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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
93/101

フェニックスの背で

「よろしいでしょう」


 葬送士はわずかな間を取った後、はっきりとした口調で答えた。それからボクをちらりと見た。


「それではソレル公爵、ご案内をお願いします。同行するのはジル・オイラス。それから……」

「クリエと申します」

「では、クリエ様。ということで、よろしいでしょうか?」


 リーリを取り巻く騎士達がざわめく。


「護衛は?」という声が上がったが、リーリはそれを手を僅かに動かして制した。

「では、決まりということで」


 リーリが周りを制する仕草を見せた直後、葬送士は会話を断ち切るかのようにピシャリと言った。

 彼らに焦りを感じる。

 クリエに主導権を取られたことを、なんとか取り戻そうとしているように見えた。今のクリエには不思議な迫力があり、それがなんだか頼もしかった。


「では馬車を――」


 リーリがそばにいた人間に命令しかけた時、葬送士が声を上げた。


「フェニックス、今私たちが宣言した者をその背に!」


 決して大声でもないのだが、その声はとてもよく響いた。

 声に応じて空を飛ぶフェニックスが垂直に落下してくる。フェニックスは想像よりもはるか高くを飛んでいたようで、近づくにつれ、その巨大な姿があらわとなり、周囲から悲鳴が上がった。

 それも無理はない。

 その巨大な鳥は全身が炎に包まれ、燃え盛っていたのだ。近づくにつれて辺り一帯を焼き尽くしてしまうのではないかと思われるほど赤く綺麗な火の粉をまき散らし、鳥は落下してくる。


「心配には及びません。この炎は焼くものを選別します。この場で誰も焼くことはございません」


 周囲に言い聞かせるような葬送士の言葉がなければ、周囲はパニックになっていただろう。だが、彼らの言葉には不思議な説得力があり、民衆の葬送士が属する神殿への強い信頼があって周囲はあっという間に静かになった。

 それからボクたちは燃え盛る火に飲まれたかと思うと、ふわりと体が浮いた。

 それはフェニックスの背に乗せられた感覚だった。

 地面もボク達の体もいったんすり抜けていたフェニックスが、ボク達をすくいあげた形だ。

 そして、ボク達を背に乗せたフェニックスは音も無く大きく羽ばたき、一気に上昇した。


「びっくりしたね、ジル」


 クリエがゆっくり歩いて近づきながらボクに問いかけた。先ほどまでの凛々しく迫力のある彼女ではなく、いつもののんびりとした口調の彼女だった。

 だけど着ている白いドレスがとてもよく似合っているし、何より今乗っている火に包まれたフェニックスの背が彼女をとても神秘的に飾り立てていた。

 フェニックスの体は全く熱くはなかった。そこはまるで燃えている草原のような感じで、周囲をほんのり赤く照らしていた。

 その背にいるのはボクとクリエ、そして二人の葬送士とリーリ。ただそれだけだった。


「まあ、そうだよね」


 彼女に見つめられて、ちょっとだけ恥ずかしくなった。

 いつも以上に綺麗でクリエを直視するのが難しい。

 なんだかにやけてしまう。


「どうしたの、ジル?」


 彼女はそんなボクを下から覗き込むように見上げた。


「何でもないよ」


 少しだけ後ずさりをした時「あれだよ、ジル君は照れてるだけだよ」と背後から声が聞こえた。


「あなたの同行を許してはいませんが?」


 近づいてきた人影に葬送士がこちらを見ることもなく言った。近づいてきたのはセリーヌ姉さんだった。


「許可が必要だった? 戦おうってわけでもないのに?」


 同行を望まない態度の葬送士に対して、姉さんはいつもの調子でヘラヘラと笑っている。その様子を感じ取って、言っても意味がないと判断したのか、それ以上は葬送士は言わなかった。


「すぐに着きそうです。ソレル公爵。あの建物でよろしいでしょうか?」


 葬送士は、リーリとだけやりとりすることにしたようだ。

 炎にまみれた草原の端、つまりフェニックスの肩のあたりに立って、リーリは下を見下ろした。


「確かにあそこだ、おそらく」


 彼女が答えると、フェニックスは体を傾け、進路を変える。

 その背の上でもボクたちは落ちることがなかった。背に吸い付くような感じだった。重力がフェニックスの背に固定されているような感覚だ。


 クリエはその姿勢が怖いようで、ぐっとボクの腕を掴んだ。そんな彼女を見ることなく、「大丈夫だよ」と答えるのが精一杯だった。


「ジル君もさ、照れてないで、ぐっとクリエちゃんを抱きしめちゃいなさいよ」


 セリーヌ姉さんが微妙な茶々を入れたので、「はいはい」と答えた。

 そんな中、葬送士とリーリは相談を続けていた。


「確かに監獄があります。幻獣は寝ているようですが、建物は損壊しているようでもない。あの土地は十分な力を備えている」

「問題ないと言うことでいいな?」

「まだ、です。現地を見ておかなくては……ですが、逆に疑問です。なぜ使われていないのでしょうか?」

「おそらく罪人を利用して私腹を肥やすには、立地が悪い」


 確かに今向かっている監獄は山の頂上にある小さな台地に作られていて、切り立った崖に囲まれている。

 逃げることは難しいだろうが、その一方で囚人を利用して金を稼ぐには向かないように見える。

 罪人を使い捨ての労働者として便利に使う。とても嫌な感じだ。


「ソレル領は罪人で私腹を肥やす……その流れを作った領地でしたが、始まりはここというわけですか」

「伝わっている内容通りだと、およそ200年は昔のことだ。つまりは、200年は、この監獄は使われていなかったということになる」

「幻獣も寝てしまうというもの。我々、神殿の力不足も感じてしまいます」


 フェニックスの背は、ほとんど無音のため、葬送士とリーリの声はわけもなく聞こえる。

 だけど……。二人の会話に違和感を抱き、気になった単語を呟いた。


「幻獣?」


 なんで幻獣? 寝ているという判断を葬送士はしていたが、監獄に幻獣が何の関係があるのだろう。


「監獄が、監獄であるためには……抗うモノが必要だからです」


 答えたのはリーリでも、葬送士でもなく、別の声だった。それは年配の女性の声だった。声は天空から降り注ぐように聞こえた。


「どこを見ていますか? 私ですよ」


 ボクは見上げて声の主を探すが、続く声は足下から響いた。

 その言葉でようやく声の主が分かった。フェニックスだ。


「賢者と呼ばれる立場にもかかわらず、無知なものです」


 穏やかな声音の中にこもった馬鹿にしたようなニュアンス。ボクは思わず「監獄には詳しくない」と答えた。


「ひどい鳥だよね」とセリーヌ姉さんがヘラヘラ笑う。


「お黙りなさい、血の匂いを隠さぬ殺人鬼」


 フェニックスが穏やかな声音で言い返す。


「ひどいよね。私はしがない芋の賢者で綺麗なお姉さんだっていうのにね」とセリーヌ姉さんはクリエに向かって笑いかける。

「ですよね」と、クリアもその言葉に微笑みで返した。

「まあ良いでしょう。愚かゆえに私の真意から逃げるのも貴方の限界でしょう」


 さらにフェニックスは「ハァ」とわざとらしくため息をついて、言葉を続ける。


「言い合いで敵を増やす愚策を私は犯しません。いま、最も大事なのは、外道を監獄へ送ること。目を離すわけにはいきませんからね」

「外道だって、ジル君」


 ニッとセリーヌ姉さんが不適な笑みを向ける。

 フェニックスはその雄大な姿とは裏腹になんだかきついもの言いをする。

 さらに、フェニックスは言葉を続ける。


「それにしても、許しがたいのはアルウラネです。どうやら眠りこけている様子。故に監獄にもかかわらず多くの人から忘却されている。一体何をやっているのでしょう」


 その言葉は先ほどのボクの疑問に対する答えになっていた。その回答から推察するに、監獄には何らかの形で幻獣が関わっている。

 そういえば、ウェルバ監獄にもリントブルムという巨大な金色の龍が存在していた。


「では、あのそばに着地します」フェニックスが天から降り注ぐ声で高らかに宣言し、静かに下に見える木に囲まれた建物へと近づいていく。


 その建物はまるでお城のようだった。円錐形の屋根を持った3つの高い塔。壁は二重に囲まれていて、ウェルバ監獄を彷彿させる。だけど、あちらの監獄ほど大きくない。敷地はとても狭く。その建物は小さな敷地を有効活用すべく、ほっそりと高く伸びている。

 驚くことは、建物自体が巨大な木に飲み込まれているような状況だ。

 建物の半分以上が一本の巨木と同化していた。

 樫の木に似た巨大な木は、監獄に大きな日陰をつくり、建物の半分を覆っていた。

 そして、木は幻獣がもつ神秘的な気配を持ち合わせていた。

 先ほどのフェニックスの話の通りであれば、この大きな木がアルウラネなのだろう。

 だけど、アルウラネは近づくフェニックスに何のリアクションもなかった。


「あそこがジル君の新しいおうちってわけだね。掃除したほうがいいよ」


 セリーヌ姉さんが、建物を指さしてケラケラと笑った。

 人ごとを体現するような振る舞いにカチンときたが、すぐにソレル領から離れずに済むなら悪くないかと思い直す。

 軽口を叩いている間も、ゆっくりゆっくりと近づいていく。

 フェニックスはボク達を監獄の入り口と思われる巨大な門のそばへと下ろすつもりのようで、軌道をゆっくりと変えていた。

 そこに近づくに至ってようやく全貌が見えていたが、その建物はボロボロだ。

 監獄として使えるのかどうなのかは分からない。

 遠目では綺麗に見えたが、長らく放置されていたツケなのだろう。緑の苔に覆われた石壁はところどころ崩れている。


『オオオオオオ……』


 監獄から、獣の叫び声にも似た風音がした。

 そしてピリリとした感覚があった。

 軽い痺れ、それを感じていたのはボクだけではないようで、クリエがボクを掴む力をぐっと強くした。


「ジル」怯えるような彼女の言葉に「大丈夫? 大丈夫」と答える。

 何らかの魔法の攻撃を受けているのか?

 ボクは周囲の状況に意識を尖らせる。


「まて、これは!」


 ボクやリーリ達から離れて立っていた葬送士の一人が叫んだ。


「フェニックス、離脱――」


 彼が叫ぶ途中でプツンとボクと意識は途切れた。

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