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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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ビカロの昼寝

「私に続け」とリーリが叫んだ。

まるで戦場へと赴くような声音が、ピリッとした空気を周囲に走らせた。

だけどそれは一瞬のことで、彼女の飛竜が大空に向かって垂直へと飛び出すと、空気は一気に柔らかくなった。

リーリは片手で手綱を軽く握り、もう片方の手は鞍の前方に添えているだけだった。飛竜にすべてをまかせた姿勢がとても自然で楽し気だった。

柔らかい平和な空気の中、ボクはリーリのあとを魔法で追う。

彼女の号令につられた形なのだが、ややあって急いで飛ばなくてもよかったと考えて速度を落として振り返る。

およそ1割程度の兵士がリーリに続いて上昇していた。

その先頭は、クリエを前に乗せたホーキンスが駆る飛竜だ。さらに続く竜騎士達。

リーリに比べてホーキンスは少し遅く飛んでいる。

とても遅い一団もいた。速度のばらつきの理由は一目でわかった。装備の違いだ。重装備の竜騎士は上昇する速度が明らかに遅い。

リーリは腰に下げた金属の鞭が目立つくらいで、普段より見た目重視の真っ青で鮮やかな装いだった。

金の髪飾りに、胸元にも赤い宝石の飾りがついている。

きっと町の領主に会う予定があっての格好なのだろう。飾り類が飛んでいる途中で外れないのか少し気になる。


「あれ?ビカロさん?」


背後でクリエの声がしたので振り向くと、すぐそばまでホーキンスの飛竜がきていた。背にのったクリエはデブ飛竜の背中へ顔を向けていた。

デブ飛竜はリーリの後を追うことなくフワフワとその場所で浮いているので、その巨体は高度差が理由で一回り小さく見えた。

その背で、ビカロは仰向けになって寝ていた。のんびりとした様子でリラックスしていて、ずいぶんと慣れた様子だ。

向こうもボクたちに気が付いたようで、手をふっている。


「ここしばらく姿を見ないと思ってたけど、あんなところにいたんだ」


クィントスと同様に飛竜に乗る訓練でもしているのかと思っていたら昼寝か。

さっきの雨が降っていた時も、背中にいたのかな……雨って激しかったけど……。


「飛竜の背中が緑色だからかな?草原で寝っ転がっているみたい」

「確かにのんびりしてるね。ボクも今度真似してみよっかな」


デブ飛竜が抱えるテントでは頭上を見ることができない。だから移動中の空の様子には興味がそそられる。代り映えのしない空が続くのか、もっと別の何かが見えるのか……うん、今度試してみよう。


ほとんど垂直に上昇する飛竜の横で飛びつつ、他愛もない話をクリエとしていると、クリエの乗る飛竜が大きく羽ばたいて速度を落とした。

その飛竜を操るホーキンスが手綱を軽く引っ張ったのが理由のようだ。当のホーキンスは僕らの会話に口をはさむことなく静かに進行方向を見つめていた。


「わっ」


小さくクリエが悲鳴をあげたが大した事はないようだ。

背の高いホーキンスの前に座るクリエにとっては、そのホーキンスの体が背もたれの代わりをはたしているらしい。

クリエは笑顔だけど、さっきまでと違い、その視線はボクの背後を見つめている。


「え?リーリ?」


二人にならってボクが振り返ると、そこには先行し上昇していた飛竜から飛び降りたリーリの姿があった。

事故かと思ったが、違うようだ。

落ちてくるリーリの顔は明るく、顔色こそ悪いものの目はキラキラとしていた。

彼女はそのまま落下の勢いを殺すことなく空中で身をよじって、ホーキンスの操る飛竜の鼻先へと着地する。

カツンと乾いた音がした。


「何か面白いことでもあったのか?」


リーリが自分の足元を見つめつつ聞いてくる。

彼女の足元では、飛竜がパクパクと口を動かし、長い舌でリーリの革靴を舐めようとしていた。


「ビカロさんが飛竜の背中でのんびりしているのを話していたのです」

「あぁ、奴か。わずか10日足らずで飛竜を乗りこなして見せたな」


リーリは飛竜の鼻先で踊るように足踏みしつつ答える。


「皆が驚きました。ソレル領と縁がある出自だと思った者も多い様子です」

「実際はまったく関係がない。奴は生まれも育ちもセーヌー領だ。飛竜に乗ったのも、我々と合流してのちだということだ」

「それなのに乗りこなすなんて、ビカロさんはすごいのですね」

「天賦の才、はたまた怪盗として鍛えた軽業師のごとき身のこなしのなせる業か。いずれにせよ、セーヌー領での活躍が広まって世界でも有名な怪盗……その面目躍如といったところだな」


クリエの関心に、リーリが苦笑しつつ応じた。

神官の力に、関節を外せる特技。それから飛竜を乗りこなすって考えると、ビカロって本当に多彩だよな。その点は感心する。

当のビカロといえば、ボクたちが上昇するにつれて小さくなり、やがて見えなくなった。

彼はボクたちと違って湖をみたりする気はなさそうだ。


「奴はマイペースだな。我々と同行はするが、いつでも離れることができるようにも準備している」


しばらくして後ろをみやったクリエにリーリが言う。

そういわれるとビカロはゆっくりと皆から離れようとしている印象をうける。

フェードアウトといった感じ。人当たりは良いまま本心は見せず距離をとっている。

いつの間にか、フッといなくなる……それはちょっと嫌かも。


「リーリ様、3人は多少負担が大きすぎます。そろそろ戻ってくださいますか?」


話をしているとホーキンスが困った声をあげた。


「おっと、そうだな。このままだと湖を回るまえに飛竜がバテてしまう」


リーリはおどけたようにいうと『タンッ』と軽い足音をたてて飛竜の鼻先から飛び降りた。

ホーキンスの飛竜が飛び出したリーリに顔を向けて「クルルル」と奇妙な鳴き声をあげる。

甘えるような鳴き声に、飛竜と遊びながらリーリはボクたちと会話していたのだと気が付いた。

そしてリーリは、ヒラリと一回転して頭から落下する。

彼女は世の作り……つまりは重力に身をまかせ落ちていった。

両手を広げ落下の風圧を楽しむように青空を進み、小さな彼女は、瞬く間に湖の青さにまぎれて見えなくなる。


「心配はありません。よくあることなのです。それはもう、子供のころから」


ホーキンスが事務的な口調でいう。

クリエが心配げにホーキンスへ顔を向けたことに対して答えたようだ。

飛翔魔法でも使うのだろうと、ボクは落下するリーリの心配をしなかったけれどクリエは違ったらしい。

そしてボクの考えも違っていた。


「あとわずか上昇したのち滑空し一気に湖を見て回る」


ややあってリーリは飛竜に乗って戻ってきた。リーリの乗っていた飛竜は下で待機していて、落下するリーリを空中で取り戻したようだ。


「リーリ様にとって空は遊び場ですから。空中で飛び降りるなんて……よくあることなのです」


ホーキンスが解説する。


「さて、そろそろ言いつけ通り滑空を始めます。私が合図するまでクリエ様は口を開かぬようにお願いします」


そして言葉をつづけた。


「口を開いたらどうなりますか?」

「しばし揺れますので舌を噛むことがあります」

「舌を」

「はい。そして舌をかまれますと、さすがにリーリ様に……きっと怒られますので、飛竜と一緒に。だから私が困ります」


ホーキンスが飛竜の鞍を軽く叩いて笑う。


「責任重大です」


それを受けてクリエがいうと、ホーキンスの飛竜が再び「クルルル」と鳴いた。

奇妙な鳴き声、それはまるで飛竜がおどけて笑っているように聞こえた。

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