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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
8/98

閑話 壺の文字(少女の視点)

 私は久しぶりに外出する。メモの書かれたツボを抱きかかえ森へと。

 森はとても危険なところで、私のような小娘1人では生きて帰れないこともある。

 だけど意を決して森へと入る。


「まだ日は落ちていない。大丈夫」


 無理矢理な笑顔で呟いた。

 それから監獄と外をわけ隔てる鉄柵に視線をやる。

 巨大で重い鉄柵の隙間から外の街道へと出るのだ。

 小柄な私なら苦労せず鉄柵の隙間を通り抜けられる。

 錆だらけの柵に服が触れて、茶色い跡が残った。

 柵を抜けて振り返ると、柱の陰に座り込む門番が目に入る。

 座り込んだ兵士は私に気がつかないほど泥酔していた。

 昔はこんなことは無かった。

 仕事を放棄する者はいなかった。

 ゆっくりと監獄の人達がおかしくなっていく。

 囚人も、看守も、皆が。

 この調子では森で助けをよんでも無駄だろう。


「大丈夫、大丈夫」


 自分に言い聞かせ森を進む。

 狼の吠え声が聞こえた。

 いつもであれば震え上がる声を聞いても、私はなぜか平気だった。

 そのうえ冷静だった。

 だから落ち着いて森の木々を調べることができた。

 私の目当てとするものは、監獄から出てすぐ近くにあった。メモの通りだ。

 絵のとおりの姿をした植物は、監獄のそばにきちんと生えていた。


 どのようにして、あの方……ジル様がここに生えていることを知っていたのかわからない。

 必要な材料は簡単に揃えることができた。

 そして指示通りにそれらを加工する。


 それは料理のようでもあり、何かもっと別の作業のようでもあった。

 葉っぱを刻み、湯沸かし、決められた分量の塩を入れて茹でる。

 それから薪の燃えかすを削って灰を入れる。

 ポコポコとわきたったあと、パンのかけらをゆっくり浸して、表面に浮いたあくを取る。


 出来たのは茶色く透き通った液体だった。


「美味しい」


 塩をあれほど入れたにもかかわらず、完成した液体は甘い。

 これが私の咳を止める薬らしい。

 思いもかけず手に入れた薬。

 数日前には夢想さえしなかったものだ。


「希望は毒になる」


 囚人が私にそう言ったのを覚えている。

 嫌な言葉だけれど、私の直感は正しいと伝えた。


「いつかはきっと救われる」


 私は小声で、だけどしっかりと呟く。

 嫌な言葉から目をそらすために。

 昨日まで呟きはただのおまじないだった。


 だけど今日は違う。

 救いはあった。

 そして、それをもたらしたジル様はあの鉄扉の向こうにいる。

 そう。

 あの独房に住むあの方は、私よりも劣悪な状況下で、他人である私の事まで気にかけた。

 善意がこれほど嬉しいとは思わなかった。

 誰かが気にかけてくれることが、こんなに心を温かくするとは思わなかった。


「私にも何かできることはないかな」


 ジル様に何か……。

 いえ、ジル様だけではなくて、別のだれかにも。

 

 ツボに書いてあるきれいな文字を見ながら考える。

 それだけで心が温かくなった。

 文字を撫でるだけでなんだか勇気が湧いてきた。


「ふふっ」


 飲んだばかりで効くかどうかわからない。

 それでも私は確信していた。

 寝る前に、そっとツボに書かれた文字を触った。

 ざらりとしたツボの表面にある文字がとても愛おしかった。


 世界が明るくなっていく予感がした。


「明日はきっといい日だ」


 私は小さく呟いて、倉庫の隅で丸まる。

 それから、ツボをソッと触ってから……少し考える。


「どんな姿をされているのだろう。どんなお顔だろう」


 延々とジル様の姿を想像する自分に気がつく。

 聞いたら教えて下さるかな。

 最後に「ふふ」と小さく笑って、それから静かに目を閉じた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 絶望の縁に落とされる希望の糸。 更に、顔が見えないとなれば心酔待ったなしですね! しかし、壷の情報量がすごいw
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