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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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葬送士

 葬送士とは特別な神官だ。その名前を聞くだけで多くの人が身震いする。

 中央神殿の神官たちの中でも特に優秀な者が、中央神殿の長によって任命される。

 王族や高位の家柄に連なる者たちは葬送士に会うこともあるらしいが、ボクは会ったことがない。

 リーリの様子を見る限り、軽々しく扱ってはいけない立場だとわかる。


「じゃあ、ボクは少し離れたところにいるよ」


 屋敷に戻ったら休むつもりだったが、念のため葬送士の動向に注意を向けることにした。何かあればすぐ飛び込み介入するつもりだ。


「では、私も」とクリエがいい、ボクと一緒に離れようとする。


 クリエが離れていくボクについて行こうとすると、リーリはクリエを呼び止めた。

そして「屋敷でまっていてくれ」と言った。

 続けて、屋敷の者に服を用意するよう命じた。クリエは小さく頷き屋敷へと入っていく。


「葬送士は、あとどれぐらいで来るの?」


 ボクはクリエが屋敷に張っていくのを見届けた後、リーリへ尋ねた。


「もう来ている」


 リーリが手のひらを一方向に向けた。

 その方角を見ると、集団がこちらに向かってくるのが見えた。

 言われるまで気づかなかった。

 なぜ気づかなかったのかわからない。

 周囲に溶け込むような様子でもないし、気配を隠すというわけでもない。なのに気づかなかった自分に驚いた。

 慌ててリーリと距離をとって、近づく葬送士の様子をうかがう。


「わざわざお出迎えいただけるとは思いませんでした」


 出迎えるリーリへ葬送士たちが近づいてきた。

 葬送士の服装は埃一つない漆黒のローブ姿。それは神官の正装を闇に染めたようだ。

 集団の中で、葬送士と思われるのは二人。彼らは巨大な鹿に乗っていた。その鹿は真っ黒な体毛で、目を閉じていた。

 二人に続くのは百人近い人々で、彼らはぼろ布などをまとっており、どう見ても葬送士の付き添いには見えない。


「後ろの方々は?」


「ここに来る途中で保護いたしました。公爵におかれましては、ぜひとも受け入れていただきたい」

「領民であれば当然のことだ。食事や住居を提供するのも当然だ」

「それはよかった」と言いながら葬送士が鹿から降りた。

 彼らが背から降りると、鹿はぐぐっと姿を変え、どこにでもいるような馬の姿となった。そして、そのままどこかへ走り去っていった。


「野生の馬を……何かの力で姿を変えて使役していた。なんだ、あれ」


 呟くボクの視線を察したように、葬送士の一人がちらりとこちらを見てリーリに言った。


「ここに来る途中で拾い受けた野生の馬ですよ」


 まるでボクの心を読んだかのような言葉に、少しだけ背筋が冷たくなる。


「では、中へ。旅の疲れを癒やすがよかろう」


 リーリは全く態度を崩さず葬送士に声をかけ、手をパンパンと叩いて使用人を呼ぶ。

 だけど、葬送士はそれに対し首を横にふった。


「いえ、それには及びません。この場の立ち話で結構です」

「それでは……あぁ、幻獣がいるからか?」


 幻獣?

 そうだった。葬送士は一人が一体の幻獣と行動を共にしているのだった。

 だけど、彼らの近くに幻獣の姿は無い。もっとも、幻獣は完全に姿を消すことができるので見えなくても仕方が無い。


「我らに同行する幻獣の一つは上に」


 葬送士の一人が指をうえにあげる。それに呼応するように、空の一部が燃え上がり、その炎はしずかに大きな鳥の姿を形作った。


「あれは?」

「幻獣フェニックスですよ」

「もっとも、幻獣は関係ありません。長居するつもりがないのです」


 葬送士の言葉にリーリの側にいる騎士たちが表情を硬くした。


「お気遣いは嬉しいのですが、領の現状を考えると、あまり贅沢をすることは心苦しいのです」

「さすが中央神殿の者だ」

「お褒めに預かり光栄です」

「それで、葬送士が来られた用向きは?」

「はい、ジル・オイラスの引き渡しです」


 え? ボクの事? 引き渡しって何のことだろう。

 予想外の申し出にわけがわからなくなる。


「引き渡し?」


 思わず聞き返したリーリも同様に混乱した様子で、目をパチクリとさせていた。


「はい。実態はどうであれ、現王は正式な形でジル・オイラスの罪を認め、投獄を申しつけられました。それは有効です。避けようもない事故によって、今は自由の身ですが、それは本来の形ではありません」


 その言葉を聞いて、リーリの表情が険しくなる。


「つまりは、ジルを……ふたたび監獄へ……投獄すると?」

「左様です」

「なぜ今さらそのようなことを?」


 リーリの鋭い声が響き渡る。


「中央神殿の者たちはこれまで、王や三公八伯のすることに無関心だったではないか!」


 苛立ちを露わにリーリが怒声を揚げる。


「確かにこれまでは滅多なことには介入してきませんでした。ですが、今回は事情が違います。あなた以外の多くの貴族がジル・オイラスの投獄を求めております」

「中央神殿は、その声に応えると?」

「新興貴族、他の三公八伯……そして、現王」


 葬送士は指折り数え、ゆっくりと言葉を続ける。


「中央神殿として、多くの者の訴えに耳を貸すことに決めました。ゆえにジル・オイラスを速やかに投獄します。そのご協力を」


 不快感をあらわにするリーリに対し、葬送士は表情を変えることなく、冷たく穏やかな態度のまま、淡々と言い放った。

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