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第三話◆

第三話

「何で?何でそんなことを……言うの?」

 つらく、悲しい決断だったかもしれないけど、これが一番よかったっていつか言うことができたらそれはそれでいいことなのだろう。しかし、それは未来での、話である。嘘をつく苦しみ、八咲を仲間外れにする辛さは今の俺が体験することであって未来の俺が体験し終えたことなのだ。もし、俺がまだ生きていたらだけども……

 遠くからは縁日の楽しげな音が聞こえてくる。

「……ごめん、だけど俺はもう、お前とやっていけない、いや、やっていかないって決めたんだ」

「……本当に?本当に……零時君はそれでいいの?私が居なくなっても……大丈夫なの?」

 これまでどんなときでも支えてくれたのにお礼をすべきなんだろうけど今の俺に出来ることはこれ以上、八咲を危険なことに巻き込まないだけだ。

「ああ、大丈夫だ」

「……そっか……さよならっ!!!」

 俺の前から八咲が居なくなる。緋色の浴衣は漆黒の闇の中へと姿を消したのだ。俺も帰ろう、そう思ったのだが声が聞こえてくる。

「……あ~あ、泣かせちゃった」

「いいんだよ、これで」

「そう、あんたがそういうんならいいんだろうね~。ま、あんたの最後はあたしが看取ってやるから安心しなさいな」



―――――――



「……」

 今日、二学期の始業式があるのだが俺は学校に行っておらず八咲の家に居る。家……というのはちょっと語弊があるだろうか?正確に言うならば地下、そうだな……地上からどのぐらい離れた場所にあるのかはわからないが階段数で言うならば千段程度のはずだ。

「さて、今日から結果が出るまで、決着がつくまで君は家に帰ることもここから出ることも出来ない。覚悟は出来ているか?」

「……はい、できています」

 俺が今からしていることはゲームで言えばリスクの伴う裏技である。失敗すれば俺は……どうなってしまうのか知らないが、とりあえずよくないことがおきるらしい。その話は八咲のおじいさんから言われたことではないし、大体、おじいさんが提案した計画に乗ったと見せかけて嘘をついているのだ。その計画を提案した奴は俺を見ているが無表情……だが、それが成功すれば俺ははれて自由を手にするのである。

 八咲、今頃学校行っているんだろうな……夏休みの間、何度か俺の家にやってきたようだが俺はそのたびに逃げてばっかりだった。青白い八咲がどうやら他人が来たのを察知できるようで俺に教えてくれたのである。それを聞いて俺は慌てて逃げ出すか、居留守を使うというなんとも、情けない行為に走った。以前は一緒にあっちの学校を駆け抜けた仲だったんだけどな。

「……懐かしいな」

 これまで俺と八咲ががんばって倒してきたあいつらは所詮、時間稼ぎでしかなかったらしい。それを聞いたときは本当に、ショックだった。

 教えてくれたのはおじいさんでも、八咲でもない……あの青白い八咲だった。今更だったが、俺は初めて青白い八咲……燐が笑ったことを思い出していた。



―――――――――



 八咲と一緒に縁日にやってこれたのは何かの行幸か、最後の骨休めなのか……珍しくはしゃいでいる八咲を見ると素直にうれしかったし、楽しかった。

 だが、縁日の最後のほうで八咲とはやっていけないことを告げると彼女は足早に去っていってしまった。

 俺も帰ろうとしたのだが、それまで姿を見せなかったあいつが姿を現して屋台のほうを見ながら茶化してくる。

 その後、屋台を回りたいと言い出したために素直に従うことにした。

「そういや、お前の名前、何ていうんだ?」

「あたしの名前?聞いてどうするの?」

「そりゃ、お前、あれだよ……お前の名前知ってればお前を呼ぶときにお前なんて呼ばなくていいじゃん」

「……あんた、いずれ死ぬのに?」

「ま、そうだけどな……冥土の土産に教えてくれよ……友達になれば俺の名前ぐらいお前が覚えていてくれるだろ?」

「……」

 そういうと少しばかり静かになった。

「あたしの名前は八咲燐」

「……八咲燐?」

 こくりと頷いたが、微妙な顔をしていた。

「……あんまりなれなれしく呼ばないでね」

「わかった、燐」

「……よぶなってのっ!!」

「呼び方が悪かったのか?……燐ちゃん……って、すっごく前の人か。燐おばあちゃ……」

 自分の顔に鉄拳が顔にめり込んだ気がした……いや、いまだにめり込んでいる。

「……享年15よ……」

「そ、そ~でしたか……っていってぇな!もうちょっと優しく殴ってくれよっ!!」

「……じゃ、やり返せばいいじゃない…さぁ、お好きなところを殴りなさいよ」

 そういって手を広げ、俺をにらみつける。その目には恨みを溜め込んできたものの光が宿されていて、正直言ってビビった。底知れぬ恐怖、絶望、果てしなき暴力を受けてきたものの瞳……

「や、やり返すわけないだろ!俺に女の子が殴れるかよっ!!」

「はぁっ?」

 そんな声が返ってくる。心底驚いている表情だった。

「あんた、あたしは剣……つまりは道具よ?」

「いや、だけど女の子だろ?今だって制服姿のままだし……」

 縁日の日に制服っていうのもどうかと思う。浴衣でも着ればよかったのに……見た目は可愛いんだし(月子と瓜二つだ)なんだか俺、損した気分だ。

「……わけわかんない。あんた、馬鹿?」

「馬鹿でも何でもいいけど、とりあえずお前が俺に自分を殴れ、蹴れ、とりあえず暴行しろといっても俺は頑として聞かないぞ。勿論、お前が俺に暴力を振るうのも反対だ」

 暴力反対、殴るのも痛いし、殴られるのはもっと痛いからな。

「へ、変な奴」

「どうせ俺は変な奴だ……そういや、お前と一緒にまだお賽銭をあげに行ってないな……行くぞ」

「え?ちょっと……」

 ぶらぶらと宙を漂っていた半透明の手を握り(てっきり、貫通すると思った)引っ張る……と、思った以上に相手の身体が軽すぎて俺と激突。

「ぬはっ!!」

「いたたた……バカっ!!引っ張らないでよっ!!」

「悪い……」

 こけてしまった燐を起き上がらせて、人の少なくなったお賽銭箱に近づく。

「ほれ、五円だ」

「……ふんっ」

 俺から五円を奪い取ると半ば本気で賽銭箱へと放り投げる。俺もその隣で同じように五円を放り込む。

「……」

 願ったことは一つだった。月子が開放されることは自分でやると決めたけど……燐をどうにかしたいとも思う。そういうわけで、神頼みしてみることにした。

『……どうか、燐を助けてやってください……』

 願いがかなうか、どうなのか……わからないけどとりあえず今よりいい状態になってくれればこの子も普通に笑うのだろうか?

「終わったか?」

「……もうちょっと待って。ちゃんとお願いしておかないとあんたちゃんと死にそうにないから」

「って、おいおい……」

「よし、じゃあまたまわろう」

 手を引っ張られ、いわれた方向へと向かう。ちらりと見えたその表情が楽しそうで……月子の喜んでいる表情とはまた違った可愛さがあった。



――――――――



 気がつけば俺は八咲の爺さんが居ない八咲家の地下に居た。すでに、あちらの世界にやってきたようだ。

 八咲や爺さんはいないが、燐が俺の隣に居てくれる。首をすくめて軽い調子で話をしはじめた。

「あいつらは所詮、時間稼ぎ。平凡な日常に非日常の力を手に入れ、己の身体で怪物と戦い、喜びを得る為だけのお祭りよ……それがどういったお祭りなのかわからないけど人は喜び、それに参加するのと同じこと……意味があるのに意味を知ろうともしないで騒ぐだけ騒いで、気がついたときには疲れ果てている。その時点ですでに引き返せないところまで……だけど、今回はまだ大丈夫のはず」

「……そうなのか?」

「ええ、剣は持ち主の記憶からもっとも時間帯が長い場所を選んで化け物を作り出し、時間を稼ぐ……最終的に出てきた化け物は自分自身。あたしたちは今、徐々に段階を踏んでいた部分を無視して最後の階段を踏みしめたのよ」

「……あのさ、このことを燐はずっと知っていたのか?」

 そう聞くと嫌な笑みをした。

「……ええ、まぁ……」

「じゃあ、何でこれまで剣の所有者だった人たちに教えなかったんだ?」

「……あいつら、あたしのことを道具のような使い方したからね……それに、これは非常に危険な賭けよ……あんたにとっても、あたしにとっても。あたしはそうやすやすと賭け事をする性格じゃない」

 燐にとっても危険な賭け?

「どういう意味だよ?」

「前に言わなかった失敗したときの代償……失敗すれば、あたしは消滅してあんたが今度は剣に取り込まれる」

「……え?」

「もう、引き返せないところまでやってきているわ……この場所を上へ上へと上がっていけばそこに剣が最終的に作り上げようとしている化け物……十時零時が待っているはず」

 はるか上へと視線を移すが、そこには漆黒の闇だけが広がっていてその先に何があるのか、何が待ち受けているのか……俺たちは階段を上がるしか結果を知る方法はなかった。



―――――――



 何段階段を上がったのかはわからないが、疲れることはなかった。暗くて足元しか見えず、ついでに言うならば暇だった。

「……そういえばよ、お前って前は人間だったんだろ?」

「……当たり前よ。いたって普通、ちょっと家系が変わっているけどあたしは姉より普通の人間だったわ……あたしが死んでから……正確に言うなら、肉体が死んでから少し経って姉が選ばれたこととか剣のことを聞いたから」

「……へぇ、それまでは普通の生活をしていたんだな?」

 姿は見えない。何処に居るのかわからないが声が聞こえるということは近くに居るということなのだろう。

「……さっきもいったけど、当たり前よ。普通の人間だったから……近所のお兄さんに勉強を教えてもらったり、友達と遊んだり……恋もしたわ」

「は?恋?」

 一瞬だけ、鯉のほうが頭の中で泳ぎまわり、滝を登って龍になった。

「そうよ、大体、十四ぐらいで昔は結婚していたから……あたしだって、死ななかったら一週間後には式を控えていたのに……それだけが無念だわ」

「え?ちなみに……どんな人と結婚する予定だったんだ?」

「……近所のお兄さんと……よ」

 ああ、勉強を教えてくれていたというお兄さんか。

「きっと、燐とお似合いだったんだろうな」

「……そうでもなかった」

「え?」

 首をかしげながら燐を探すが、やはり、彼女の姿を視認することは出来なかった。一体全体、どこにいるのだろうか?

「あの人はあたしより、姉のことが好きだったはず……でも、家の決まりで姉はその人と結婚なんて出来なくて……ほぼ、政略結婚みたいなものだったわ」

「ふ、ふ~ん?」

「……あの人にとってあたしは姉の次……でも、それでもあたしはうれしかった」

「どんな人だったんだ?」

 これ以上聞かないほうがいいか?そう思ったけれども、やはり気になったものは聞いておきたかった。今後、俺がこの話を聞くチャンスは永遠、失われるかもしれないからだ。

「……あんたみたいに取柄なんてない、ごくごく普通っぽい人だった」

「は?」

 俺ってそんなに取柄、ありませんかね?

「どこに惹かれたんだよ?」

「わからない。気がついたら好きになってた……この話はここまで他に聞いておくことは?」

「他?う~ん、特にないな……強いて言うなら、お前を剣から解放させることって出来るのか?」

 そう訊ねると静かになった。これまではべらべら楽しそうにしゃべっていたのに。

「……あったらとっくの昔に実践してるわよ」

「そうか……まぁ、そうだよな」

「あんた、それを聞いてどうするつもりよ?」

「いや、まぁ、何だ……」

 さって、どう言ったものかな……

「……もし、俺が剣になってしまったときに実践しようかなと思ってな」

「なるほどね、だけど……それはやってみないとわからないわ。あんたが剣になってあたしが消え去る、もしくはあんたが勝って開放されるか……二つに一つ、確率としては二分の一ってところね」

 それって本当に二分の一なのだろうか?ともかく、俺が、いや、俺たちがこれからやるべきことは階段を上りきることだ。



―――――――



「あれ?十時が休みだね……」

「また?けど、今日は八咲さんが来てるし……」

「運命共同体のはずだろ~?」

「なぁ、八咲さんは十時がどうしているのか知らないか?」

 クラスメートたちはそういって八咲を見やるが、八咲月子は首を横に振るだけだった。

「そっかぁ、八咲さんが知らないってことはやっぱり普通に休みかさぼりなんだろうなぁ」

 そういって主の居ない机から皆が散り散りと離れていく。八咲月子は残された机をぼーっとみていた。

 あれから、夏休みの間は一度も見なかった。何度か会いに行ったのだが留守だったのだ。避けられているのは間違いない、家で祖父に尋ねてみたのだが十時零時という名前が出るだけで温厚な祖父が逆上したのである。



 何か、隠されている……



 そう思うのだが、もはや自分にはどうしようもない。あっちの世界に剣が行けば盾が反応してくれるはずで……それだけが頼みの綱だった。

「……」

 何故、十時零時があんなことを自分に言ったのかわからなかった。確かに、盾としての順応力が完全というわけではないのだが、これまでだって一生懸命、文字通り、命をかけて一緒に戦ってきたはずなのだ。

 何か、何か自分に非があったのだろうか?考えてみるも答えは出ない。しかし、気がつかないうちに何か十時零時が怒るようなことをしてしまったのかもしれない。

 今日の放課後、家へ向かって謝ろう……そして、二人でまた……



―――――――――



 行けども行けども、その先にあるものは本当に足元しか見ることの出来ない階段。俺は途中からカウントを始めてみた。千を越えた時点で数えるのをあきらめており、ぼけーっと歩いていた。燐の声も聞こえてこないが、息遣いだけは確認することが出来るのでどっかそこらへんにいることだろう。

「なんだかよぉ、賭けるとか色々言っていたからかなり緊張しちまっていたけど、さすがに持続しないな」

「……あんたの言っていることも一理あるけれど……これまでの剣の所有者の中にはそれが理由で消えていったものたちが居るわ」

 そ、それは……一瞬の隙を突かれてやられたというのだろうか?思えば、この暗闇に飲み込まれている階段の脇に、敵が居ないって言う保障があるわけじゃないのだ。

「あんた、さっきの言葉を発したところで八つ裂きにされていてもおかしくなかったわ」

「……そうだよな、反省しねぇと……あ、そういえばさ……言いたいことがある」

「何よ?」

 一体全体、どっから声が聞こえてくるのかさっぱりわからないが、相変わらず近くに居ることは間違いないのだろう。

「俺、お前に出会えてよかったよ……口は悪いし、態度も最悪だけど会えてよかった」

「……なんで?」

「何でっていわれてもな……なんとなくだよ」

 そういうと相手は黙りこくる。しばしの間、足だけを動かして待っていると声が再び聞こえてきた。

「あたしは……あんたに会わなければよかったと思ってる」

「……はははは…ひでぇな。で、何でそう思うんだ?」

「あんたなんかに出会わなければまた、人の心を思い出さなくてよかったから」

「それは悪かったな……あのさ、へんなこと聞くけど俺の足もとがぬるぬるしているんだが?」

 先ほどまではとても固い、研磨された鉄を踏んでいるような感じだったのだが今は何かぬるぬるとした何かが流れている。そして、においは鉄のにおい……というよりも、血のにおいがして仕方がない。

「そうね、そろそろ目標地点に到着するわ」

 心なしか、その声は震えているようだった。ついでに言うのなら、俺の足もがくがくと震えている。

 必死こいて登った先にあるのは絶景……なのだろうか?ジェットコースターは上れば上るほど、落下スピードが上がり、恐怖が増える。

「……」

 もし、そんな風になっていたら……

 しかし、いまさら止まることもできず、俺の足はぬるぬるの何かを踏みしめて進む。

「……ついたわ」

 燐がそういった瞬間、電気がついたかのようにあたりの情景が一発でわかった。不思議と、まぶしいといった感じはなく……そこが何処だかわかったとき、俺は唖然としていた。

「ここは……八咲の家?」

 俺が以前寝かされていた部屋の隣に自分が立っており、ふすまの開けられた二つ目の部屋の中央に布団が敷かれて、誰が寝ている。

「……目覚めるわよ」

 布団が勝手に離れ、誰かが立ち上がる……白い布団は真っ赤に染まり、紅くなり過ぎて今度は黒く変色していく……

「……そ、そっくりだな……」

 ゆっくりと立ち上がり終えたそいつは、俺であり……その左手には剣が握られていた。何処までも漆黒だと思っていたそれは真っ赤に染まっており、獲物でも切り裂いたのか知らないが血が滴っている。

 昏くにやけるその表情は……俺とはまったく違う何か。



 人とはまったく違う何か。



 そいつは再び俺を見るとやはり、うれしそうに笑うのだった。


次回いよいよ最終回……シリアスいっぱいの最後にしたくはないなぁ……と思っていますが一体全体どうなることやら。さぁて、次はどういった小説を書きましょうかね~……二千十年一月六日水曜、二十時四十一分雨月。

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