閑話 武器商賢者
破裂音の後に、竜騎士たちが落下する。
「撃ち方やめ」
頭上に竜騎士の一軍を見据えた地上にいる男が叫んだ。
純白の上着には金の刺繍、羽織ったローブにはフサフサとした毛皮の襟、黒いベレー帽に羽飾り。そのどれもが一級の品で、いで立ちは裕福な商人そのものだった。
その声をうけて、男の周囲にいた筒状の武器をもった兵士たちが姿勢を正す。
「それが銃器というものか、レッザリオ」
男の隣に立った白髭を蓄えた老人が問いかける。背後に重装備の騎士を数人従えた老人は、領主であることを示す紋章付きのマントに身に包んでいて、発する声はしゃがれていて疲労の色がみえた。
「えぇ、マスケット銃というものです。まぁ、そう、大賢者ラザムの知恵というやつですよ。私にもアイデアはあるのですが、目的地は見えても道筋が見えない。それでも……」
男……レッザリオは、空を見据えつつ老人へと応える。
そのまま彼は、指を落下する竜騎士に向けてひらひらと動かしている。
「うーん……10騎と少しか。もう少しひきつければ良かったかなぁ」
レッザリオは間延びした独り言を呟く。
「だが、当たった、飛竜に。そして一撃で竜騎士をあれほど落とした。飛竜は生来の魔法によって矢が当たらぬ。あれは矢とは違うのだな」
「それが売りなのです」
笑顔のレッザリオが早口で続ける。
「飛竜に対して、有効的な飛び道具が今までありませんでした。いくつかの工夫により対処はしていましたが、飛竜のもつ先天的な防御能力を貫けなかった。圧倒的かつ簡易な手段で克服したのはマスケット銃が初です……が、華々しいお披露目には迫力が不足しましたね」
うれしそうに語るレッザリオは、最後「たった10騎では……」と小さく付け加えた。
「そんなことはない」
老人は大きく首を振った。
「あの高度を飛ぶ竜騎士を落としたのだ。見事であるし、感嘆の一言だ。リーリが落ちればもっと良かったが……望みすぎは身を亡ぼす」
「なんて酷いおじい様!」
「からかうでない。それで、あれを……マスケットだったか、譲ってくれるのだな」
「えぇ、もちろん約束どおりです。銃士隊も含めて、かつマスケット銃には触媒と弾丸が必要になりますが、それの定期的な提供も……約束どおり」
「代わりに、我らは金銭と、それからソレル本領の提供だな」
「そういうことです。飛竜の供給源として、それから欲しかったのですよね……新しい武器の実験場が」
「ではすぐに正式な契約をかわそう。多くの立ち合い人のもとに、ソレル領の実質的な廃領の宣言となる契約を」
大きくうなずいた老人がゆっくりと少し離れた館へと歩みだした。
だが、レッザリオはその場を動かず空を見つめた。
「あぁ」
レッザリオがわざとらしく嘆いた。
「如何した?」
「やはり来るだろうな」
「誰が?」
「ジル・オイラス。我が弟弟子にして、師である大賢者が二つ名を与えた者のうち一人。彼が乗り込んできます」
「何のために?」
「一人で我らを始末し、リーリ公爵閣下を迎える支度をするのでしょう。かの大橋を片づけたときのように」
老人が眉間にしわを寄せる。
その様子をみてレッザリオが両手を広げ、それから右手を胸元に、左手を背にして深々とお辞儀してみせた。
「ですが問題なく」
レッザリオのお辞儀にあわせて銃士達は空にマスケット銃を向け、さらにその周囲でかがんでいた獣たちが身を起こした。
それは馬の三倍近い体躯をした毛のない黒い犬であり、鈍く光る鉄の板を身にまとっている。片目を縫われて、半開きの口からは湯気を放つ吐息がみえた。
「御覧の通り。この武器商賢者レッザリオと、自慢の武器達でジル・オイラスの対処をしてみせましょう」
顔をあげにこやかに笑うレッザリオの顔には恐怖も緊張の色もなく、背にした左手には鮮やかな青に輝く拳銃がみえた。




