復興は進み
大魚を倒してあっという間に二ヶ月が過ぎた。
その間に復興はどんどん進み、今では掘っ立て小屋ではあるものの、人が住んで生活できる基盤が整いつつある。
もちろんボクも復興を手伝っている。今日も朝早く家を出て、木を適当に二十本ほど切って帰る。木材を一本、掲げるように持って森を出ると、クリエが待っていてくれた。
「おかえり」
「ただいま。今日も予定通り十分な木材を調達してきたよ。あとさ、ついでに食べ物も……」
ボクが振り返ると、十人を超える人が後ろについてきていた。彼らは二人一組で大きな丸太を抱えていて、そのうち一組は丸太の上に死んだ獣を乗せていた。
「思ったよりも早くてびっくりした」
「予定の本数より多めに切ったからからね、もう慣れっこさ。人も増えたしね」
ソレル領はこの二ヶ月で人が大幅に増えた。初めて上空からこの街を見たときに人なんてほとんどいなかったのに、ここまで増えているのは、もともとここに住んでいた人が森に逃げていたからだ。
だが、大魚を倒し、セリーヌ姉さんの作った大量の芋のおかげで食糧問題が解決すると、危険な森にいるよりもここで食べ物を得たほうが良いと考える人が増えた。
食べ物の心配をしなくていいというのは大きい。食事のあてがあるから、瓦礫を片付け、建物を作り、安全確保のためのパトロールもできる。
クリエと一緒に丸太を担いだままリーリの屋敷へ向かう。
「一人で大変じゃないですか?」
クリエはボクの抱えている丸太を見上げた。ボクが抱えていた丸太は他のものより二回りも大きく、人一人を簡単に隠せるほどの太さだった。その影もまた大きく、今はクリエの身体全体を丸太の影が覆い隠していた。
「大したことないよ」
そう言いながらしばらく歩き、リーリの屋敷に行く途中で、大工たちが待つ作業場に着いた。森で切り出した丸太はここに運ばれ、大工仕事が得意な人たちが木材へ加工する。
「アーウィ、アーウィ!」
活発で独特なかけ声が響き渡る。日焼けした顔に汗を光らせた職人たちが、手際よく木材を扱っている。
彼らのそば、ぽっかり空いた広場に丸太を転がすと、それだけで軽い響きが起きた。
「おおっ」
大工たちから歓声があがる。
「どうしたの?」
「これは、良い木です。ひさしぶりにみました。ジル様は目利きもできるようで」
「偶然だよ」
ボクが持ってきた丸太は予想よりもしっかり詰まった良い木材だったらしい。
職人達の喜ぶ姿がうれしかった。
「では、あとよろしく」
大工たちに一言かけて、クリエと一緒にリリの屋敷へ向かった。
「そういえば、ロアドさんがもう少し時間がかかるって、手紙で」
「結構時間がかかってるよね」
ロアドは十日と少し前に湖の街へ出発していた。
物資の補給のためだ。
森で採れるものや、ここで収穫した芋、それに大魚だけでは全てを賄うことができない。だから、リーリがかき集めた財産を持ってロアドは買い付けに行っている。
買い付けがうまくいけば、復興は一気にすすむ。金属製の釘や、それらを作るための設備を修復し、新設できるのだ。
自信があるとか言っていたので、すぐ帰ってくるのかと思ったが、なかなか難航しているようだ。
「とりあえず、できることをやらなきゃね」
クリエが楽しげに笑った。
彼女は最近、資料の整理をしている。
それはリーリからの提案で、内乱によって散逸した貴重な文献や美術品を整理する作業だ。クリエは過去に監獄で下働きをしていたが、その中で読み書きや歴史を学んでいたこともあって、リーリが驚くほど仕事をこなしていた。
クリエ自身もその仕事が楽しくて仕方がないらしい。
「きゃっきゃ!」という子供の声が耳に飛び込んできた。
ふと見ると、ほつれた服を着た子供たちが元気にかけっこをしていた。
ここへ来たばかりの頃は皆がお腹を空かせて気力すらなかったのに、この二ヶ月で子供たちが自由に遊べるほどの余裕ができていた。
「どんどん良くなっていきますね」
「ほんと、ほんと」
今日の仕事はこれで終えて、また明日に備えるかな――ここ数日の日課をこなし、ボクは充実した日々を送っている。
同じ事の繰り返しの日々も、何かが前に進んでいる実感があれば、日々が楽しい。
いつもと変わらない日常。
そう思っていたけれど、その日は少し様子が違った。
いつも屋敷の中で書類の山に埋もれ、復興の指揮に追われていたリーリが、その日は屋敷の前に凛と立っていた。
装備を調えた十人を超える竜騎士たちが、整然と彼女の背後に並んでいる。竜騎士たちの鎧は磨き上げられ、リーリ自身も公式の場に相応しい装いだった。深い緑の布地に金の刺繍が施された夜会にでも行きそうなドレス姿。
「迎え?」
その様子から、そんなわけないのだが、軽い調子で声をかけると、リーリがゆっくりと歩いて近づいてきた。
「来客があると先触れがあった」
「仰々しいけど……来客?」
「葬送士だ」
リーリの表情は厳しい。それは久しぶりに見るソレル公爵らしい、凛とした口調をともなっていた。




