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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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芋畑

 捕獲した馬車を待っている間の話だ。


「さてと、私も……」


 セリーヌ姉さんが大きく伸びをしながら声を上げた。


「何をするの?」

「ジル君が頑張ってるところを見て、何かしなきゃねと思ってね」

「これから考える……と?」

「まっさか」


 セリーヌ姉さんが肩をわずかにすくめて遠くの方へ視線をやった。

 そこに見えたのは、屋敷の塀の向こうからこちらを伺う数人の人影だった。

 大人、子供、歳も性別もバラバラな彼らは総じて痩せ細っていた。

 一人のボロボロの服を着た子供と目が合った。ギラギラした目をした少年は、指をくわえていた。

 じっと、こちらを見ていて痛々しい。


「これを使う」


 セリーヌ姉さんはローブの袖から何かを取り出した。

 赤く細長い根っこのようなものだ。


「それって?」

「サツマイモ。師匠と東方の芋を品種改良して作ったんだよね。これ。理想のモノになるまで苦労に苦労で大変だったよ」

「そういえば食べたことあるかも。甘いヤツ?」

「甘いヤツ。フェンリル!」


 セリーヌ姉さんが叫ぶと、ヌッと何も無いところから僅かな白い冷気と共にフェンリルが姿を現す。

 大型犬サイズで眼光するどい白い狼。


「ひさしぶり」

「あん?」


 ボクが挨拶すると、フェンリルは目を細めて見下ろしてきた。

 ガリガリと前足で地面をひっかき、あからさまに機嫌悪くすごんでくる。


「ずっと一緒にいただろうが?」

「そうだったっけ?」

「確かに俺は地上を進んだ。だが、夜には合流していたではないか」


 ここ数日の事を思い出してみる。

 そういえば……いた。

 ボクと絡みがなかったけれど、夜中に遠くの方でモソモソと何か食べていたな。

 ソレル領の人が、食べ物を用意していた。


「うんうん。思い出した! ボクを放置して飯くって、どっか行くってのを繰り返してたね」

「ガルル」


 フェンリルがうなり声を上げたあと、クリエに顔を向ける。


「クリエ嬢。ジルのこの態度をどう思う? 此奴は、ソレル領の景色に熱中して俺を無視したあげく……これだぞ」

「ひどいですよね」


 クリエが楽しそうに笑う。


「まったく。クリエ嬢もジル坊の薄情さが写ってきたのではないか」


 ぐるぐると喉を鳴らしてクリエを睨み、それからフェンリルはセリーヌ姉さんへと視線をうつす。


「フェンリル。早速だけど、3年寿命を捧げるから力を貸してくれる?」

「何をするつもりだ」

「周りを見てみなよ。飢えた人がいる」


 セリーヌ姉さんは手に持った芋を地面に放り投げ、目を細めてニヤリと笑った。

 それから、しゃがみ込み指を動かし、地面をなぞる。

 なぞった先から指の軌跡は輝きだして、それは魔法陣を形作る。


「寿命を捧げるってとっても便利だよね。大したリスクがなく、その場の自分の望みを叶えてくれる」


 セリーヌ姉さんの描く魔法陣は複雑さを増していく。複雑な文様のそれは魔力を注ぎ込まれた一つの絵のようだ。

 魔法陣の中心にある芋から茎が急激に伸びる。

 それは凄まじい勢いで周囲に広がっていく。モコモコと地面を盛り上げながら範囲は拡大する。塀を越え、さらに先へ。


「早死にするけど、それでも今が解決するのであれば悪くは無い」


 なおも姉さんは魔法陣を描き込んでいく。セリーヌ姉さんは立ち上がりつつ空中に立体的な魔法陣を描き続ける。

 さらに魔法陣は強く輝いて、連動するように勢いを増し伸びていく蔓は次々と葉っぱをつける。

 所々露出した茶色い地面が緑の葉っぱに覆われ、手のひらサイズの葉っぱが塀の向こうがわにも姿をみせた。地面のあちこちが盛り上がっていく。

 緑の香りがあたりへ立ちこめる。まるで森のように。


「充分幸せな今がないと、未来はきっと訪れないのだから」


 ゼェゼェと息荒く、やり遂げた感じのセリーヌ姉さんは、尻餅をついて、それから仰向けになって倒れた。


『バチャ』


 セリーヌ姉さんがぬかるみに倒れた音がした。


「うへぇ。地面、冷たいねぇ。雨でも降っていたのかな。ところでさジル君、寿命を3年捧げるって、キツすぎくない?」

「それなりに反動あるね」

「よくこんな状況で戦闘を続行したよね。もう無理無理」


 ヘラヘラと笑うセリーヌ姉さんとは違い、他の人達は周囲を見渡し絶句する。


「これは全部、先程の芋か?」


 リーリの声は震えていた。驚きとうれしさが入り交じった声だ。


「多分、リーリちゃんの視界全てが即席の芋畑さ」

「では私も……」

「それは許せない。舐めてもらっては困るよ。私は芋の賢者だ。リーリちゃんごときが同じことができると思うな」


 一変して、低い声でセリーヌ姉さんがリーリをたしなめた。

 確かにセリーヌ姉さんの言う通りだ。

 魔力を効率で考えると、この芋畑を作り出すことは簡単ではない。

 リーリが同じ魔法を使ったとしても、この10分の1ほどの結果も出せないはずだ。それ以前に、この魔法って何だろう。

 セリーヌ姉さんのアンコモンかな。

 この人って、いっつも遊んでいるからイマイチ何が得意なのかよくわかんないんだよな。

 まぁいいか。


「これ収穫しておけばいいの?」

「そうそう。ジル君達には、そっちをお願いするよ」

「リーリも竜騎士使って総出で収穫をしてくれる?」

「あぁ、もちろんだ」

「茎も食べれるからね。それからさぁ……」

「なに?」

「あっち!」


 セリーヌ姉さんが手を伸ばし、遠くを指差した。

 一瞬何のことかわからなかったが、こちらを伺っている人影をみつけた。

 ずいぶん遠く、空に浮かんでこちらを伺った小太りの人影。


「あれって誰?」

「ジル君、ひどくない? 私たちの兄弟弟子だよ」

「では、あの方も……ジルの仲間?」

「そうだよリーリちゃん。私動けないし、連れてきてよ」


 いつ間にかリーリに対し、なれなれしい態度になったセリーヌ姉さんは言った。

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