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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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塩湖

 クィントスの少し後にやってきた竜騎士は、彼とは違ってスーッと滑るように飛んできた。そのまま勢いを落とさずにボク達のいるテントに滑空したかと思うと、飛竜は真上に進路をかえて、背にのった竜騎士が飛び降りた。


『トン』


 テントの周りを取り囲む木製の板へ、軽やかに靴の音が響く。

 リーリをはじめとしたソレル領の人は洗練された動きで空の旅をこなすものだ。

 当の竜騎士は鉄兜を脱いで、頭を軽く振って中にしまっていた長い髪を振りほどいてから、ボク達へと向き直った。


「クリエ様、ジル様、それから皆々様」


 淡々とした口調で語ったのは、赤い髪に黒い髪が混じった長髪で背の高い女性。

 彼女はホーキンスと呼ばれているリーリの側近だ。


「リーリの伝言?」

「はい。いったんテントの中へとお入りいただいて、風雨に備えよ……と。それから、個人的な助言になりますが、テントが揺れますので、横になって過ごすのが良いかと存じます」


 ホーキンスの説明の途中、テントの中から「揺れるのか?」と困惑の声があがった。

 監獄から一緒についてきている元囚人の中には空の旅が苦手な人もいる。

 揺れるテントが少々堪えるという。今回、一番大きな声をあげたのはウルグ。揺れるテントは苦手らしく、船酔いよろしく気分が悪くなるらしい。スティミス領で受けた傷が治ったと安堵していたら乗り物酔いに襲われる……彼の前途はまぁまぁ多難だ。


「了解」


 とはいえ、特に進路について反論するつもりはない。

 テントの入り口を閉めて、扉代わりの布から伸びたロープを、壁面の柱へむすびつける。


「それから、今晩はリーリ様の親類が統治する町で過ごすことになります。いつもの野営では無く、ベッドの上で休めるよう手配いたしますので、しばしのご辛抱を」


 テントの入り口を完全に閉めた。外からホーキンスの声が聞こえ、テントの壁面に飛竜にのる彼女の影がうっすらと映った。

 飛竜の羽音がして、パタパタとテントにたたきつける風音だけがのこる。


「少し不安だけど……なんかワクワクするね」


 うっすらと暗くなったテントでクリエが呟く。

 ややあって、テントに雨がぶつかってトトトトと心地よい音が鳴った。ほどなくテントは右に左にと大きく揺れる。


「わー」


 わざとらしい悲鳴をあげてセリーヌ姉さんがクリエにしがみついた。

 二人とも悲鳴らしきものをあげているが、どこか楽しげだった。

 ボクも心の隅でワクワクしている。頑丈な賢者の塔で嵐の時を過ごしている状況に似ているなと思った。


「気持ち悪い」


 本当につらそうな声をあげるのはウルグだけだ。

 さすがに放置できなかったので、似運びにつかう魔法を流用して彼を浮かせた。

 長時間の連続使用はいろいろ不都合があるので、少しばかり不安もあったけれど、テントが大きく揺れる時間はそれほど長くなかった。


「もう大丈夫です」


 再びやってきたホーキンスの声に応えてテントの入り口を開ける。

 飛竜から降りて入り口側にいたホーキンスが扉代わりの布地の端をボクから受け取り、外へ出るように促した。

 空は晴れていて、広がる青空からは、少し前まで雨が降っていたと思えない様相だ。

 そして地上には見たことの無い景色が広がっていた。


「うわっ」


 思わず息をのんだ。ソレル領は不思議な景色が広がる土地だが、これは別格だ。

 眼下には巨大な円形の台地が広がり、その先には小さな入り江と海岸線が見えた。

 入り江と海岸線は遙か先にあって、なおかつ高度的にも下にある。つまりは台地は高い山の頂上にあるらしい。

 しかも台地のほとんどは湖だった。円形をした台地の上半分以上が湖、さらに、ここからは死角になっているが向こう側に滝があるようだ。ドドドと水の落ちる音がかすかに聞こえる。


「あれは何ですか?」


 ボクを追うように外へ出たクリエが、湖の一方をのぞきこみつつホーキンスへと問いかける。

 視線の先にあるのは白い塊。

 氷?

 多少寒いとはいえ水が凍るほどとも思えない。


「あれは塩の塊です。眼下に見えるのは、塩が採れる湖であり海であり、ああやって塩の塊が浮かびます。塩湖の町ユーデルを象徴する塊といえるでしょう」


 塩湖って泳ぐ気がなくても体が浮いちゃうんだっけかな。

 それにしても色々と面白い領地だよな、ソレル領って。

 ボク達がやってきた方角をみると長方形の山々が見える。山の形といい、高地にある塩湖といい、見ていて飽きない土地ばかりだ。

 湖には船も浮かんでいる。大小様々だけれど、多くは三角マストの小さな船で、乗っている人は湖へ何かを投げていた。

 魔力を両目にあつめて視力を強化してみると、投げているのは、パッっと広がる網だった。投げ網漁ってやつだ。

 何が捕れるのだろう。塩をとるために網を使うとも思えないし、魚かな。


「クリエ様、よろしければ一足先に行ってみますか?」


サッと胸元に片手を、もう一方の手で併走する飛竜をさしてホーキンスが提案する。


「一足先?」

「えぇ、私が飛竜でお連れします。さっと湖の上をひとまわりしましょう」

「迷惑でなければ、是非」


 クリエが即答する。

 面白そうだ。ボクもついて行こう。

 日の光に照らされてキラキラと輝く湖をもっと見てみたい。


「湖を一回りか。いいねぇ、私もついてくよ」


 軽い足取りでテントから出てきたセリーヌ姉さんも同行するらしい。

 暗いテントの中でしばらくジッとしていた反動で外に出たくなったようだ。

 確かにボクも同じ感じだし、誰だって外の様子をみると出たくなる。


「では私も同行することにしよう」


 腕を回しつつクィントスが、ハキハキとした口調で同行を宣言する。

 先ほどホーキンスからあった説明によると、リーリと友好的な町だというし、同行者が増えていって、なんだかピクニックといった雰囲気だ。

 それからみんなの行動は早かった。

 町の側も受け入れる準備ができているようで、大きな屋敷のそばにポッカリと空き地が用意されている。あそこに飛竜は着地すればいいらしい。


「リーリ様!」


 前にクリエを乗せて飛竜をあやつるホーキンスが声をあげる。

 横滑りするように数体の竜騎士が近づいてくる。先頭はリーリだ。

 近づくにつれて、彼女の表情がはっきりとしてきた。笑顔だ。

 目つきの悪さも、目の下にあるクマも、いつものとおりだけど、彼女は無邪気な笑顔で飛竜に乗っていた。


「せっかくだ向こう岸の滝を見ようではないか、それから町へいって、クリエの服をみつくろう。他には、あぁ、食事も期待できよう。ソレル領で唯一海の魚が食べられる、釣りたての巨大な魚は見た目も華やかだ……あとは……」

「リーリ様」

「あぁ、あぁ、ホーキンス、すまぬ。浮かれすぎていたな……私としたことが饒舌になってしまった」


 バツが悪そうにリーリが苦笑する。目のしたにあるクマはますます酷くなっているけれど、彼女はいつも通りだ。


「なんだか今日は楽しいね」


 そんなやりとりを眺めていたボクをクリエがのぞき込むように見上げて言う。


「確かに」


 ボクは笑顔で頷くと飛翔の魔法で軽く浮いて「速く出発したいね」と続けた。

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