表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
81/101

馬車が三台

 視界に広がるのは、ここ最近見た中で一番大きな山だった。

 山を切り開いて人為的に作られた土地は、板を積み上げて山でも作ったように、平らな土地と直角の崖で形づくられていた。

 その土地の多くが、茶色と灰色に覆われている。

 ゆっくりと竜騎士たちは旋回し、茶色と灰色の大地に向かって進行方向を変える。

 竜騎士たちは、ゆっくりと茶色い土地を横断していく。


「火を放ったのか」


 クィントスが厳しい顔を見てしてつぶやく。

 微動だにしないままギュッと握った彼のこぶしは震えている。

 上空から見える茶色い土地は森や平地の焼け跡、灰色は建物の焼け跡だった。


「これは人為的に燃やしたな」


 顎に手をやったアーバンが呟く。


「わかるの?」

「特に燃えている箇所が等間隔になっている」


 意識して地上をみると、確かに黒い炭になっている箇所は、等間隔だ。

 まるでそれは模様のようだ。


「敵に物資を残したく無い場合、破壊し火をつける。防御側だろう……燃やしたのは」

「そこまでわかるんだ」

「攻め手が燃やせば、燃え方に偏りができる。今見える状況からはそれが無い。計画的に念入りに……相当な労力を払って燃やしたはずだ」


 だけど、その話のとおりだとすれば、燃やしたのはソレル領の人となる。


「あんまり騒がないほうがいいね」


 セリーヌ姉さんが無表情で言う。

 その意味するところは明白だ。ボク達が乗っているデブ飛竜を取り囲むように竜騎士達が飛んでいる。

 こちらを監視するような視線も感じている。緊張感はいままで感じた事がないものだ。


「ジル?」

「問題ないよ。別に攻撃されてるわけでもないしさ、クリエ」


 何かいいたげなクリエに微笑んで答える。

 おそらくボク達に襲いかかってやろうという意図はない。

 それは同じデブ飛竜に乗るソレル領の人達を観察しての答えだ。彼らの緊張は、警戒よりおびえの様相を見せている。何かがバレることを恐れている雰囲気。

 眼下に広がる廃墟以外の何かがあるのか、それとも地上の状況を見たボク達の反応に対する恐れなのか、理由はわからない。

 いずれにせよ、リーリに答えを聞かなくてはならない。

 平地の大きさ。瓦礫の多さから見て、ここがソレル領の本領だ。

 何事もなく、竜騎士達はゆっくりと進む。

 しばらく時間が経って、デブ飛竜が高度を落としていく。

 竜騎士たちは高度を維持したまま。

 ボク達はわずかに残った緑の土地へ着地するようだ。そこには巨大の屋敷が見えた。

 唯一燃えずに残っている大きな屋敷だ。


「リーリは私たちと一緒に降りるみたい」


 クリエの言葉に頷いて応える。

 地面に降りるのはリーリと側近のホーキンス、それ以外はボク達だけのようだ。

 デブ飛竜に乗るソレル領の人たちは降りる様子を見せない。


「問わねば」


 クィントスが厳しい顔で地面に降りて、ボク達も続く。


「これは……」


 アーバンがリーリ声をかけようとするのを「あなたはこれを放置して進軍したのか!」とクィントスが大きな声でさえぎった。


 リーリは、表情の無い顔でこちらを見た。


「答えを!」


 さらにクィントスが声を荒げたときだ。


「公爵様!」


 屋敷から数人の兵士を連れた男が走ってきた。


「集めた財宝が持ち逃げされました!」


 男の叫ぶような声を聞き、リーリが大きく目を見開く。


「裏切りました。裏切りましたぞ! 屋敷の者が! 財宝番が!」

「お前たちは……」

「他の屋敷の者たちを守るのに必死だったのです」

「そ、そうか……」

「どうするのだ! これは公爵の責任ですぞ!」


 丁寧な言葉から一遍して男が怒声をあげた。

 さらに1歩、リーリに近づき男は声を荒らげる。


「お前のせいだぞ! どうするのだ。現状から逃げ出して、竜騎士を持ち出した結果がこれだ!」

「それは……」

「スティミス伯爵領から略奪するのではなかったのか? もう、何もなくなった。街は燃え、人はバタバタと死んでおるぞ! 食べるものも尽きた! 何も無い!」


 まくし立てる男に、リーリは反論できないでいた。

 まるで親に叱られる子供のようにリーリが小さく見えた。なんだか無性に腹が立った。

 みんなして文句ばかりだ。

 ここに来る以前からそうだった。湖の街でも、そうだった。

 というか、クイントスは味方だろ。助けてもらっておいて文句を言うなよ。

 内心で、悪態をつきながら周囲を観察すると、地面に轍……真新しい馬車の車輪の跡があった。

 しゃがんでそっと地面に出来た溝を触ると湿っていた。ぬれた地面のおかげでくっきりと跡が残っている。


「持ち逃げしたと言うのは、直前の出来事なのか」


 小さく呟き、即座に手を動かし詠唱印を結ぶ。使い魔である鳥のチャドに服従の呪文をかける。

 服従の魔法が作動した直後に、チャドへ馬車の追跡を命じる。

 空を舞っていたチャドが急降下し、地面すれすれで方向転換し、一気に馬車の走った後を進んでいく。

 次は、同調の呪文だ。呪文の完成と同時、ボクは右眼だけチャドの視界と共有させる。

 鳥の目というのはすごいもので、轍を飛びながらもはっきりと視認でき、ついでに馬車も見つけることができた、装飾品や金貨をこぼしながら馬車は走っていた。慌てているようだ。


「これは全てお前の責任だ!」


 さらに男の怒声が聞こえた。


「リーリの責任するなよ。現場責任者はお前じゃないのか」


 ボクは立ち上がり男へとゆっくりと近づいていく。いままでのやりとりで彼はこの場をまかせられていたと推察できる。リーリが言い返さない理由はわからないが、だからといってボクが喧嘩を売らない理由にならない。


「き、貴様」


 男の声が一点して震える。

 ボクをみて、男は怯えていた。こういう反応は久しぶりだ。賢者の塔でのんびりしていたときは、会う人のほとんどがこういう反応だった。

 リーリに対しては横柄だった男が、冷や汗をかいてボクを怯えた目で見上げている。

 どうやら弱い奴には強いが、強いや奴には弱いらしい。

 なんだこいつと思いつつ、クィントスへと視線を移す。


「クイントスもだ。現状がわからないのにリ―リを責め立てて!」

「確かに……そうだな……すまない」


 クィントスはハッとした表情を浮かべ頭を垂れた。

 リーリは唖然としてボクを見ていた。意外という表情だった。


「私を無視するな! それになんだ。貴様は? 公爵を呼び捨てにしおって!」


 そんな中、男が怒鳴った。

 怯えつつも声を荒らげる※彼に、すでに興味は無かった。

 こんな小者の対応よりも優先すべきことはある。馬車の追跡なんかは最優先だ。


「ボクは公爵閣下様よりリーリと呼べと言われている。なんだ? お前? リーリよりも偉いのか?」


 男は「うっ」と声を上げて黙りこんだ。

 少し言い換えされて黙る程度なら、一生黙っていると思った。


「そんなことより轍が新しい。まだ馬車は遠くに行ってないよ」


 轍を指差しながらリーリに声をかける。


「追えそうか?」


 リーリが驚きの声をあげる。


「もう追っている。使い魔のチャドが」

「え?」

「馬車が3台。立派な馬車」


 ボクは右目だけを使い魔の目と同調させることで、視界を重ね合わせ実況する。


「馬車……」

「立派な馬車だよ。綺麗に磨き込まれた黒い屋根のある箱馬車。あっ、今、橋を渡った」


 片目だけ同情するのは何度かやっているが、あんまり気分の良いものではない。


「何色ですか?」


 ホーキンスが近づいてくる。


「色って? 馬車の?」

「いえ、馬車の渡った橋の色です。橋の」

「赤だね。橋を渡り追えて……森へ入った!」


 上空からだと小さく見えた森だが、思ったよりも深いらしい。

 チャドは森の暗がりを低空で飛び馬車を追う。


「横穴に入る気でしょう。すべての出入り口を塞ぎます」


 それだけ言うとホーキンスは飛竜に飛び乗り上空へ上がった。

 空からの捜索はホーキンスに任せればよさそうだ。


「では、ワシは地上から馬車を追うことにしようか。リーリ様、馬を借りたいがよろしいかな?」

「あっあぁ、それはかまわない」

「それでは私が」


 クィントスが言うと指をくわえる。


『ピィィィ』


 指笛の音が響き、屋敷の影から馬が駆け寄ってくる方。


「馬呼びの術か。手際がよいな。では……方角と相手の規模もわかった。ワシらだけでいいだろう」


 アーバンとクィントスが馬を走らせた。馬は荒れた土地を猛スピードで走り、あっという間に見えなくなった。


「ひぃぃ」


 馬が見えなくなったとほぼ同時、リーリを責め立てていた男が悲鳴を上げ、駆けだした。

 だけど、ほとんど進まない内に彼は足を躓かせ、転んでしまう。

 誰も何もしていない、焦りからくる足のもつれだ。


「ひょっとして……逃げようとした?」


 ゆっくり近づいて男の腕をとりひねり揚げると、彼は泡を吹いて気を失ってしまった。


「リーリ……こいつ、何か知っているよ。知って欲しくないことをね」

「そうか。そうだな……」


 男の扱いはリーリにまかせ、ボクはチャドの目を通して馬車を見ることに集中することにした。

 三台の馬車はしばらく森の中を走り、それから一台が森の木にぶちあたって動きをとめた。そして残りの2台は、最初の馬車の事故に巻き込まれる形で横転し、動かなくなった。

 それからほどなくして、クィントスが3台の馬車を見つけた。

 クィントスの手際はよくて、馬に乗ったまま逃げようとする御者をたたきのめし、すぐさま合図代わりに指笛を何度か吹いた。

 もう問題はなさそうだ。

 ボクはチャドとの同調を切る。


「クィントスが馬車を確保した。とりあえず、これで問題が1つ解決だ」


 笑顔でボクはみんなを見渡した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ