一色のフルコース
いまや広大な青々とした芋畑に囲まれたソレル公爵邸でボク達は休むことになった。
公爵邸は、家具も飾りも最小限で、石造りの壁は無機質で冷たい印象を与える殺風景な建物だった。
外見の白壁が整っていなければ、貴族の……ソレル公爵の住まいだなんてとても思えなかっただろう。
ロアドが研究の成果である揚げ物メインの食事を作るあいだ、ボク達は自由に過ごす。
とはいえ、遊ぶ気になれないので、倉庫を掃除することにした。
屋敷の外にある大きな木造の倉庫。
そこを収穫した芋の保管庫として利用する。そのためのスペースを確保するのだ。
「ジルはすごいですね」
巨大な戸棚を抱え上げるとクリエが絶賛してくれた。
「このくらい片手でいけるよ。ヒョイっとね」
背丈の何倍も高い巨大な戸棚を片手でもってみる。重いのは問題ではないが、戸棚の中身をグチャグチャにしないようにバランスを取るのが難しい。
クリエが軽く拍手する。パチパチという小さな音が嬉しい。
「一番大きな戸棚を簡単に運べてしまうと……あっという間におわりそう」
「十分なスペースも空いたし、料理が出来るまえに作業完了かな」
「ロアドさんの料理も楽しみですね。ジルのために腕を振るうそうですよ」
「揚げ物かぁ」
ロアドは揚げ物の賢者を名乗っているが、特別な揚げ物を食べた憶えが無い。
もっとも鳥の唐揚げ……今だと芋の揚げ物だとしても、無難で美味しいから楽しみといえなくもない。久しぶりだな。揚げ物を食べるのは。
「どちらが早いのかな。料理が出来るのと、アーバンさんやクィントスさんが戻るのと」
クリエが扉の向こう側へ視線をうつした。倉庫の巨大な出入り口の向こう側に僅かばかりの曇り雲と青いそらが見えた。
遠くの空に、空を飛び回る飛竜がみえた。野生の飛竜らしく、自由気ままに空を楽しんでいる。
「さっき、使い魔のチャドの目でみたけど……馬車が落とした財宝類を拾いつつ戻ってるからなぁ」
「少し時間がかかりそう?」
「だね」
ふと、開け放たれた扉からフワリと風が吹き込んで土の香りが漂った。
「少し晴れてきました」
風になびいた髪に手をやってクリエが微笑む。
巨大な倉庫は、思いっきり棚類を端っこに詰めたことで、広いスペースができあがった。ここに収穫した芋類を保管する予定だ。セリーヌ姉さんが作り出した芋畑からの収穫量を考えると、この程度の倉庫ならすぐにいっぱいになるだろう。
「そうだね。曇りより晴れている方がいいね」
暗い倉庫の出入り口が四角く切り取られた空を目立たせる。
倉庫からの景色も悪くない。
「リーリ、忙しそう」
クリエが外の一点をみて目を細めた。その先にいたのはリーリだ。
彼女は休む間もなく働いている。今は外で芋の収穫をしている人達へ指示をだしている。リーリは収穫した芋は、収穫した人間が好きにしていいと指示しているようだ。
他にも屋敷にある物資の無償供与なども指示している。
テキパキとよどみの無い対応はさすがとしか言いようがない。
「どうした? 何かあったのか?」
クリエと二人でリーリの仕事ぶりをみていると、リーリが近づいてきた。
「仕事ぶりをみていました。凜々しくて素敵だねって」
「そうか!」
クリエの称賛に、リーリがパッと笑顔になった。
それからリーリはボクをみて「その棚……どうかしたのか?」と、抱えたままだった棚を怪訝な目で見上げる。
「いや、そっちに追いやろうかなってね。特に問題はないよ」
「ジルはすごいですよね? こんな巨大な戸棚を片手で軽々と持つんですよ」
「ハハハ、確かにな。巨大な橋を切断した魔法もすごかった。驚くことばかりだ」
そうして時間をつぶしているとロアドの料理ができたという連絡があった。
すぐに戸棚を倉庫のはしっこへとおいて、用意された部屋へと向かう。
「こちらでございます」
使用人に案内されてたどり着いた部屋は、空からの光が差し込む上品な部屋だった。
立派だけれど物が少ない。
そんなリーリの屋敷でも、ひときわ質素で、だけど一つ一つの家具は見事な品々で、立派だった。
ボク達は席についてロアドの研究成果とやらの料理をまった。
白い石を彫り込んで作ったテーブルはひんやりとして、自分の顔がうっすらと写るほど磨いてある。
窓脇に置いてある花が僅かばかりの華やかさをみせていて、少しだけ良い香りを放っている。
そこへ、ロアドと数人の使用人が料理を並べていく。
「手際が良いな」
リーリが大量の揚げ物をみて、感心したように言った。
「はい。あまり時間をかけるのは、悪いかと考えました。ただし、公爵様においては、ジルにのみフルコースを振る舞うことをお許しいただきたい」
「それはかまわないが……」
ロアドがボクの前に揚げ物ののった皿をおいていく
それを見たリーリがいぶかしげな表情をしたが、すぐにスッと真顔になった。
ビカロもだ。
質素な木製の食器に、大量の揚げ物。
揚げたてらしくジュウジュウという油のはじける音がする。
「周りで飢えている人がいるんだけど」
ニコニコ顔で給仕をしてくれるロアドに言う。罪悪感がある。
「まぁまぁ、せっかくロアドが申し出てくれたんだしね」
少し離れた場所に座るセリーヌ姉さんがヘラヘラ笑う。やや元気はないが、食事の開始をまたずにジョッキに口をつけている。多分、お酒だ。
給仕役が別のせいか、ボクの席だけ少し離れている。
「セリーヌの言うとおり、好意は受け取るべきです。どうせ食糧問題は、すぐに解決します。プランはあります。それにこれはジルに対する先払い」
「ボクへの先払いって?」
「これから活躍するのでしょう?」
「そのつもりだよ」
できることはやる気だ。
思い返すと、ウエルバ監獄で手に入れた処刑魔法にばかり頼りすぎていた。
もっとふさわしい別の魔法もあったのに。
ということで、魔法の装備を見直すことにする。
これから復興に必要な魔法……何があるかな。破壊から時間が過ぎているから復元関係は難しい。野営関係の魔法が役に立つかな。雨風をしのげる建物を仮組みでも作れれば、大分違うだろう。
「ではリーリ様、ご挨拶を」
準備の完了をロアドがつげ、リーリへと挨拶を促した。
ちなみにアーバンやクィントス、それからホーキンスはまだ戻ってきていない。まだまだ、奪われた財宝類の回収に時間がかかるらしい。
先に食事を進めて欲しいと連絡があった。
食事にはウルグも加わる。スティミス領での拷問による傷もようやく癒えてきたらしい。
彼は賢者マニアっていうくらいに、ラザムの弟子に興味があるので、無理を押してロアドの料理を食べたいそうだ。
よろよろと、青い顔して席についていた。
弱った身体に揚げ物は辛いような気もするが……本人が望むならしょうがないのかな。
「では、ジル。わたくしの研究成果を存分にあじわってください。揚げ物はすばらしい。元気になります」
「そのような効果が? 揚げ物に?」
「んん、ウルグ殿。美味しい食事は元気と希望をもたらします。揚げ物は特にそうです」
「あんまり真面目に受け取らなくていいよ、ウルグさん」
適当にあしらいながらボクは唐揚げを手にとり口にほうりこむ。
真剣なウルグには申し訳ないけれど、ロアドはそこまで深く考えていないと思う。とりあえず新作の揚げ物を見せたいだけだろう。
『カシュッ』
揚げたての、唐揚げは美味しい。
山盛りだった揚げ物はあっという間になくなった。
揚げ物の賢者を自称するだけあって美味しい。
「では、次はこちらを」
ロアドが新たな料理を……といっても先ほどと変わらない揚げ物の乗った皿を置いた。
今度は魚か。
「それで賢者ロアド、プランというのを教えてもらえるのか?」
揚げ物にナイフを入れながらリーリが問いかける。
よく見ると、手づかみしているのはボクだけだった。
賢者の塔で、ロアド達と過ごしていたノリで食事していたけれど、ここは公爵邸……もっと品よくした方がいいかとあわててフォークを手に取る。
「はい。リーリ様。測らずとも食料については、セリーヌが対処しました。わたくしには、さらにもう一案……公爵邸の裏にあります」
「裏、大魚か? だが、あれの対処など不可能だ。かって何度も挑み、そして失敗した」
「ジルがおります。それで駄目なら、セリーヌと私で対処しましょう」
公爵邸の裏の大魚が何のことかわからないけれど、あと一人?
ボクはもぐもぐと魚の揚げ物を食べつつ思案する。
「誰かくるの?」
「仮面の賢者です。彼はソレル領の街々を見聞しつつ、こちらへ向かっているようですな」
仮面の賢者か。あの人もボクの手紙をみて来てくれるのかな。
「仮面の賢者か」
「ビカロは仮面の賢者を知ってるの?」
真面目な顔で頷くビカロへ問いかける。接点なさそうだけど、ビカロはまるで何か思い当たるフシに見えた。
「いや、言葉の響きがな」
「なんとなくわかります。かっこいいですよね、仮面の賢者って」
ビカロの答えに、クリエがパチンと手をたたき大きく頷いた。
かっこいいかな?
「ようやくまともだなと……」
「酷いなビカロくんは。まるで私やロアドが、まともじゃないみたいじゃない」
初登場で、簀巻きにされていたセリーヌ姉さんが言うと説得力が無い。
「あんまり期待しないほうがいいよ」
「なぜ、わたくしを見るのですか? ジル? そういう時に、貴方が視線をやるのはセリーヌであるべきです」
背後にたつロアドをちらりと見ると、彼は不機嫌そうにボクを見返した。
「うーん」
「んん? まぁ、良いでしょう。ともかく、それからですな。不足しているであろう物資も予測できていますので、それらを買い付けて、あとは分配すれば一息つけます」
「それがプランか? 賢者ロアド」
「もちろん大枠は……ですよ、リーリ公爵。細かい点は食事の席で話すのもよくありません。食事を味わわねば」
「確かに」
リーリが微笑み頷く。確かに食事の雑談で細かく打ち合わせする話ではないか。
次の皿ということで再びロアドが新しい料理を置いた。
また、揚げ物。茶色い色の塊だ。
考えながら食べると、芋の天ぷらだった。パサパサした食感で、とても甘い。
「次はこちらの料理です」
コトリと仰々しく置かれた皿の料理は、またしても茶色。
同じような見た目だけれど、今度は平べったい揚げ物が皿に一つのっていた。
フォークを刺した感覚から肉だとわかった。
なんというか、全部茶色でどれがどれだかわかんないんだよな。
ふとクリエ達を見ると、向こうにはパンや何か緑色の野菜のようなものもある。
ボクの席とは彩りが違った。あっちはカラフル、こっちは茶色。
「あっ、これ、お酒のおかわり」
「は、はい。かしこまりました」
「あの私にもお水いただけますか?」
そんな少し離れたテーブルの面々が飲み物を給仕に依頼する。
確かに揚げ物ばかりで喉が渇く。
「ボクも水のみたいな」
「では……」
ジョッキを用意したロアドが、その中に正立方体の茶色揚げ物を入れていく。
「どうぞ。ジル」
「なに、これ?」
ボクは水が飲みたいのだ。揚げ物ばかりで喉が渇くから。
「揚げた水です」
ロアドが自慢げに断言し、トングでジョッキへ追加の立方体を差し入れた。
「揚げた……水?」
「はい。揚げました。水を」
「なんで?」
「揚げ物の賢者としての生き様ゆえです。そう、このロアド、ついに水をあげることに成功したのです!世界初でしょう!ささ、どうぞ」
ジョッキを見つめる。立方体の塊はシュウシュウと小さな音を立てている。揚げたてをアピールするように、衣に付着した油が輝いて見える。
「水を揚げたのですか?」
「左様」
「一つ、どうぞ」
「では私も……」
「はい、リーリ公爵様も」
ためらうボクを置いて、クリエとリーリが揚げた水とやらに挑戦していた。
「え、これ水! 衣の中、すごい冷たいです!」
「喜んでいただき嬉しい限りです」
「あぁ、面白い」
ひとしきり驚きのコメントのあと、クリエ達はゴクゴクと水を飲んだ。
それをみとどけて、ヒョイとひとつまみ揚げた水とやらを口に入れた。
うっ。
本当に水だ。衣の中は冷たい水だった。
ひんやりとした水に、ペラペラの揚げ物の衣。
普通に、まずい。
冷たい水のせいで、衣の食感と香りが目立ちすぎる。
水と油は、絶望的に合わない。
「普通の水が飲みたい」
ボクはクリエ達の方をみらりとみてから、ロアドに訴える。
だけど、ロアドは首をかしげるばかりだ。
というか……。
「茶色いんだよ。ボクの目の前の料理。というか水、普通の水が飲みたいんだよ。茶色い揚げ物じゃなくて」
「揚げ物……はっ、そうでしたそうでした」
ハッとした顔のロアドがパタパタと部屋を出て行く。
水……取りに行ったのかな。いきなり強く言いすぎたかな。
クリエ達のテーブルから、水でも何でもいいから飲み物分けてもらうだけでいいのに……。
「お待たせしました」
そんなことを考えていると、ロアドが小皿をもってきた。
その皿には緑色をした棒状の料理が乗っていた。
「なに、これ?」
「芋の茎を素揚げしたものですよ。茶色という言葉を聞いて、なるほどと考えました。素揚げを忘れていたとは、この揚げ物の賢者ロアド、不覚でした」
額に手をやったロアドが「失敬失敬」と笑う。
クソ、何が何でも揚げ物食わせるつもりか。
「もういいよ。適当に井戸でもいった水飲むから」
ボクは揚げ物の皿を手に席をたった。料理をつまみながらでも、次に手をつけよう。
大魚とやらは公爵邸の裏にいるらしいから、すぐ近くだ。
「癇癪おこしやがった」
「ジルくん、お行儀悪いよ」
あきれたようなビカロと、キャハハと笑いながらセリーヌ姉さんに言われたがどうでもいいや。
ボクは背後の声を無視して部屋を出た。さっさと大魚に対面するとしよう。




