉が使えない。だから選ぶのは昔ながらの野焼き。


 遺体の下に炭を積み、油をぶっかけ、火を点ける、雑なやり方。副葬品として俺が拾ったタンポポ含めた花やら服や所持品やらを遺体の側に添え、点火した。


 火葬場が近くにあったのは本当に幸運だったと思う。炉が使えないと言ってもその防火性は使える。おかげで延焼の心配をしないで済む。


 黒い煙がもうもうと立ち昇る。煙突に収まりきらなかった煙は窓を通して外に漏れていく。煙を吸い込まないよう、俺たちは遠巻きから火葬の様子を眺めていた。


 大築の死。何度も頭で反芻した事実だ。なのに見つめる炎が揺れるたび、一層それが胸を深く抉っていく気がした。妙な気分だったが、当然の帰結なのかもしれない。


 俺はあいつの死を、終わったこと、の一言で片づけて、さして重要でないと己に言い聞かせ続けた。碌に向き合おうとしなかった。振り払おうとした。


 だが今は違う。俺は大築の死を受け止めることにした。あいつを殺したのが俺だと言う事実と共に。


 あいつの優しさは、世界は、あいつ自身は俺の中で生きていく。


 それにしても静かなものだ。簡易的とはいえ葬式なのだから当然だが、立会人が俺と女だけなのは何となく寂しい気がした。本来ならば家族や親戚、友人といった奴らが一堂に会し、上辺だけでも死者を偲ぶ。そういうもののはずだ。

 あいつはもっと多くの人に見送られるべきだった。誰かの為に平然と身を投げ出せる奴がこんな空しい最期を終えていいはずがない。

 どうしても引っ掛かりを感じたので、俺は女に訊いた。


「お前、他の奴らは呼ばなくていいのか?」

 

 他の奴らとは言ってもおそらく大築と共同生活を送っている奴らに限定されるだろうが。


 俺の質問に女はこちらを見ず答えた。顔にたたえた複雑な表情を見せたくなかったのかもしれない。俺がそうであるように。


「いい。先生のあんな酷い姿、皆には見せたくないしな」


 大築の屍はカラスや羽虫の類に集られていた。人相がはっきり分かるほど状態が良かったのは奇跡としか言いようがない。


 それでも頻繁に死体を見るようになった俺達でも顔をしかめるほどにはグロテスクだった。

 臓器や筋組織、神経、血。人が日頃、皮膚で覆い隠している生の、醜い中身をぶちまけ、その上、ディストラルになり異様に変異していると来たものだ。人に見せるには気が引けるのも頷ける。


 だが女の判断は少し身勝手な気もした。こいつは当人の意思を訊くことなく、死骸を見つけたと知らせることなく、火葬を進めているわけだ。


 いや、そもそも俺がどうこう口を出すべき問題ではないだろう。大築と共同生活を送っている奴らと俺は一言も交わしたことがないのだから。


 次に俺達が口を開いたのは燃料が燃え切って灰になった後だ。肉は跡形もなくなり、出てきたのは人骨と炭交じりの灰だけだった。


「俺にも分けてくれるか?」


 人骨を砕き、骨壺に収めていく女に俺は訊く。彼女は快く受け入れ、手のひらほどの小さな壺に灰をすくい、俺に手渡した。


 手に収まった感触はひどく軽い。胸を抉る感情は深く重い。この先、俺は何度だってあいつを思い出す。平然とあいつを忘れようとした俺をそうやって戒めてくれる気がした。


 適当な棚を仏壇に見立てて、骨壺を置き、俺は祈った。謝罪と冥福、そして感謝を込めて。

 

 大築の火葬が終わった頃には、雨は既に上がっていた。ただし暗雲は変わらず空を包み込んでいるが。


「すまなかった。ちゃんと事情を訊きもせずに酷いことをしてしまったね」


 外に出て一番に、女は荷物を下ろして、謝罪した。右にケースを提げ、背に骨壺の入ったバッグを背負っていたものだから、荷物を置かなければ酷く不格好に見えただろう。


 女が矛を収めたあと、俺はあの日、起きたことを全て包み隠さず話した。

 ディストラルに囲まれたこと。大築が俺を庇い、鎧を託したこと。そのおかげでなんとか助かったこと。そしてディストラルになった大築を殺したこと。


 こいつとの戦闘に至るまで何を思い、何を考えたか。事情を説明するのが自己弁明になるのは癪に障った。

 が、あれ以上、演技を続けても通じなかったはずだし、なにより俺は自分の処断を女に任せるべきだと思った。


「…お前がどう思おうと、俺が何を言おうと、俺があいつを殺したことは事実だ」


 口に出してみて、浅はかな己に気づく。こいつの意思を尊重すると決めたはずなのに、俺は罰を望み、促した。


「...…今の言葉は忘れろ」


 向けられたのは憐れむような目。気まずくて、視線を彷徨わせる。


「...…先生はいつも私達を励ましてくれるんだ」


 女は柔らかく、それでいて不自然に微笑む。抑えきれない心中の悲しみが滲み出ているようだった。


「共同生活を送っている皆。いや、今生き残っている人は皆、たくさんの死を見てきた人たちだ。大切な人もそうでない人もな」


 暗雲広がる方へ女は歩き出す。こいつの言う通りだ。実際、俺が見てきた悲劇の数は両手には収まりきらない。


「だから先生と出会った当初は私も含め皆、ディストラルやこの世界を呪うか、悲嘆にくれるかしかできなかったんだ。一緒に住んでるのにお互い挨拶の一つすらどう交わしていいかわからなかった」


 女は苦笑交じりに語る。目線は遥か遠くに向けられていた。


「でも先生はそんな私達を変えてくれた」


 そこで女は向き直る。真っすぐな瞳は眼窩の奥までも見通している気がした。


「どんなに悲しくても辛くても、ほんの小さな幸せまで手放しちゃいけない」


「大築が言っていたのか?」


 女は頷く。


「そうできるように努力もした。軽く雑談を振ったり、みんなで食卓を囲んだりと些細な事を積み重ねていった」


 大築の幸福は人との関わりにあったのかもしれない。敵意を隠さなかった俺との会話も含めて。


「そのおかげかみんなで和気藹々、とまではいかないけれど、久しく忘れていた温もりを感じられるようになったんだ」


 どんなに耳障りの良い言葉だろうが、うすら寒く感じる。大築を信じ切れていれば、俺はこの感覚から解放されたのだろうか。


「前を向いて笑って生きて」


 女は満面の笑みを浮かべた。ぎこちなかったが、大築の真似をしているのだとすぐに気づいた。


「先生が今ここにいたら、そう言うはずだ」


 その言葉で大築の思いを蔑ろにしていた自分に気づく。生きて欲しいから、助ける。当然の話だ。だが俺は身勝手なエゴでせっかく助かった命を捨てようとしていた。


 馬鹿だ。俺は馬鹿だ。どうしようもない馬鹿だ。だがこうして自己嫌悪に囚われる事も大築は望まないはずだろう。


「…...そうだな。あいつはそういう奴だよな」


 迷いが吹っ切れたとは言い難い。ただ方向は定まった。ここからどう大築の死に向き合えばいいのかの。


「気が晴れたようで良かった」


 女は微笑を向けてくる。それで自然と緩んでいた頬に気づく。咳払いを挟んで、表情を整え、俺は歩き出した。

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