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応酬の果てに待つモノは  作者: 斜辺私達
一章 日食より漏れる陽光
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二話 清廉の槍、高潔の盾 ①

 呻き声を聞いてはっとする。頭が冷え、辺りの状況を整理して驚いた。


 馬乗りになった自分。泣きはらしたクラスメイトの呻き声。拳を染めた血。教室に立つ音は俺とそいつのものだけ。


 直面していたのは、今までの俺からしたら有り得ない状況だったのだ。一方的に暴力を振るわれるだけだった俺には。


 やがて教師がやってくると、俺を羽交い絞めにした。抵抗はしなかった。する気力がなかった。廊下に出され、職員室まで連れていかれる。道中、クラスメイトが野次馬のように立っていた。ぼんやりと、そいつらの表情を一つ一つ見遣っていると、途端に吐気が荒くなる。


 怯えた目。


 懇願する目。


 救いを請う目。


 伺えたのは俺への恐怖。


 そんな目で俺を見るな。


 いつも俺がお前らに向けていた目で。

 

 被害者のような目で。

 

 俺を加害者だと非難するような目で。


 俺を見るな。


 拳を包むねっとりとした感触。それが途端に気持ち悪くなり、擦って落とそうとする。無論、べっとりとこびりついた血は擦ったくらいじゃ拭えない。


 だがそれでも、俺はその動作を繰り返し続けていた。何度も、何度も、必死に。


 脳裏を過ぎったのは過去のワンシーン。俺が初めて人を傷つけた日の事。なぜその過去が今になって思い起こされたのかは分からない。だがどちらにも通じていることが一つ。


 あまりにも現実感がないこと。

 

 どうしてこんなことをした? なぜ防げなかった? こんなことするはずがない。これは夢なんじゃないか?


 そんな楽観的希望、いや現実逃避まで浮かんでくる始末だ。


「先生…?」


 明らかな他者の声に、俺は現実に引き戻された。落ち着いていて、強さを感じさせる声。それでいて、険しさの中から甘みが滲み出る。おそらく女声。ただ、そちらに目を遣る気にはなれなかった。


「君が、殺したのか…?」


 足音を立てながら、声が甘さを排した語調で問う。俺の目線は石化したかのように動かない。先に映るは血の海に沈んだ大築。朱に濡れた拳。非情な事実。


 俺が大築を殺したのだ。


 否定しても、逃避しても意味はない。事実は変わらない。俺に出来るのは受け止めることだけだ。


「…あぁ」


 吐き出すには重く、出たのは弱い肯定。声の主にも向き合えていない。自分が情けなくなって、向き直ろうと顔を上げると——。


 血に濡れた鎧を視界に収めた。刹那、風が肌を撫でた。


 金属同士がかち合う甲高い音。鎧のおかげか耳鳴りはしない。視界が揺らぎ、入れ替わる。天に星々を戴く夜空へと。


 起きたことに理解が追いつかぬまま、全身が揺れる。外側からの痛みはない。だが衝撃は防げないらしい。肺が圧迫され、息が漏れる。ごつごつとした感触が背を撫でた。空に打ち上げられ、地に身体を打ちつけたのだとそこでようやく理解する。


 咳き込みながら、立ち上がる。遠くに相対していたのは鎧だった。


 大築のものと同じく現代の意匠が凝らされた鎧。左腕には黒い長方形の大盾。血に汚れているが、傷は一つもない。艶やかな表面が月明りを受けて鈍く光っていた。


 右腕にあるのは目測二メートル以上の大槍。剣と見紛うほどに穂は分厚く、それでいて鋭い、暴力的な槍。持ち手は見当たらず、腕に付属する形で伸びていた。


 光沢はなく、血痕が歴戦の跡を物語っている。


 武具の隙間から覗く恰幅は戦士にしては華奢で、武具のサイズにも見合わない。


 しかし細身に確かなしなやかさと強かさを併せ持っていた。


 鎧が槍の切っ先を俺に向けた。気迫を込めた声と共に鎧が肉薄する。勢いに呑まれ、つい一歩後ずさった。内響する声にデジャブ。さっきの問いがこいつによるものだと気づく。


 鎧から力を引き出し脚力の強化。俺は女に背を向け、駆けだした。女と戦う意味や理由はない。それに今は誰かと戦う気分になれなかった。


 どうやら鎧を着ていれば、夜目が利くらしい。辺りは真っ暗だが、どこに何があるのか、どんな姿形なのか、はっきり認識できた。おかげで障害物に足を取られる心配をしなくて済む。


 女の声が止むと同時に破砕音が聞こえ、そちらについ目をやる。すぐ後ろの廃ビルの外壁に何かで抉られたような跡が残っていた。


 女の手によるものだと直感して、俺は足を速めた。方法は不明。見当もつかない。だからこそただただ恐ろしい。逃げるという選択肢を取って正解だった。


「待て! 逃げるなこの卑怯者!」


 卑怯者。何度も吐き捨てた呪いの言葉。数人がかりで俺を抑えつけ、暴力を振るった奴らへの。


 咄嗟に振り返りそうになったが、結局、逃げることを優先する。だが拠点に戻るまでの間、その言葉は耳の奥にこびりついて離れなかった。



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