閑話 青い雨事件 その2
その場所はどこまでも広がるフローリングの床があって、白い天井には等間隔に円筒状の装置が備えてあった。
円筒状の装置……スプリンクラーから、雨のように断続的な水がしたたる。
ザァザァと降り注ぐ水は床を塗らし、床は水浸しだ。
そんな場所に、透明なビニール傘をさしたパーカー姿の男が床を見つめていた。
冷ややかな目と僅かな笑み。
「あめあめ、ふれふれ、かあさんが~」
パーカーの男は右手に傘の柄を、左手に金属製のボトルをもって歌っていた。
「じゃのめでおむかえ、うれしいな……」
金属製のボトルから黄色く色づいた油を床に静かに注ぎ、床ではパチパチと何かが燃えていた。
「ラザムの弟子どもが、無茶苦茶しやがる」
パーカー姿の男は、床で燃える物に語りかける。燃えているのは、青黒くうねる手袋のような物だった。
「大魚はただの大きい魚ではなかった。そこにはお前……つまり泥の欠片が埋まっていた。イエルバ監獄の泥しかり、ズィボグの死体ってやつだ」
『ギュシュゥ、ギュシュゥ』
燃える物体は鳴き声のような音を発する。
パーカーの男は「ふぅ」と息を吐いた。
「大魚が攻撃されたとき、お前はジルの内面に分隊を乗り移らせた。過去のいついかなる時も、外敵に対して同様の行為をし、外敵を内面から攻撃し、排除し、成長してきた」
スプリンクラーの水が傘にあたりポツポツと音を立てる。
それを楽しむようにパーカー姿の男はくるくると傘を回して語り続ける。
「乗り移った分体は、対象の精神をのっとり自傷行為により大魚の敵を排除する。つまりは、青い雨事件は、合唱魔法の使い手を乗っ取ったことによる自爆が原因ということになる」
『バチャバチャ』
ボトルの中身を一気にふりかけると、燃える物体は火の勢いをつよくした。
パーカーの男が口元に笑みをうかべる。
「乗り移って、操って、自傷し、殺す。そうやって、お前は敵を排除し生きながらえた」
『バチン』
燃え続ける物体をパーカーの男が踏みつけた。火は一気に小さくなり、焦げた靴が僅かばかりの黒ずんだ煙と悪臭を放つが、彼は気にしない。
「今回は失敗した。乗り移った先にオレがいたから……。ジルはちょっとした頭痛を味わった。それで終わり。結果的にお前の攻撃は終わった」
踏みつけた足を動かして、パーカー姿の男は燃える物体を踏み続ける。
それはまるで地面に捨てたタバコを踏み消しているようで、事実、床におちた物体の火は消える。
プスプスと僅かばかりの音を立てて黒い消し炭になった物体は「コマ……コマコマ……」と周囲に響くけれど小さな声を発してこわれた。
「はははっ、そうか、お前はアーヴィの方か! 泥ではなく、そうか!」
上ずった声でパーカーの男が笑い、何度も何度も消し炭となった物体を踏みつける。
「知っていたらもう少し優しく埋葬してやったのに……なぁ」
一通り笑ったのち、パーカーの男は自嘲するように呟き傘を閉じた。
スプリンクラーの水は雨のように、体をぬらすが彼は気にもとめない。
「さて、後は……ラザムの弟子達だが……あいつら、あたりをつけていたな。大魚が理解の及ばない力をもつと……。あぁ、そうか、だからロープを……失敗したら拘束するつもりだったか」
ブツブツと呟きつつパーカーの男は歩き出した。
「ぴちぴち、ちゃぷちゃぷ、らんらんらん……だっけかな? だったよな?」
パーカーの男は僅かばかり振り返り、消し炭になった物体に語りかけると、フッと消え去った。
あとには何処までも続くフローリングの床だけが残った。




