抜け道の提案
「訴え? 新興貴族に、三公八伯、王?」
「はい」
「橋を落としセーヌー公と王の思惑を潰し、湖の街で……妨害者を蹴散らした。その意趣返しのつもりか? それとも、ジルを恐れてか?」
「そこまでは知りませんし、感知もいたしません」
湖の街で、ボクと武器商賢者レッザリオとの戦いを見物していたのは、新興貴族だったのかな。そう考えればつじつまは合う。
「ジル・オイラスの罪は王によって定められ、収監が決定している」
「左様です」
「今は事故により一時外にはいるが……罪の償いも、釈放も、王によってなされていない以上、中央神殿としては法に則り、再度監獄に閉じ込める必要があると?」
「えぇ」
「それでは体のいい封印ではないか! ジルを排除するための!」
「受け取り方はそれぞれでしょう。中央神殿としては、それが正しい法の執行であれば問題ないと考えています」
「ただ、公爵には罪人を恩赦する資格がある。そうではないか?」
ゆっくりとかみしめるようにリーリは語り、そして葬送士へと問いかける。
「それは中央神殿が見逃した場合に限られます。監獄の罪人の処遇については中央神殿が取り仕切るのが本来の形であり、正式な形です」
どこか感情的なリーリの言い方に、葬送士は淡々と応じている。
自分のことなのだが、どこか他人事のように聞こえた。
ボクは心の片隅で諦めている。その一方で、この状況で監獄に入るのは避けたいと思っている。
ソレル領は復興の真っ只中だ。いや、復興が始まったばかりと言ってもいい。その状況で抜けるのは嫌だ。
もし監獄に入るとしても、それはソレル領の復興を見届けてからにしたい。
だが、しかし――。
リーリは少しだけ息を飲んだ後「やはり、ジル・オイラスの処遇はこちらで決めたい」と告げた。
「それはできません」
葬送士の返答は即答で、さらにリーリを見下ろし威圧的に言葉を続ける。
「我々の要請を断ることができないのは、公爵ご自身がよく理解しているはずです」
全く感情を込めない葬送士の言葉に、リーリはボクを見た。
助けを求めるような視線だった。
一般的に人々は中央神殿に対して好感を持っている。
それは中央神殿が危機や災害に対し、労力を惜しまないからだ。
身分も財力も関係なく、ひたすら助けの手を伸ばしてくれる。
中央神殿自体には大きな力はなく、特に財政面で困窮していることは広く知られている。
彼らの質素な暮らしぶりは有名だ。
だからこそ、自らの事は顧みず人々を助けようとする態度に人々は感銘をうけ、信頼を寄せている。
実際、葬送士たちも人を助け保護しつつ、ここまで来ている。
だからリーリは、彼らの言葉に従わざるを得ない。
ここでその手を払いのけてしまうと、人心が離れ、ソレル領の復興がうまくいかなくなる可能性がある。それにロアドの買い付けにも影響を及ぼすだろう。
「ならボクが自分の意志で……」
小さく呟きボクは周囲を観察する。リーリは泣く泣く葬送士の言葉に従おうとするが、ボクは逃げてしまったという話にもっていこうと思った。
いったん身を潜め、密かにソレル領の復興を手伝うことができればと考えた。
さきほどのリーリの物言いから、ボクがいなくなれば他の勢力が攻めてくる可能性がある。自由であることで抑止力になるのなら、監獄行きは避けたい。
「ああ、それから」
それに合わせたように、葬送士がわざとらしく声を張り上げた。彼はこちらを見ることなく言葉を続ける。
「もし彼が……ジル・オイラスがこの場から逃亡した場合、我々はフェンリルを殺します」
それはリーリではなく、ボクに向けられた言葉だった。抵抗するなという意味合いだ。
しかも、意外な言葉。
「フェンリルを殺す?」
動揺するボクの言葉に、背後から小さく声が聞こえた。
「できるのだ」
いつの間にか背後に回っていたフェンリルの声だった。小型犬サイズまで縮まったフェンリルはボクの足下に隠れるように座り、そして小声で語る。
「二人の葬送士が望めば、幻獣を消し去ることができる。殺すというのは少し表現が違うが、実際に俺はお前たちの前から姿を消すことになる」
中央神殿もフェンリル達幻獣も、神の力を地上で体現する者たちだ。
だからといって、そんな権限があるなんてひどいと思った。
だが善悪は別として、世界の理がそうである以上受け入れざるを得ない。
「もっとも消えたところで、数年か十数年もすれば再生することになる。ただし、その時には今の記憶は保持されない。それもまた世界の仕組みだ」
「そっか……だから葬送士は二人で来たのか。ボクの抵抗を封じるために」
「だろうな」
「葬送士の奴らは、とんでもない提案をしてくるな。まあ、仕方ないか」
ボクは再び他人事のように自分のことを考えてしまう。
リーリも苦虫をかみつぶしたような苦悶の表情で黙り込んだ。
「その監獄はどこでもよろしいのですか?」
そんな中、葬送士に対して問いかける者がいた。声の主はクリエだ。純白のドレスに着替えた彼女は、屋敷の玄関からゆっくりと姿を現しながら言った。
静かに微笑みを絶やさないクリエは、物語に出てくるお姫様のようだ。
「どこか場所が決まっているのでしょうか?」
再びクリエはやんわりと葬送士に問いかけた。
銀の髪が風になびいてキラリと輝き、色違いの左右の目が葬送士を見つめた。
「決まっているわけではありませんが……ここから近い監獄へと我々が送ることになるでしょう」
問われた葬送士は、怯んでいるように見えた。
「では、ソレル領の監獄でもよろしいのですね?」
「監獄は存在しないかと?」
「いいえ、あるはずですよ」
断言するクリエの言葉に、周囲が静かになった。
着ている服のせいか、クリエはこの場にいる誰よりも上位の存在にみえる。
いや……違うか。実際に彼女は聖女としての力を発揮しているし、誰もがそれを認めている。
考え込んでいたリーリが、驚いたようにはっと表情を変えた。
「確かにある……」
大きな声を上げたリーリは、バッと顔をあげ右側を見上げた。そこには屋敷のある山よりさらに高い山があった。
葬送士たちはその提案を受け、二人で何か相談し始めた。それは短い時間で終わった。
「すぐに使えるのであれば、そちらでも構いません」
「では、使えるかどうか確かめてみましょう」
クリエは、一気にその場の主導権を握り、堂々と提案した。




