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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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大魚その2

 崖の側でみんなを前にしてセリーヌ姉さんの声が響きわたる。


「どうよ! クリエちゃん!」


 セリーヌ姉さんが、ボクの腰にロープを巻いて、それをクリエに指でさした。

 大事な事を思いついたといいつつのコレ。


「これは?」


 周囲は青々とした芋畑、空は青く、見晴らしの良い空間に、ぽつんと腰にロープをまいたボクはなんだか悲しい。ふと、腰にロープを巻いてぼんやり立つ状況に、連行される囚人みたいだなと思った。


「ほら、魚釣りには餌が必要でしょ」


 そんなのお構いなしといった様子でセリーヌ姉さんが笑う。


「餌って?」

「つまりロープは釣り糸、そしてジルが餌というわけですか……んん、まぁ、及第点でしょう」


 ロアドが口ひげをピンと引っ張りゆっくりと頷いた。

 やりきった顔をして頷くセリーヌ姉さんをみて、はぁとため息がでた。

 何が及第点だか……こんなことのために時間を潰したのが何ともムカつく。

 スキップしてきたセリーヌ姉さんをみた瞬間に、嫌な気はしていた。

 ついでに担いでいたロープをみて、軽く酔っている様子をみて、その嫌な予感はますます増した。


「ジル君は集中して戦うといいよ。ぴっぴっと上手くロープをひくからさ」


 釣り糸を引っ張る仕草をしたセリーヌ姉さんをみて、もう一度「はぁ」とため息をつく。


「付き合ってられない……行ってくる」


 トボトボと崖まであるいて、そのままサッと飛び降りる。

 落下直前の「ジル、頑張って」というクリエの声だけが救いだ。

 飛び降りて、地上にて待ち受ける何かに対処する。

 ここ最近、何度も繰り返されたシチュエーション。

 毎度のように、そして今回も同じく、自由落下しつつ飛翔魔法を使う。切り立った崖に自分の影が映っている。海面はまだまだ先。


「ロープ……これって魔法のロープか」


 ここまで落下しても途切れる様子がない。魔力の提供がある限り伸び続けるタイプかな。

 本当に大丈夫かな。

 ロープに期待はしていないが、すでに飛び降りた崖の端は見えない。

 ずいぶんと長い距離を落ちている。ボクの状況が把握できているのか不安になる。

 そうこうしているうちに、大魚の姿が明らかになってくる。

 視界に写る海面全体にうねる大魚の姿、それはまるで蛇のようにみえた。

 長い身体が海の中をスルスルと切り裂くようにさまよっている。


『ガン』


 頭に巨大な石がぶつかったような音が響く。

 チカチカとしためまいがする。

 痛みに思わずこめかみに手をやる。

 そのせいで僅かな時間、海面から目を離したが、それを狙うように海面から大魚が飛び出した。


「飛べるのか? コイツ?」


 海面までは距離があった。そこから飛び出した大魚は、青い床から伸びる巨大な剣にみえた。

 ヒィンという甲高い風切り音を伴って、ボクをめがけて大魚が向かってくる。

 鼻先は鋭く尖っていて、防御魔法は貫かれることが予想できた。


「避ける、よけれる」


 自分に言い聞かせ、飛翔魔法の力で落下の軌道をゆがませる。

 さらに身体をよじることで何とか大魚の突撃をかわす。

 シュルルルという音がすれ違いざまに聞こえた。それは平べったい身体が空気を切り裂く音で、大魚の背びれが鋭い刃状であることから鳴り響く音だと気がついた。


「処刑魔法……円形ギロチン」


 すれ違いざまに両手で同時に詠唱印を組み、多重詠唱で円形ギロチンを唱える。

 そのままボクは背後に目をくれず大魚の腹に蹴りをいれた。


『タッタッタッ』


 蹴った効果はほとんど無かった。

 手応えのないまま、大魚の側面に足をつけて駆け下りる。下手に距離をとるのはまずいと判断し、側面に足をつけて尾まで走り抜けることにした。

 大魚の身体は日の光に照らされて、キラキラと光る道のようだった。銀の身体と、海水にぬれて煌めく大魚の身体を駆け抜けていく。

 うねる銀の道を少しだけ走り抜けると、平べったい身体は細くなっていき、ずっと先にブーメラン状の尾びれが見えた。


「あれを切ればいいのか」


 尾びれまで走り抜ける途中で、円形ギロチンを詠唱する。

 魔法の完成により、尾びれの付け根を取り囲むように木製の輪が出現し、ギラリと輪の中を刃がスライドしていく。


『ガシャン』


 ほとんど抵抗なく滑り落ちた刃は、大魚の尾を両断する。

 それを見届け、大きく大魚を蹴りつけて距離をとった。グルリと身体をひねって駆け抜けた大魚の身体を振り返ると、最初の円形ギロチンによって両断された大魚の姿が見えた。


「最初の一撃で終わっていたのか」


 両断されピクリとも動かないまま落下する大魚の姿をみて、あっけないと思った。


「手応えがなさすぎる。リーリはとても手強いって感じに言ってたのに」


 まったく印象に残らない強さだった。

 確かに巨大だったが……それだけだ。


「このロープ……結局役に立ってないし」


 すれ違いざまに大魚の鼻先で切れてしまった腰のロープをつかみ、はぁとため息を漏らしたボクは、海上すれすれでUターンする。

 海面間際で上昇するボクとは逆に、3分割された大魚の体は海へと落ちて巨大な水柱をあげた。

 大魚の巻き起こした水柱は遙か上まで立ち上り、雨のようにいつまでも降り注ぐ。


「うへぇ」


 ザバンと大量の海の水をあびてしまった。

 もう少し警戒していれば、防御魔法も間に合ったけれど、ボクはロープを眺めていてチャンスを逃してしまった。


「今度から、姉さんの思いつきは拒否しよ……っと」


 ちょっと拗ねたボクは、崖の上に戻ることにした。

 水柱の作り出した虹が見えたが、なんだかどうでも良かった。

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