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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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新しい牢獄で

 ボクはぼんやりと、自分の精神世界……キャンバスの中で一つのノートパソコンを見ていた。

 それは無機質でネズミ色の机の上にポツンと置いてあるものだった。マウスが付いていて、指先で問題なくノートパソコンのディスプレイの上でカーソルが踊った。

 ディスプレイには、おぼろげながら知っているゲームの画面が写っている。

 前世で熱中したシミュレーションゲームだ。六角形のタイルで表示された地図にあるデータを読み取って、資源をあつめて、研究開発し、国を富ませて世界制覇を目指すゲーム。

 そこに写っている地形は特徴的で、おそらくそれは周囲の地図だろう。


 「動いているのは人かな?」


 タイルの中を小さな四角がチラチラとうごいている。

 説明がほとんどないけれど、タイルにはディフォルメされた家や橋があって、それが鳥の使い魔であるチャドの目を通してみた風景とかぶって見える。

いくつかのタイルで示される情報……廃墟の町や、切り開いた森、それらには見覚えがあった。

 おそらく、現実とリンクしている情報が表示されている。

 パソコンにはゲームの他には辞書が入っていて、そこにはたくさんの情報が表示されている。ただし、知らないことは表示されない。自分の記憶を辞書形式で見せてくれるだけだ。

 それでも、パソコンから得られる情報は凄いものだ。

 悪夢の中でのいざこざの一件から、すでに三日が経っていた。

 それはあっという間の三日で、ボクはボロボロの監獄にあるてっぺんの一室の、一際頑丈な部屋を、牢獄として使うことになった。


「ジル・オイラスが抵抗せず牢屋に入ること」


 それこそが葬送師が出した「ここを監獄として使うための一つの条件」だった。

 リーリは申し訳なさそうに、「すぐにここを立派な部屋にするので我慢してくれ」などと言っていたが、ボクにはそんなことはどうでもよかった。

 それより、ソレル領から離れることがなければ問題ない。二つ返事で、このカビ臭い小さな部屋で過ごすことを決めた。

 葬送師はそれにちょっと意表を突かれたようで、彼等の反応が楽しかった。

 牢獄へと自主的に入ろうとする人間は想定外だったらしい。

 こじんまりとした部屋でのんびりしているボクを見て、クリエはニコニコと笑った。


「なんだか最初にジルと会った時のことを思い出すよね」


 ボクも似たような感想を持っていた。あの時は分厚い鉄扉があったけれど、今回は木製ドアをあけて、鉄格子……そこから先に石壁のこぢんまりとした部屋がある。

 ソレル公爵領から出ていかなくて済むのであればと、喜んで入った部屋だ。

 カビ臭い部屋ではあったが、ボロボロの鉄製の扉を思い切り開いてみると窓が開き、さっと気分のいい風が入ってきて、その部屋は思ったより居心地のいい場所となった。

 前回のウェルバ監獄の時とは違う。なんだかんだ言って、ボクは自由にその部屋の中で過ごせた。テーブルだって椅子だって、リーリに頼めば用意してくれる。だから牢屋といっても一風変わった部屋に過ぎず、快適そのものだ。

 どうやらボクは、こんな小部屋でダラダラ生活するのが気性に合うらしい。

 ボクはカビ臭いながらも居心地のいい部屋で快適に過ごしながら瞑想し、精神世界でポツンと用意されたパソコンに向かって、データを取り出すために格闘した。

 そうやって三日を過ごした。その生活はおおむね快適だった。

 問題はただ一つ。「おい、お腹がすいたぞ!」

 それは一風変わった邪魔者だった。パソコンを触っていたボクの足下でさわぐ珍獣。

 精神世界にまでやってきて、さわぐ邪魔者にちらりと視線をやると玉ねぎ型の幻獣が、不機嫌を隠そうともせずボクを見上げていた。それは自称「ボク専属の看守」であるアルウラネだった。


「自分でねだれば?」


 リーリでも誰でも言えば食事くらい用意してくれるだろう。特にコイツは水だけでいいらしい。準備もいらないから、すぐに飲みきれないほどの水が用意されるはずだ。


「近くに誰もいない! あちきの声はとどかない! 声のでかいお前がいえ!」

「ちょっと部屋のそとまでいけばいいだろう?」

「お前を見張るのも、あちきの仕事だ!」


 アルウラネはどういうわけか精神世界にズカズカと入りこめる。

 それこそが、この幻獣の得意な術だという。同じ幻獣であるフェンリルには無理な芸当だ。

 そんなわけで、たいていはボクのフィールドであるはずの精神世界は、さわがしい同居人がいついてしまうことになった。

 精神世界にあるノートパソコンはまだまだ分からないことだらけなので、調べたいのに、ちっとも進まない。

 だけど、ボクにからんでくるアルウラネはそんなことお構いなしに、「暇だ、暇だ」とゴロンと転がって足をバタつかせた。やってることはまるで駄々っ子だ。


『バタバタバタ』


 ばたつく足がリズミカルに床を叩く。

 その足には真新しい靴が履いてあった。

 元々こいつは根っこを束ねて足の形にしていたのだが、クリエがそれではかわいそうだと、リーリの屋敷から小さな靴を見繕って持ってきて履かせた。

 茶色い革靴で、赤いリボンがあしらっている代物。

 なんだかんだ言って靴が気に入ったアルウラネは、たいていの場合、靴音をわざと響かせるようにボクの精神世界と、牢獄の一室をパタパタと歩き回っている。

 その気持ちはなんとなくわかる。靴は玉ねぎの体にとってもよく似合っている。カツカツという小さな靴音も不思議と心地よい音色を奏でている。

 今やこいつは、大きな玉ねぎの体に黒い丸とした目、それに小さな子供用の靴を履いてちょこまか歩く丸い生き物だ。


「はいはい、あとでね」


 ボクは自分の精神世界のノートパソコンを調べることに集中していて、アルウラネ……というか玉ねぎ頭の訳の分からない話には付き合っていられない。

 だが、玉ねぎ頭はそうではないようだ。


「んじゃ、ご飯はあとにする。で、何をやってんだ」

「パソコンを調べてる」

「あぁ、その光る板みたいなヤツか」


 玉ねぎ頭がボクの背中を駆け上がってくる。それからちょこんと肩に乗った。

 コイツは、ボクのことを色々知りたがっていた。というよりは、この世の中についてだ。長い間戦っていた玉ねぎ頭は、その間の外の状況は全く知らないらしい。

 そしてその長い空白の時間の中で、世の中は大きく変わっていたようだ。


「そういや、聖王はどうした?」


 パソコンを一緒になって眺めていたが、玉ねぎ頭はすぐに飽きてしまったようだ。

 聖王ねぇ……。ボクはマウスで画面に表示された地図をクリックしながら、わかる範囲で、聖王について簡単な説明をする。


「聖王は国の法を定めた後で、自分の子供に二つの生きる道を与えたんだ。そして亡くなったよ。多分、老衰」

「他には?」

「子供の一人は神殿長に、もう一人が王様になったらしいよ」

「もっと詳しくいえよ」


 この玉ねぎ頭は思った以上に長い間戦っていたことになる。というか、意識があったのはほぼ神話の時代の話じゃないか。百年、二百年じゃ聞かないだろう。


「ボクだってそんなに具体的には知らないよ。延々と昔の話だから」

「ふーん」

「というか、暇だ暇だ言うなら本当に外に行けばいいじゃないか。ボクなんかに構ってないでさ」

「なんかお前は怪しいんだよ。だから見張ってることにした。それよりあの変なやつはどうした? どこにもいないぞ」


 変なやつ……パーカーの男か。


「ああ、あいつは滅多にあらわれないよ。というより精神世界にしか現れない、現実で見たことないよ」

「そんな人間がいるものか!」


 確かに、精神攻撃に人間が現れることは基本ない。

 精神攻撃系の魔法で、そういった効果があるものがあったかな。思いつくのはそれくらい。


「そういわれても、言いようがないよ」

「うーん。やはり、お前らはどっちも胡散臭い」

「それはどうも」


 玉ねぎ頭の相手をしていると、体に何かぶつかった。

 現実世界で何かあったのかと、すぐさま瞑想をやめる。

 気が付くと、ガタガタと音がして部屋が小刻みに揺れていた。

 バラバラと小さな埃が天井から舞い落ちて、壁からはべらりと張り付いた苔が少しだけ剥がれた。


「なんだなんだ!」


 玉ねぎ頭がパタパタと走り回った。

 まったくどこでも騒々しい。


「工事してるんじゃないかな」

「むむ? 工事だって?」

「昨日言ってたじゃないか、リーリが。この屋敷を新しく公爵の屋敷兼、ソレル公爵領の監獄にするって」


 こうしてみると、精神世界と現実では、玉ねぎ頭は一回りサイズが違うらしい。現実世界の方が大きい。とはいっても誤差程度の違いだけだし、どうでもいいけど。


「あれ、本気だったのか?」


 玉ねぎ頭が小さく飛び上がる。


「本気じゃない?」


 ボクは開いた窓の方に行って外を見た。すると、ちょうどよくリーリがいた。

 彼女はずっと下、大樹の太い枝に立っていて、いつものように凛としたたたずまいで周囲に指示をだしている。指示に従う大工は活発にうごき、満足そうに見るリーリ。そこに一匹の飛竜がリーリの足元で丸くなって頭だけをヒョコヒョコ動かして周囲の作業を眺めている。

 活発だけど、平和そのものの後景だ。監獄から出て荒事がつづき、またもや牢屋に入って平和なんて……最近のボクは妙な運命に翻弄されている。


「ほら」


 それはともかく、リーリは本気でここをどうにかするつもりだ。

 だから、ボクがそれを証明しようと玉ねぎ頭に声をかけるが、それと同時、ふとこちらを見上げたリーリと目が合った。

 彼女の目はランランと輝いていた。

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