大魚
「まったくロアドは、水の揚げ物とかわけのわからないもの食わせやがって」
揚げ物がのった皿を手に、腹をたてたボクは公爵家の屋敷を出た。
大股で屋敷の裏へ向かうと、そこには崖があった。
視線の先には海が続いている。どうやらリーリの屋敷は、この地域の東の端に位置するようだ。
左手側には高い山が見え、槍のように尖った山の頂上付近には、飛び回る飛竜の群れが見えた。右手側には海が続く。
「ロアドは大魚がどうとか言っていたけど」
魚はすぐに見つかった。
崖下のはるか遠くに見える真っ青な海の中、小指の爪ほどの黒い塊が動いていた。
小さな塊だが、はっきりと確認できた。
崖から海面までの距離は相当なものだ。それでもなお魚がはっきり見えるということは、その大きさは想像よりはるかに巨大であるとすぐにわかった。
「見つけたか?」
背後から声がして振り返ると、リーリがこちらへ歩いてきていた。
「すぐ下にいるね」
「とても巨大だろう?」
「大きいんだろうね、こんな高いところからでも、すぐ見つける事ができるくらいには」
「今日はずいぶんと陸地のそばにいるものだ」
「いつもは違う場所に?」
「見える場所にいるが、いつもはもっと沖の方だ。もっとも、どこにいても、すぐに見つけることができる」
「あんな黒い点にしか見えないのにね」
「動いているのは大魚くらいだからな。動く影を探せばすぐに見つかる」
確かにそうだな。真っ青な海に動き回る黒い影はとても目立ってみえる。
「で、実物はどんな姿なんだろ」
「アシェルですよ」
ロアドが声をあげ近づいてくる。のろりのろりと余裕の様子で彼は歩きながら言葉を続ける。
「あれに似て長く銀に輝く魚です。大陸北東部の海に多くが生息する魚……その特殊個体でしょう。今見ているのは、特に大きなもので、何でも200年前にガレオン船を飲み込んだという記録があります」
ガレオン船って……。
振り向いて、リーリの屋敷を見る。立派で3階建ての白く巨大な屋敷がそびえている。
あの屋敷より、一般的なガレオン船は巨大な船だ。少なくても王宮に飾ってあった実物大の船は、リーリの屋敷より大きいものだった。
それを飲み込むってどんだけ大きいんだろう。
アシェル、長く銀に輝く魚か……どっかで聞いたことあるな。
そうだ。思い出した。
太刀魚だ。剣のように平べったくて、蛇のように身体をうねらせて泳ぐ魚だ。あれを誰かがアシェルの小魚だと形容していた。
「へー、あの黒い点が魚なんだ。絶対大きいよね、あれ。サイズは?」
ロアドと話していると、ジョッキを手にしたセリーヌ姉さんも側に来て、崖の端っこで3人仲良く崖の下を眺める形になった。
「ロアドが言うには、ガレオン船を丸呑みできるくらいだって」
「うへぇ、で、どうやって倒すの?」
セリーヌ姉さんがジョッキに口をつけゴクゴクと喉を鳴らす。
酒くさい。ボクが顔をしかめると「飲む? あげないけど」などと言って、ボクが手にしていた皿から揚げ物をひとつまみして口にいれた。
「記録通りであれば、巨大とは言えアシェル。その弱点は尻尾です。尻尾の付け根を切断すれば泳ぐことができなくなり、3日程度で死んでしまいます」
「なるほど。ジル君の魔法でスパッと行くわけだね」
「あれを片付けることができれば、食糧問題も解決しますし、諸々の問題も解決に向け大きく前進します」
言ってることはわかった。そりゃここから確認できるほど大きな魚であって、なおかつガレオン船を飲み込むほどの大きさであれば、その肉も大量になるだろう。
「オッケー。じゃあ道具を持ってくるよ」
セリーヌ姉さんは何か思いついたのか、駆け足で倉庫へと向かっていった。
ボクはその間、ロアドから魚の形などを聞いて、イメージを膨らませる。
「円形ギロチンで尻尾を切り取る。できなかったら、次の手を考えるか」
ボクがそういうと、ロアドが「えぇ、期待しております」と満足げに答えた。
だけど、それで問題解決とはいかない。
「倒したらどうやって持ち上げるの?」
話の通りの大きさであれば抱え上げて持ち上げるのは相当大変だろう。
特に食用を考えているわけだから、速やかに丘にあげ、保存に向けた対策もしなくてはいけない。
巨大な船を陸上で修繕するときのように、金属製の鎖と魔法を駆使すれば何とかなるだろうが、ここまで持ち上げるのは何日もかかりそうだ。
「できるのか?」
崖のそばに座り込み、揚げ物の残りを食べつつ泳ぐ魚を見つめていると、リーリが質問を投げかけてくる。
「挑戦してみる価値はあると思うよ」
「そうか」
「問題は魚をここに持ち上げる方法だね。骨が折れそうだよ」
「悩んでるのはそこなのか? 大魚だぞ? 大ソレル時代においても倒すことが出来なかった伝説の魔魚だぞ。それを倒すことが問題でない?」
大ソレルって現王朝を武力でどうにかできたという時代の話だったはずだ。
そんな強大な武力をもっていた頃も倒せない魚だったのか。だけど、そんな気配を感じない。大きいのはわかるが、怖いという感じがしないのだ。
距離のせいで感覚が狂っているのか……とはいっても、近づかないとわからない。
「そうだよ。ロアドが言った通り、尻尾を切って倒せるっていうのなら、そこは問題にはならない。多分ね」
でも、とりあえずは自分の感覚を信じることにした。
「そうか、そうか」
リーリは驚いた様子で呟くように言った。
それから彼女は「竜騎士たちを集めろ、近くに待機する隊は全員だ!」と大きな声を上げた。
そういえばここには竜騎士たちもいるんだった。
みんなで力を合わせれば、倒した魚を持ち上げることぐらい簡単だろう。
「じゃあ今日のうちに勝負してみるか」
ボクは立ち上がって、手に持った皿から揚げ物の最後の一つを口に放り込んだ。




