第一話◆
第一話
転校とは日常の中の非日常、とでも言えるイベントだろう。小学校、中学校でも転校してくるやつを見たことはあるのだが転校したことはなかった。新しい学校、クラスメートたち。そんなものがあるでもなく、日々変わらぬ日常に人生とはマンネリ化を楽しむものだとそんな哲学的なことを考えていた時期もあった。
だが、今の俺はもはやそんなマンネリどころか大変なことに陥っている。
「……ぜぇ……ぜぇ」
痛みは感じないのだがわき腹から出血が見られ、しかもいつも見ている赤い血は流れておらず月光に照らされたそれは赤く輝いて見える液体だった。そして、背中を預けている校舎の近くには今は動くことのないであろう犬を巨大化させたような化け物が静かに亡骸となっている。
「……」
まさかこんなにも早く人生の黄昏時を迎えようとは思わなかった。いざ、そのときになってみれば痛みも何もないなんてある意味人として間違っている最後かもしれない。
徐々に生きていくうえで必要な何かが身体から放出されていくのを感じる。しかし、それをどうこうしようという力はもはや残っておらず、首をちょっと動かして暗い夜空を見上げるだけだった。
「満……月だ……なぁ……」
満月が俺を見下ろしてくれている。綺麗な満月を見ながら死ぬというのもまぁ、悪くないんじゃないだろうか?
しかし、それを許してくれない人がいた。
「!?」
人影がこちらへと向かってきており、月光を浴びて顔を確認できた。もはや声を出すのも難しくなってきていた俺だったが、その人が近づいてくるだけで身体に力が戻ってきて声が出せた。
「あんたは……」
その顔を見て俺はほんの一日前のことを思い出していた。
―――――――
転校というものがどういったものかわからない。書店に行けば『素人でも簡単な転校の仕方』といった本が見つかるかもしれない。行ったわけではないのであるのかないのかよくはわからないがあったらよかったかもしれないな。
他県から結構田舎のところに引っ越してきたわけだが、母さんが仕事で忙しく、父さんもこれまた仕事で家にいなかった。
まだトイレの場所ぐらいしか覚えていないよく言えば趣のある、悪く言えばぼろぼろの家の柱を眺めているとチャイムが俺を呼んだ。
「は~い」
立て付けの悪い玄関の引き戸を開けるとそこには神社だかお寺だかわからないがそういったところにいるような白い服装の(多分神社だろう)男性が立っていた。初老の男性という言葉がぴったりくる。
「こんにちは、十時さんの家ですよね?」
「ええ、そうです」
こういった人が来ることはきいていたので家の中へと入ってもらうことにした。お茶を出しているとふと、こんなことを話し始めた。
「この家に買い手がついたことを私は喜びます。現にこの家も喜んでいますから」
「はぁ、そうですか」
よくはわからないので曖昧に頷いておいた。それでも男性は満足したようでうんうん頷いた後に立ち上がる。気がついてみればすでに出したはずのお茶の中身が空っぽになっている。
「では、おいしいお茶もいただきましたしそろそろお仕事のほうをさせてもらいます」
「よろしくおねがいします」
今日この人がここに来たのはこの地方につたわる伝統行事のようなものらしい。他の土地からやってきた人がここで幸せに暮らせるように土地に住み着く霊と交渉するものだそうだ。さぞかし値段がはるような儀式だろうと思っていたのだが、母さんたちが言うにはかなりの格安でやってくれるそうだ。
まぁ、扶養家族である俺がどうこう言える立場ではないのでおとなしくしたがっているのだが。
その後は素人にはまったく理解できないような儀式を行い、あっさりと引き上げていった。もうちょっと大人数でするとばかり思っていたのだが一人でやって帰るところもいるのだろうか?少しばかり疑念を覚えたのだが些細なことだったので頭の隅に追いやって学校へと行くことにした。
転校初日の朝に校長室に行くのは大変だろうから前日のうちに挨拶をしにいくと決めたのである。まぁ、それも母さんが決定したことなのだが。
渡されていた地図を頼りに学校へと徒歩で向かうことにする。ずっと使っていた自転車が少し前に盗難にあってしまい未だ行方不明。
そんなことを思い出しながら歩いているとゴミ捨て所のようなところでつい足を止めてしまった。視界の隅に映った何か黒いものをぼーっとしていた俺の脳みそは捉えていたのである。
ゴミに突き刺さっているそれをなんとなく、そう、なんとなく引き抜いてみた。左手で握って掲げてみると非常によくできた剣だと判断する……もちろん、偽物というより、木でできた剣だったわけだが。
精巧に作られた剣だなぁと思っていると握っていた左手に何かが刺さったような感覚を覚える。
「いったぁ……」
慌てて左手を広げてみるのだが痛みを感じた部分には傷なんて一つもついていない。気のせいだったかと思って剣を探してみたのだが何処にもその姿はなかった。
「?」
まぁ、ゴミが散乱しているからその陰にでも落ち込んだのだろうとそう勝手に結論付けて俺はゴミ捨て所を後にしたわけである。
―――――――
学校についてさっさと校長先生に挨拶を終える。人のよさそうな感じの校長だったがこういった人のほうが裏で何を考えているかわからないものだ。挨拶もそこそこ、今日は帰らせてもらうことにしたのだった。
――――――――
次の日、未だ制服が手元にないために他校の制服を着て高校へと向かわなければならなかった。近くに高校がないために他校の生徒が通学路を使うのが少しおかしいのだろうか?俺のことをちらちら見てくる人が多くそれがなんとなく不愉快だった。仲間はずれにされた感覚に陥ったのだが事実、そんなものだろう。
昨日のうちに打ち合わせをしていたのですんなりと職員室に入ることができたわけだがこれまた妙な先生が俺の担任教師となった。
「よし、何か困ったことがあったら真っ先に先生に言えよ?先生、親身になってお前のことを助けてやるからな」
熱血が身体に流れていますといった感じの先生で俺はこういった人が苦手だったりする。やたら世話を焼こうとしてくるし……自分のことぐらい自分でできるといいたいわけだが無下に人の好意を無駄にするのも問題がありそうである。そういうわけで俺は曖昧に頷くことにして教室に案内してもらった。
俺が通うクラス、二年一組。出席番号はもちろん一番最後で五月中旬に転校生が来るのがそんなに珍しいのか教室内へと案内された俺をじろじろと見てくる。おいおい、見世物じゃねぇぞと言いたかったが過去に一度俺も転校生に不快な思いをさせた記憶がある。
「夜逃げしてここに来たんですか?」
小さいころの俺は夜逃げと引越しを同じ言葉と捉えていたのである。しかも、図星だったようでその子が泣き出したのがトラウマだ。
まぁ、誰にだってそんな間違ったすれ違いがあるものだ。じろじろ見てきている連中のことも多めにみてやろう。
先生の長話が終わったところで俺のほうへとお鉢が回ってくる。どうやら自己紹介をして欲しいようで……さて、どうしたものかね?適当に応えてもいいのだがここはきちんとした自己紹介をしたほうがいいだろう。
「今日からこのクラスに転校してきた十時零時です。えーと、趣味は読書、得意な科目は数学、苦手な科目は体育です」
ざっとこんなものだろう。なにやら他に期待しているような目を先生が俺に向けている。それを無視していたらじきじきに俺に言ってきた。
「よし、一発ギャグをやってくれ」
「は?」
「安心しろ、このクラスの全員がすでに乗り越えてきた道なんだよ……始業式の日の自己紹介の後にやってもらった」
かわいそうな転校生だとこちらのほうに視線が向けられている。やれやれ、そんな面倒な、というより変なことをしなければクラスの一員にさえなれないのかよ?と心の中で毒づいてまじめに考えている自分が悲しい。
「え~……バンジージャンプで糸が切れた……バンジー休す……なんちゃって」
「「「……」」」
す、すべったぁ!?バカな!?大うけの予定だったのに。
「あ~その、なんだ、十時、悪かった」
先生に謝られている俺、立ち居地失い所在なさげに可哀想な目で俺を見ているクラスメートたちをざっと見渡す。
「……く、くく…」
いや、一人だけものすごく受けている(必死に声を押し殺しているが肩がかなり上下している)人を発見した。黒髪を腰まで流して端正な顔立ちをしている。少しだけ冷たそうなイメージを受けたその女子生徒は周りに悟られないようにいまだに笑っている。そんな彼女よりも俺のほうが気になるのだろう。可哀想な目を何とかしてもらいたいと思ったのだが先生は無駄にフォローを始めていたりする。
「まぁ、十字もまだ身体が温まっていないからこういったいまいちなギャグをやってしまったのだろう……みんな、後で手伝ってやれよ」
いらないフォローだといってやりたい。そして、クラスメートたちははい、わかりました!なぁんて言ってるし!
正直、先が思いやられる。
―――――――――
大体のクラスメートの名前を頭に叩き込んでいたら本日の授業が終了となった。どうやら、このクラスの生徒たちは意外といい人が多いようでひっきりなしに俺に話しかけてきてくれた。一人が好きな俺としては対処に困るのだが寄られてきて悪い気はしない。
しかし、俺のギャグで笑っていたあの女子生徒はまったく近寄ってくることがなかった。よってきた生徒の一人に尋ねてみるとどうやらいまだにこのクラスになじめていない人らしい。だれとも話さないというわけではないが引っ込み思案なところがあるといっていた……だが、まぁ、男子たちはあの美貌に心臓を打ち抜かれたそうで狙っている連中が多いらしい。
そんな情報を貰っても正直いらないのだが放課後となりどこか部活に所属するかと聞かれたりした。今日のところは用事があると嘘をついて逃げ出したわけだ。トイレへと逃げ込んで用を足していると頭の中で何かが割れる、いや、壊れる……折れる?音がしたのだ。不思議に思って窓の外を見ると……
夜になっていたのだ。
「マジかよ……」
日が暮れるのはまだまだ早い五月の中旬。不思議に思って廊下に出るとそこに満月に照らされながらうごめく影があった。
「すいません……」
近づいて気がついた。そいつは人じゃなかった、黒く、時に蒼く碧に輝く獣だったのだ。動物図鑑にも、動物博士も知っていないであろう猛獣……いや、そんなものよりよっぽど獰猛で、おそろしい何か。
魔獣。
そんなゲームや小説でしかきいたことのない単語がしっくりと来る、生命体。
残念ながら耳が聞こえないとかそういったやつではないようで俺の声に反応してこちらを振り向き、にやりと笑った……気がしてならなかった。
おそろしい、逃げたい……そんな気持ちがあっという間に心を満たし、俺は素直に後ろを向いて逃げ出した。相手は俺のことをどうにかしたいようでたくましい四肢で追いかけてくる。
あっという間に相手の気配が背後につく。どうやら楽しんでいるようだ……俺が力尽きて倒れたとき、奴は俺にとびかかり、俺の命を刈り取るのだ……なぜかそんな考えが頭をよぎった。
心を満たしているのは恐怖だった。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……
そんな子どもみたいに駄々をこねても相手は見逃してはくれない。そろそろ息があがってくる。
嫌、嫌、嫌、嫌……死にたくないぃ!!
そんなときだ。左手に希望が見えた気がした。それは昨日どこかに消えてしまった黒い剣。今では黒と紅、交互に光り、俺の心臓の鼓動と同じ一定のスピードだった。もう、それが木の剣だとは思えなかった。
「うっわぁぁぁぁあ!!」
人は恐怖を打ち負かすとき声を出すのだろう。俺はそんな情けのない声を出しながら左側から後ろの全てを剣でなぎ払うように振り返った。
『づぁぁぁぁぁぁ!?』
そんなうめき声が背後から聞こえてきて振り返った俺の目の先には先ほどの獣が苦しんでいた。人間が猛獣と同等になるのには武器が必要だ。そんな言葉をどこかで聞いたような気がした。
まだ相手が息の根を止めたというわけではないが相手に怪我を負わせたということに安堵したのかもしれない。ちょっと油断した隙に獣は飛び掛ってきて俺をそのまま廊下の壁でつぶそうとしたのだ……だが、俺の後ろにあったのは窓だ。窓は割れる音をたてずに俺と獣を向こう側へと通過させる。
そのまま獣が俺を地面に押し付けたのだが相手の動きが止まり、瞳に輝いていた金色は消え去ってよろよろと倒れた。
「!?」
俺が握っていた剣が気がつけば相手の首に刺さっていたのだ……そして、奴のつめも俺のわき腹に刺さっている。
相打ち……
そんな言葉が脳内に響き渡り、輝く液体が俺のわき腹から流れ始めた。痛みはないが、つめに毒が遇ったらどうしようと思い何とか爪から逃げ出す。そして、近くの校舎に背中を預けた………
――――――――――ー
長い長い回想を終え、俺は近寄ってきた相手の顔を確認した。
「あんたは……」
困惑したような、迷惑そうな顔をした少女のことを俺は生涯忘れないだろう。彼女は俺のどうしようもないギャグで笑った女子生徒だ。
「私は……八咲月子」
月子といったその少女は夜風に黒髪を遊ばせて白く、温かい騎士が持っていそうな盾を俺に見せたのだった。
あらすじ読んで、第一話読んだだけだったら確実にコメディーじゃないじゃん。そんな感想を抱いてしまった作者雨月です。まだ一話目ですからご了承いただきたいと思います。ああ、もちろん満月の騎士とつながっている部分もありますので心配をしないでいただきたいです。では、これから連載をがんばっていきましょうか!十月十日土曜、十一時雨月。感想評価まだ早いですが宜しくお願いします。