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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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大滝にて

 リーリの操る飛竜は速度をあげて垂直に上昇する。

 それから約束どおり一転して急降下を始めた。それに応じて、竜騎士たちも一転して急降下を始める。


「なんで一回上昇したんだろうね?」


 素朴な疑問を側にいたクリエに投げかける。

 ホーキンスの駆る飛竜に乗った彼女は、ボクの疑問にパクパクと口を動かした。

 声はビュゥウという風音にかき消されて話が聞こえない。

 そうだよね。

 心の中で納得し、右手の指を決められた流れに沿って動かす。

 指の所作で魔法を成立させる、いわゆる詠唱印だ。

 言葉も念じることもなく魔法は成立し、風音が消える。


「ジル、前をみて!」


 叫ぶクリエの声が聞こえた。

 ちらりと見ると、立てた手のひらを口元に添えた彼女と目が合った。


「大丈夫、大丈夫」


 地上へと目を向けて、それから笑って見せた。

 キラキラと輝く湖は遥か下にある。

 まだまだ着水までの猶予はあるし、この高さなら防御魔法で落下の衝撃を殺せる。


「風音が?」


 クリエはボクの声を聞いて初めて風音が消えていることに気が付いたようだ。

 彼女は、キョロキョロとあたりを見回して少しばかり高めの声をあげた。


「魔法で音を操作したんだよ。祭りなんかでもよく使うやつだよ」

「戦場でも使います」


 ホーキンスが補足する。


「そうなんですね……って、やっぱりジル、前を見ないと危ないですよ」

「大丈夫だよ」


 心配性だなと飛行姿勢をただす。自由落下ではないですよとアピールも含めて、スルリとクリエの乗る飛竜の周囲を回って見せた。

 飛翔魔法は空気の影響を受けず飛べるからこの程度はたやすい。

 自然に身を任せる方法は風が邪魔だし自由な軌道を描けない。


「踊るように飛ぶジルは楽しそうね」


 クリエがグルングルンと頭をうごかして飛びまわるボクを視線で追った後で評する。

 踊るよう……か。楽しいのは確かだ。特に目新しい景色に囲まれて飛んでいる今はとても楽しい。

 こうしている間にもますます地面は近づいてくる。視界におさまっていた湖はすでに全体が見えないほど近づいている。

 というか何処までこの勢いで下降するつもりだろう。

 特に先頭を進むリーリはますます勢いを増しているように見えた。


「リーリのところへ言ってくる」


 急降下するクリエの飛竜の周りをもう一度一回りして、落ちる速度をあげた。

 体に流れる魔力を調節し、ほんの少し本気で飛ぶ。

 速度は一気に増して、あっという間にリーリに接近することができた。


「ジルか。この速度をものともしないとはさすがだな」


 口元に軽く握った右手をあてて前を見つめたリーリは、ボクが接近するやいなや言った。


「何か考え中?」


 こちらを振り向くことなくボソリと語る彼女は心ここにあらずと言った感じだ。


「いや、大した事ではない……で、何か私に用か?」

「この勢いで急降下して大丈夫かなって?」

「問題ない。飛竜だって心得ている。水面すれすれで姿勢を正して、そこから湖を一回り滑空する。ちょっとしたストレス解消だ……あぁ、ストレスというのは……」

「大丈夫。わかるよ。ストレスの意味くらい」


 さすがにストレスについての解説は不要だ。ストレスは、師であるラザムが人の心について研究する中で定義した概念だ。

 心の緊張状態を意味する。軽度でかつ短時間のストレスは問題ないが、強度のストレスが続くと心が壊れてしまう。

 ストレスの概念は一般的だとは言えないが、師匠の教えは一通り身についている。

 リーリに解説を受ける必要はない。

 いや……違うか。


「ごめん。で、誰のストレス?」


 早とちりは良くない。リーリだってボクが賢者と呼ばれる立場だということは知っている。

 ストレスという言葉の意味は知っている前提での話だ。


「まるで私に何も悩みがないような言い方だな?」


 リーリがボクに向かってギロリと睨みを利かせた。目の下にあるクマは依然としてひどいが目には光がやどっていて、迫力がある。そんな彼女は睨んだかと思うと、すぐに笑顔になり言葉を続ける。


「飛竜のストレスだ。ずっと無理をさせているから、ここいらで好きに飛ばせることにした」

「それがこの急降下?」

「ありていにいえばそうだな。思いっきり羽ばたいて……上昇し、そこから急降下してしばらく滑空。全力の運動をしてあとは流れに身を任せる。暇な飛竜がよくやる遊びだ」


 飛竜も遊んだりするのかと面白く感じた。少し考えれば飛竜だって生きているのだから、おなかもすくし、つらいこともあるのだろう。

 言われれば当然の話だ。


「リーリはそういう飛竜の気持ちがわかるんだ」

「私が暮らしているのはソレル領でも特に飛竜の多い場所だからな。みれば大体分かる……ところで、いいのか?」


 ふとリーリがニヤリと意地の悪い作り笑顔を浮かべた。


「いいって?」

「もうすぐ水面だ」


 え?

 あわてて地上をみると、すぐ目の前に水面があった。透明度の高い湖に泳ぐ魚の群れが見えた。わずかばかりの魚がこちらを見た気がした。

 話に夢中で地上から目を離していたのはわずかな間だった。だけど、猛スピードで降下していたこともあって、そのわずかでも水面に突っ込みかけるのに十分な時間だったわけだ。


「うわっとと」


 妙な声がでて、体の一部が水面へとふれた。ボクの体は水面を切り裂くように波を作った。

 姿勢制御の途中で、リーリが操る飛竜の腹が見えた。


「あっはっは」

「酷いよ」


 高笑いするリーリに追いついてぼやいてみるが、リーリの笑顔は変わらない。


「これから先は水面の上を流れる風にのって飛竜は滝まで空を滑って進む。これから見る滝は世界でも類を見ない大滝だ」


 その言葉に偽りはなかった。

 しばらく水面を滑るように進んだ先にあったのは巨大な滝。

 ドドドドという水が落ちる音が大きく響き大量の水が落ちていく様子は圧巻だった。


「ソレル領はすごいね。見どころが沢山あって飽きないや」


 少しだけ下降し、大滝の横を飛ぶ。

 右側に見える水のカーテンは遥か先まで延々と続く。たまに、ボクとリーリと竜騎士たちの姿が流れ落ちる滝の水に映ってみえた。一瞬だけちらりと見えるボクたちの姿は、どこか緻密な絵画のようだ。


「気に入ってもらえて何よりだ」


 ボクが滝に映った自分たちの姿に熱中していると、リーリが弾んだ声をあげた。


「だが、私にとってはソレル領の外もすごい。どこまでも広がる平原に、大きな砂浜とその先に広がる海」


 リーリにとってはソレル領の土地は見慣れているから、逆に平凡な地形が珍しいのか。

 熱弁するリーリはとても上機嫌だった。


「お前が来てから良いことが続く」


 語る彼女に視線を移すと、滝の水が流れ落ちる先を見つめ笑っていた。

 高地から落ちる水はその落下地点が眼下に広がる霧のような雲へと消えていて、それもまた圧巻だ。

 リーリは落ちる水を見ていたわけではないようで、ぼんやりとした視線のままかみしめるように語り続ける。


「難航していた交渉も急に進みだした。おそらく橋を落としたことで流れがかわったのだろう。おじい様から久しぶりに直筆の手紙も届いた」


 とてもうれしそうにリーリは胸元に手をやった。

 大滝の側を飛んで、町へと戻る道すがらもリーリの話は続く。


「難航していた交渉がようやく実を結んだ」

「交渉?」

「この町でソレル領の有力貴族と契約をかわす。私に従うという契約で、各町を統べる彼らと前向きな約束ができる。名実ともに私を公爵領の中心と認めるというわけだ」

「それはよかったね」


 本音を言えば、その契約とやらの価値はわからない。

 それでもリーリが嬉しさを隠しきれてない様子から、とても良い話だとはわかる。


「反乱をほぼ無傷で収めた手腕と、祖父母の協力があった。そう……おじいさまと、おばあさまが協力してくれたのだ」


 かみしめるようにリーリは語り、彼女は胸元に小さく握りこぶしを作った。

 それから少しだけ他愛もない話をする。眼下に広がる湖に住まう魚の話や、ソレル領に生息する飛竜の話などなど。

 途中でホーキンス達とも合流し、そのあとも続いたちょっとした雑談。

 それは町まであとわずかという所で迎えが来るまで続いた。


「リーリ様、念のためお召し物を整えてから下りた方がよいかと。クローエン様も久しぶりの故郷を楽しんだ後でかまわないといわれております」


 迎えの人の言葉に、リーリがうなづいて、進路をデブ飛竜へと変えた。

 地上に下りるのはいったん身だしなみを整えた後にするようだ。

 リーリ達は、町に下りる進路をやめて、上空に浮かぶデブ飛竜めがけてゆっくりと上昇する。


『パァン』


 なんだ?


『パァン、パァン』


 そんな時、破裂音が響く。

 空気のはじける音。空気を圧縮する系統の魔法……魔法の実験?

 一瞬の思案が頭を駆け巡ると同時、視界の端で何騎かの飛竜が落ちていくのが見えた。

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