リーリは監獄で語る
ボクと目が合うと、リーリは飛竜の背をぱんと叩き、あっという間に独房の窓のそばまで降りてきた。そして、ひょいと飛び降りるなり、体をすばやく縮めて格子を抜け、ボクのそばに降り立った。
独房の窓はまぁまぁ大きいとはいえ、彼女の身軽さには驚かされる。
「格子を外しておいて本当に良かった」
リーリは楽しげに笑って、自分がくぐり抜けた窓をちらりと振り返った。
窓の外には、彼女の護衛兼補佐のホーキンスが控えていた。しかし、彼女はさすがにリーリのような芸当はできないらしく、窓の下へとスーッと降下していくのが見えた。どうやら地上まで降りてから、正規の入り口を通ってこちらへ向かうつもりらしい。
そんなことはお構いなしで、軽い足取りで歩いてきたリーリは、すぐそばで立ち止まって、ボクの顔を見上げ「何かあったか?」と尋ねる。頭二つ分は背丈の違うリーリが近づきすぎると逆に話づらい。それは向こうも同じで、彼女は思いっきりのけぞった姿勢でボクをみていた。
「コイツがうるさくて」
ボクが足もとを指さす。そこには、怒り顔でこちらを睨む玉ねぎ頭のアルウラネがいた。
「ふざけるなよ間抜け面。あちきはいろいろ困惑しておるのだぞ。なんだか部屋は揺れるし、騒がしいし……」
幻獣という肩書と妙な威厳を携えて、憎まれ口をきいてくるが、まるで怖くない。プンスカ怒る様子は、むしろ笑えるくらいだ。
「あぁ、それはすまない」
リーリがスッとしゃがみ頭をさげた。それから後ろにステップしつつ立ち上がり語り始める。
「ここは、新しい公爵の住処になる。その作業でしばし煩くなる。だが、すぐに立派な屋敷にするつもりだ。公爵邸として、いやそれだけではないぞ。行政府も兼ねるつもりだ」
ピンと人差し指をたててリーリは、鼻高々といった様子で構想を語り始めた。
執務室に食事処、兵士の詰め所も必要だと、次から次へとやることを挙げていく。まるで、思いついたすごい計画を誰かに話さずにはいられないといった風だ。
いつものように、彼女の目の下にはくっきりとしたクマがある。目つきも悪い。しかし、その瞳は輝きに満ちて、心の底から楽しんでいるのが伝わってくる。
「……わかったよ」
彼女はまだまだ語り足りないようだったが、ボクが相槌を打つと、玉ねぎ頭が我慢できない様子で口を挟んだ。
「そんなことより、大事なことがある! お腹が空いた!」
そう叫んで、お気に入りの靴でリーリの足を蹴り上げた。玉ねぎ頭なりに必死の抗議だったが、リーリはまったく気にせず、にっこりと微笑んで「あぁ、それならば――」と何かをいいかける。
その時だった。
『トントントン』
ノック音と共に扉が開いた。
見ると、バケツを両手で抱えたクリエと、困った顔のピカロが立っていた。
「あーちゃん」
クリエはそう呼びかけながら笑顔で近づき、バケツを玉ねぎ頭の傍に置いた。中の水が左右にグラグラ揺れて、今にもこぼれそうだったが、ぎりぎりで持ちこたえている。
「あーちゃん?」
「アルウラネだからあーちゃん。呼びやすいでしょ」
クリエが得意げに語る。ボクとしてはどうでもいいけれど、リーリは少し困惑顔だ。目が泳いでいて、軽く口を開けて何か言いたげにしていた。しかし諦めた様子で、一呼吸おいたあと口を閉じた。
アルウラネつまり玉ねぎ頭といえば「敬う気持ちがあればよしだ」と厳かに言って目を閉じてうなずいている。当の本人が満足しているのなら、問題はないか。
水が静まったのを見計らって、クリエはしゃがみこみ、玉ねぎ頭と目線を合わせて優しく言った。
「冷たい水だよ」
先日のドレス姿から一変して町娘が来ていそうな質素な服で、身軽になったようで一つ一つの動作が軽やかでクリエも楽し気にみえた。
「そのような事、クリエがせずとも使用人に任せればよいのに」
リーリがつぶやく。
もっと威厳を持ってほしいということだろう。確かに、そうかもしれないけれど、ボクとしてはクリエが楽し気なのが一番いい。それに機会があれば、先日の葬送士が相手だったときのように威厳がある対応をしてくれるだろうし。
でも、一緒に部屋にやってきたビカロはそうでもないようだ。
「使用人というか俺が持とうといったんだが、どうしてもクリエさんが自分でって言ってきかなくてな」
それから「思いから危ないと思ったんだが」とビカロは頭を軽くかいた。確かにクリエがもってきたバケツは大きめだ。水は重いし、大変な気がする。
「そんなことないって、ね、あーちゃん」
そう言いながら、クリエは丁寧に玉ねぎ頭の靴を脱がせていく。
なすがままにされる玉ねぎ頭は、まんざらでもない顔でつぶやいた。
「その水、冷たそうだな」
バケツの水は透き通っている。窓から差す光が揺れて、底にも水面の模様が踊った。
「さっき汲んだばかりですから、冷たくておいしいですよ」クリエが笑う。
彼女は玉ねぎ頭を抱え、水面へそっと沈めた。
『チャプン』
玉ねぎ頭は一回転して浮かび、湯舟に浸かった子どものように
「ふーっ」と上機嫌だ。
その様子を見守るクリエは嬉しそうで、リーリは少し困惑気味。
ボクは、勝手にやってるなあといった気分で肩をすくめた。
まあ、どうでもいいけど。
「そういえば、リーリもここに住むんだよね?」
「もちろん。言っただろう? ここを私の屋敷兼、行政府にすると」
ボクの言葉に何か思いついたのか、リーリはぱっと窓際へ走り、上半身を窓から出して叫んだ。指さす先はわからないけれど、言いたいことは察しがつく。
「この監獄を抱きかかえる大樹を動かせるか?」
玉ねぎ頭の“本体”こと大樹の姿をしたアルウラネを動かしたい――そんな要求らしい。
直後、グラグラッと地面が揺れた。
玉ねぎ頭は、今度はふらつく様子もなく、落ち着いたままつぶやいた。
「こんな感じでいいか?」
どうやら、本当に本体が動いたらしい。
「おお! 見事だ!」
上半身を窓の外に乗り出したまま、リーリが足をバタバタと動かしていた。よっぽど理想的な状況になったのか、思い通りになっているのが嬉しいようだ。
「十分だ。これで敷地が使える」
監獄の外の様子はここからは見えないが、リーリは笑顔でこちらを振り返った。
クリエは、バケツの中に浸かったままの玉ねぎ頭を撫でながら、にこにこと笑っていた。
「さすが! あーちゃんはすごいのね」
「まだまだいけるぞ!」
玉ねぎ頭は称賛に上機嫌らしい。
「よし! あと動かしてほしいところは……すぐに現地まで行くから、頼めるか?」
「大丈夫、大丈夫、あちきはここからちょちょいのちょいだ!」
「頼むぞ!」
弾かれたようにリーリは床を蹴って、扉をくぐり、廊下へとかけていく。
タンタンタンとリズミカルに石畳を走る靴音が聞こえる。
ボクは、大丈夫かなと苦笑してリーリが出て行った扉の方に目をやった。
そこには思わず飛びよけたビカロと、啞然としたホーキンスがたっていた。
「リーリ様!」
ホーキンスは慌てた様子で、入れ違いに出ていくリーリを追いかけていく。
その様子を見て、クリエがくすりと笑った。
「元気ですね、リーリ」




