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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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仮面の賢者

 崖際に監獄兼公爵邸が建ち、その最上階に唯一の囚人としてボクは住んでいる。

 牢屋の住人、収容者として。

 そんなボクがいる牢獄の向こう側、申し訳程度に作られた鉄格子の向こうに、憮然としたマルキアスが立っていた。

 通称“仮面の賢者”マルキアス。丈の短いローブを着込んで目つきの鋭い老人だ。

 他には、新しい賢者の来訪に興味津々なクリエとビカロ、それから久しぶりの再会を楽しんでいる様子のセリーヌ姉さんも集まっていた。

 マルキアスが不機嫌なのは、ボクが彼の到着時にしばらく目を覚まさなかったからだ。

 正確には「眠っていた」というより、精神世界に入り、そこにあるパソコンを調べるために瞑想状態に入っていた。あまりに集中していたせいで、こちらの呼びかけにも反応できず、ずいぶんと彼を待たせてしまったわけだ。

 とはいえ、マルキアスにボクの事情がわかるはずもない。ただただ「起こしても起きない」という事実だけを見て、腹を立てたのだろう。怒るのも無理はない。


「昔も似たようなことがあったの」と、マルキアスはなんとも言えない表情でボクを見つめて語り始めた。

「昔の、牢屋に繋がれていた巨大な猫のような生き物と遭遇したことがある」

「ボクも見たことあるかも」


 ずっと住んでいた賢者の塔に、見世物の一座が連れてきていた。いくつもの檻、カラフルで奇妙な姿の一団を塔の屋上から眺めた思い出がある。


「あの時みた猫はのぉ。図体がでかくて、骨付きの巨大肉をガブガブと食べながら、迫力があった。魔物とは違うかわいらしい姿がもたらす奇妙な怖さでの。でも鳴き声だけは妙に子猫っぽくて、それが可笑しく、馬鹿っぽかった……」

「それで?」


 何の話だろう。いきなり昔話をはじめちゃったけど、お年寄りはこんなところがあるな。

 師匠もそうだったし。


「つまりだ。その時の記憶がよみがえる。つまり、自由気ままに檻の中ですごし、ボケッとあほ面をさらすジル坊は、あれだ。あのときの猫というわけじゃ」


 カッカッカと笑うマルキアスに、軽くムカつくが、とはいっても彼がボクの手紙を見て駆けつけてくれたのは事実だ。だから、文句を言わないことにした。


「ああ、はいはい」と適当に相槌を打ちながら、ボクはマルキアスの言葉をやり過ごすことにした。


「なんじゃつまらん。昔のように半泣きでつっかかってくれてもよいのに」


 ボクの態度にマルキアスは口をへの字にまげた。

 ビカロが大げさに肩をすくめる。


「へぇ、こいつが。半泣きか」

「ジル君は単純だから」


 手に持った酒瓶をグビリとやりながらセリーヌ姉さんも続く。


「たまにかわいいところあるものね」


 クリエまで乗っかってクスクスわらう。

 外野は放置することにした。かまったら、この手のからかいは続く。


「ともかくさ、復興に力を貸してほしいんだよ。人手が足りないらしくてね」


 ソレル公爵領は内乱で内部がガタガタだった。最近、リーリとの話でわかったのだが、とくに人材が不足しているという。

 内乱の時点においても、有能な人材の多くは、他の兄弟に従っていたらしい。そのため、内政も戦闘も、ほとんどすべてをリーリが一人で抱えていた。

 それなら、ボクの人脈が役に立つかもしれない。というより、兄弟子たちの力だ。彼らはそれぞれが変人ではあるけれども、賢者と呼ばれるだけの最低限の力は持っている。魔法、学問、技術……いずれも一通りできる。リーリの足手まといにはならないはずだ。

 ボクはそう考えて、無事を伝える続報をうったけれど、助けを求める姿勢は変えなかった。

 マルキアスは、ボクの考えを聞いて静かにうなずき、ゆったりと語り始めた。


「来る途中で、いろいろ見させてもらった。もともと遠く東の地にいたんだが、手紙を受け取ってすぐにウェルバ監獄に向かった。だが監獄はすでに壊滅していた。それで、坊主がソレルに向かっていると魔力探知で知って、進路を変えた」


 旅は、東から西へ。特にソレル領では苦労したそうだ。見慣れないゴーレムが闊歩し、魔物の活性化も認めたという。マルキアスは軽く笑いながら語った。


「やることもなかったし、いい暇つぶしになったわ。ゴーレムには驚いたがの」

「ゴーレムねぇ」


 巨大な動く石像ゴーレム。ゴーレムは石の巨体を魔法で動かす。制御が難しいため術者が常に傍で細かく指示する。普通は放置されない。


「ワシの経験からも見慣れない姿をしていた。妙に白くての。とはいえ、構う気になれんから放置してきたわ」


 そう言って、彼は部屋の隅にあった椅子にどかりと座った。少し疲れたように見える。思ったより急いできてくれたのかもしれない。

 よく見るとマルキアスには少しばかり疲れた様子がみえる。

 さっきのあしらい方はちょっと悪かったかもなと、少しだけ反省した。

 そのとき、クリエがコップに入れた水をマルキアスへ差し出しつつ尋ねた。


「今日は、仮面をしていないのですか?」

「……何のことだろう?」と、ボクは首をかしげたが、すぐに合点がいった。

「ああ、マルキアスは“仮面をしてるから仮面の賢者”ってわけじゃないんだ。仮面職人なんだよ」


 だから、すぐにクリエにボクの気づきを伝える。


「では……作るほう?」

「そう。世界中の仮面の情報を集めて、それを再現するのに心血を注いでるんだ」

「あー、作るほうか!」


 その説明に、一番大きく反応したのはビカロだった。先ほどの芝居がかった態度と違って、素で大きな声を上げた。

 周囲を見ると、リーリも軽く頷いていて、部屋の隅に控えていたメイドも「あっ」と声を漏らしかけていた。

 確かに「仮面の賢者」と言えば、仮面をつけた人物を想像するのが自然だ。なるほど、誤解が広まるのも無理はない。

 ここでようやく、今この場にいる人々の顔ぶれに違和感を覚えた。リーリはともかく、ビカロまでやってきているのは珍しい。彼は普通、こっそり遠くから様子をうかがうようなタイプなのだ。マイペースというか、なんというか。

 そのビカロが、ぽつりとつぶやいた。


「仮面職人って……あれか、ジル……オイラスが呼び寄せる賢者ってのは、食べ物縛りじゃなかったんだな」


 小さなつぶやきだったが、マルキアスにはしっかり聞こえていた。


「食べ物縛りとは?」と、彼は聞き返した。

「……芋。揚げ物。ときたからな。次は漬物とか来るのかなって」

「どういうことだ?」

「セリーヌ姉さんの次にロアドが来たんだよ。つまり、マルキアスが三番手。そういう順番ってことだね」

「なんということか……こんなのと一緒にされても困るな」


 マルキアスはちらりと横を見て、鼻で笑った。


「えー。私はけっこうな美人のお姉さんだよ」

「自分でいうとはな。ふむぅ、本物の賢者ってものを見せてやらねばならぬの」

「ロアドも似たようなことを言っていたよ」

「はあ? じゃあ、もういいわい。賢者たるもの、口ではなく行動で示すわ」


 そう言って、彼は負け惜しみのように言葉を続けた。

 ロアドに似ていると言われたのが、気に障ったらしい。

 その後、マルキアスはリーリに向かって、「少し疲れているので休ませてほしい」と訴えた。すぐさまリーリが、メイドに案内を指示する。それが合図になったのか、集まっていた皆もそろそろと退出していった。

 なんだかんだ言っても、今のソレル領には人が少ない。やることが山積みなのだ。


「ボク以外は……だけどね」


 ということで、のんびりと牢屋で過ごすことにした。

 リーリがあつらえてくれた牢屋の中は、快適なのだ。絨毯もあるし、テーブルに椅子、それに大きめサイズのベッドはふかふかだ。ついでに、本棚は鉄格子と奥の居住スペースをきっちり分けてくれている。鉄格子さえなければ、過ごしやすい個室なのだ。

 ベッドにごろんと転がる。ふと、ゴーレムのことを思い出した。

 マルキアスが言っていた見慣れないゴーレム。

 魔物と違い、ゴーレムは人が作るものだ。アーバンからも、正体不明なゴーレムの報告があった、リーリも思い当たるものが無いという。

 それに、ボクの精神世界にあるパソコンにも、思い出したことが色々あった。

 ゴーレムとパソコン。両方をつなげるちょっとしたアイデアをひらめいた。

 ボクはそのまま瞑想に入り、再び精神世界のパソコンへとアクセスすることにした。

 うまくいけば、精神世界にあるパソコンの力が理解できるかもしれない。

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