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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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静かな食堂

 レッザリオとの一件が終わって、その夜は豪華な食事だった。

 湖の側に建った木造の大きな館は、がらんどうで、いつもは倉庫として利用しているらしい。

 赤と青の絨毯を敷き詰めて派手な床、それとは逆に殺風景な木製の壁。飾り気のない木組みをさらけだした天井に、光の玉がいくつも踊るように飛び回り、部屋を満たしている。

 部屋には4列のテーブルを端から端まで置いて、食事を並べ竜騎士たちを迎えていた。


「ジル、今日は全員がここで食事をとるのかな?」

「ちがうと思うよ。ほとんどの人が外で……テントを広げていたから」


 クリエと話をしながら、ボク達も案内された席に着く。

 部屋で唯一、真っ白のテーブルクロスがかけられたテーブルは特別な席だと主張する。

 テーブルの中央には大きな白い皿があって、その上には果物と海藻をあえたサラダ、その上に大きな魚の揚げ物が置いてあった。


「久しぶりに魚をみたな」


 嬉しそうに言ったビカロは「カリカリに揚げてある」と付け加える。

 そして揚げ魚がのった皿の周囲には、小さなカゴが沢山おいてあって、それぞれに異なる種類のパンが盛られてあった。

 ボク達がテーブルに着くと、給仕がグラスに赤い液体を注いでいく。色合いがオレンジに近い赤で、見たことのない飲み物だ。匂いがまったくしないのが珍しい。


「皆に、ようやく良い食事が振る舞え、少しだけ肩が軽くなった。私と同じように、皆もひとときの癒やしを感じてほしい」


 リーリがよく通る声で語り、最後にグラスを掲げる。

 無言で竜騎士達がグラスを掲げ、ボク達も続く。


「みんな静かだね」


 クリエがポツリとこぼす。


「予想外の襲撃があった直後だ。仕方がない。まぁ……食べようではないか」

「そうだね」


 この街での襲撃は竜騎士達ひいてはリーリにとって予想外だったようだ。

 あの老人はリーリの祖父で、街の有力者らしい。

 確実に味方だと信じていた身内からの裏切り。それは誰にとってもつらい。


「正直言ってな、保存食と肉だけの生活は、どうもな。胃がもたれる」


 アーバンがカカッと声を殺して笑う。

 静かな空気の中でも、食事を盛り上げようという印象を受けたので、合わせるべく笑う。


「ジル君はどう? 魚と肉どっちが好き?」


 パンをカリカリ食べながらセリーヌ姉さんが聞いてくる。


「そうだなぁ。ボクは、実のところ肉なんだけど……」

「あれ、これ? お酒じゃないじゃん」


 グラスの中身を飲み、姉さんが不服そうだ。

 こちらへ質問を投げてきながら聞いていないのが微妙にむかつく。


「そうですね。お酒に変えましょう」


 給仕の対応に違和感を抱く。どんなときでも微笑んで対応する給仕の人が、硬い表情のまま応対したことに。

 この人は、ボクたちの食事をいつも世話してくれる人だ。


「そういえば……」


 食事の風景はいびつだと気がついた。

 ひどく静かだ。これだけの人数がいるのに響くのは、カチャカチャという食器を動かす音だけ。

 たまにボク達の話し声が響く程度。


「皆さん疲れているのでしょうか」


 その雰囲気を察してクリエが言う。

 襲撃を受けたショックにしては全員が同様に静かなのは不思議だった。

 いままでの戦いの後は、明るい雰囲気になっていた竜騎士達。それが静まりかえるだけの意味が、昼間の戦いにあったのだろうか。

 裏切りによるショックという事も考えたが、もっと別の何かを感じる。


「あとわずかでソレル領主の館……つまりはソレル本領らしい」


 クィントスが静かに語り、取り分けられた魚の揚げ物を口に運んだ。

 ソレル本領に近づくにつれて緊張感が増していく……。

 これから行くソレル本領には何かがあるのかもしれない。考えてみると、リーリの進軍も謎だ。ボク達にとっては渡りに船だったけれど、スティミスへの侵攻も主目的ではないように感じた。どこか行き当たりばったりだったのだ。

 いずれにせよ近いうちに答えはわかる。

 それぞれが考え事をしつつ進める食事はあまり盛り上がらなかった。

 おいしかったが会話は少なかった。

 ボク達が食べる中も、食べ終わった竜騎士達が静かに退出していく。

 とうとう食事をするのはボク達だけになった。


「どうだった? 口に合えばよかったのだが」


 その頃になって、リーリがようやくこちらへと近づいてきた。


「リーリは食べたの?」

「あぁ、いただいたよ。クリエ」


 リーリが力なく微笑んだ。その顔からは生気がまるで感じられない。


「ところで、今日のうちに話をしておきたいのだが」


 乾いた笑顔のままリーリがボクへと声をかける。


「何かあったの?」

「いや、昼間のことだ。あの時に使われた武器のことを聞いておきたくて……な」


 それはボクも伝えなきゃと思っていたことだ。

 戦いのあと、リーリが忙しそうだったので伝えそびれていた。


「あれは、マスケット銃ってやつだよ」

「マスケット?」

「大賢者ラザムが考案した。魔法に頼らない武器。まったく魔力の干渉を受けずに、弾丸……今回であれば鉄の玉を飛ばすことができるんだよ」

「魔力に頼らない?」

「火薬っていうのがあって……」

「知っている。薬として使うこともある。音を発生させる魔法などの触媒に使われる事が多いな。火をつけると弾けるやつだろう?」

「そうそう。それそれ。で、火薬の破裂する特性を使うことで、魔力を使わずに鉄の玉を飛ばせる」

「ジル、魔法を使わないといいことあるの?」


 クリエが声をあげた。直後、しまったという感じにクリエがグラスに口をつける。

 話の邪魔をしたと感じてしまったのだろう。


「魔法道具って、別の魔法による魔力が混じることで、うまくいかないことがあるんだよ」


 ボクは軽い調子で言いながら、サラダから果物をひとつまみし口にほうる。

 予想外の酸っぱさに眉間に力が入る。

 ちょっとキツいと、飲み物を手に取り、喉へと流し込む。


「魔力干渉、それを避けるために、特別な加工を施した宝石などを使うが、多くの数が作れないのだ」


 ごくごくと飲んでいると、リーリが補足してくれた。

 話を聞いてコクコクと頷くクリエをチラリと見て、一服したボクは話を続ける。


「魔法を使わないことで、弾丸には、簡単に効果の高い魔法が付与できる。それがマスケット銃の便利なところってわけ。で、そのマスケット銃というのは、このぐらいの金属の筒に引き金っていうレバーがあって……」


 ボクが身振り手振りでマスケット銃について説明をしていると「見た方が早いだろうと」後ろから声がした。


『ゴトン』


 テーブルの上にマスケット銃が置かれる。


「実物見たほうが早いだろ」


 後ろをみると、ビカロが立っていた。


「どうしたんですか?」

「どうしたの?」


 ボクとクリエの言葉が被る。


「お前が戦っている間に借りてきた」


 ビカロが小さく肩を揺らし笑う。

 それから言葉を続ける。


「きちんと借りていいですか……と聞いたぞ。返事は聞いていないが……まぁ、向こうも忙しそうだったから、仕方が無い」

「ビカロ、それって……」


 借りパクっていうんだよ。師匠の台詞を借りるとさ……と言いかけたけれど、やめた。

 このネタは同じ師匠に学んだセリーヌ姉さんしかしらない。


「さすが怪盗と言われるだけはある。これがマスケットというやつか」


 リーリが笑顔でマスケット銃を手に取った。

 さらにビカロが小さい包みを2つポンとテーブルに置く。

 1つがジャラリと鳴ったところを見ると玉のだろう。


「すぐに調べよう」


 ほとんど生気のなかったリーリが少しだけ元気になって笑った。


「ちょっとだけ、よかったね、ジル」


 そそくさと去って行くリーリを見てクリエが微笑む。


「一矢報いたぞってやつだね」


 それからの数日は静かに過ぎた。

 景色も、日々の行動も変わらない。いつもと同じ空の旅。

 だけど、雰囲気はジワリジワリと居心地悪くっていく。周囲の緊張感がピリピリとした空気を醸し出していく。


「ジル・オイラス。あなたはどう思いますか」


 いつものように外を見ていると、クィントスが近づいてきた。ここ最近の彼はトレーニングを控えて周囲への警戒を怠らない。

 竜騎士達が自分たちを警戒していると考えているらしい。

 彼の方を見ると、眠そうなアーバンも一緒にいる。


「なんだか、ピリピリとした空気を感じるね」

「そう。今日は特に、うっすらとした殺意すらもだな」


 アーバンが方眉をあげる。


「逃げる準備でもしとこーか」


 どこからともなく現れたセリーヌ姉さんが言った。

 クリエは黒猫ルルカンの頭をなでながら「私は逃げたくないです」といって、ボクをみた。


「大丈夫、ボクも逃げたくないよ」


 そんな時だった。いつもは別の場所で寝転がっていたビカロが音もなく駆け寄ってくる。


「静かに西側の空を見ろ。覚悟してみろ。決して騒ぐなよ。いたずらに刺激しないほうがいいから」


 早口でまくし立てた彼は一方を指差した。

 緊張を隠せない彼の態度は周囲の雰囲気をいっそうピリピリとした空気にかえる。

 そんななか、セリーヌ姉さんは興味がないとばかり、手を静かに振り部屋に戻っていく。

 ボクは逆に好奇心を誘われた。だから、ビカロの言う場所を見ることにした。

 そこには、とんでもない光景が広がっていた。

 ボクが座っていたのとは逆サイドに移動し、遠くの方に目をこらすと、ソレル領特有の四角い柱状の山々が連なってみえた。

 いつもと違うのは、立方体の山に囲まれて、ひときわ大きな山がみえたこと。それはなだらかな平べったい山で、まるで立方体の山に囲まれた特別な地という印象を放っていた。

 そして、驚くのはその状態。

 目に映る全てが廃墟だった。わずかに見える煙、白と黒、それから茶褐色の町並み。

 時たまの強風で灰が舞い、まるで煙のようにみえた。

 焦げ臭さ混じる土地、その全てが瓦礫の山にしかみえなかった。

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