天然の要塞
巨漢の飛竜……デブ飛竜の抱えるテントで移動する日々が続く。
ソレル公爵のリーリと出会って、ボク達の安全は保証されたと思ったのもつかの間、そのソレル領の反乱。
橋の町で他領の侵攻をせきとめ、反乱自体はリーリが容易くさばいて見せた。
ひとまずの安全は保証されているものの、まだまだ安心はできない。
「でもまぁ、最低限は……なんとかなるか」
外の景色をみていると、これからの不安がどうでもよくなった。
わからないことを考えても無駄なだけだし、それに今は外の景色を楽しみたかった。
進むにつれて、いままで見たことのない絶景が広がっている。
下を見ると深い亀裂と、緑の大地。日が経つにつれて影が大きくなる。
地面が近づいているのだ。飛んでいる高度が低くなったのではなくて、高い山々が続いているのが理由。
前をみると異様な形の山々。
いままでの深い亀裂の入った丘陵地帯とは違って、背の高い長方形をした山々が連なる地形だ。奇妙な形をした山々の高さは様々で、最も高いものは雲に届きそうだ。
『ビュォォ』
デブ飛竜の抱えるテントに冷たい突風が吹きつける。
ここ数日、天気が悪いせいか、風が冷たい。今日なんかは特に雲が分厚く雨が降りそうだ。
とはいえテントの中にこもる気にはなれなかった。
だから、いつものようにテントをぐるりと囲む板にあぐらをかいて外へと目をむける。
そうやって見る外の様子が、無い奇妙な景色が、ボクの目を釘付けにする。
三角形の山ではなくて縦長の長方形の山々。
目立つ緑は山頂部のみで、残りは切り立った崖にも似た黄土色の急勾配といった山の姿も、不思議な風景に一役買っていた。
山の高さは東に向かうほどに高さを増しているので、このまま何日も東に進むと、いずれは雲を突き抜ける山もでてくるのだろう。
「ジルはまたお外をみているんだね」
ボクが空の景色を楽しんでいると、クリエがテントの中から出てきた。
面倒くさそうにあくびをする黒猫ルルカンが後をついてきている。
「飽きないからね」
「寒くない?」
クリエがボクの横へそっと座る。続いてルルカンが彼女の横へとゴロンと転がり尻尾でボクを叩いた。
「こいつ、ボクに攻撃してくる。一応さ、ルルカンはボクの使い魔のはずなんだよね」
「じゃれてるだけだよ。ね、ルルカン」
クリエがルルカンの喉をさするとゴロゴロと鳴いた。
目があって、フンと視線をそらした使い魔をみて、最近ますますふてぶてしくなったなと思った。
「ルルカンはともかく、見るもの全部が面白いんだよ」
景色の変化にあわせ、生態系も変化している。
土地にあわせて生きる動物も違う……とは知識で知っていたが実際にみると面白い。
編隊を組み飛ぶ鳥や、上昇下降を繰り返す丸っこい鳥、ほとんど垂直の壁を器用にかける山羊や羊、それに羽の無い鳥。
山と山の間を羊がピョーンと飛んだ時は「飛んでる、飛んでる」と思わず叫んだくらいに、見ていて飽きない。
「山羊の肉が美味しいのは?」
「それもあるね」
しかも、それらの動物は味もいいのだ。山肌をすり抜けるように飛竜が飛んで、進軍ついでに狩っていくのだが、そうやって入手した肉は思いのほか美味しかった。
「リーリが狩りのために別ルートを飛ぶ一隊を組織したんだって。ジルのためにかんがえてくれたらしいよ」
「それは嬉しいね。今日も楽しみだ」
とりとめのない会話をしつつ空をみる。
話題は景色のことがほとんど。クリエもずっと監獄ですごしていたから、外の景色は見ていて楽しいという。
「クィントス様」
話をしていると「あっ」と声をあげたクリエが立ち上がり手をふった。
彼女の見ている先に、デブ飛竜の抱えるテントからこちらへと向かってくる飛竜がいた。
飛竜はバサバサと不器用な羽ばたきで、その様子から乗っているのがクィントスと判断できる。
乗り慣れたソレル領の人たち……リーリ達は滑空するように空を飛ぶ。
「何かあったの?」
ドンと大きな足音をたてて飛竜から降りたクィントスへ問う。
ここ最近は昼すぎまで飛竜に乗っている彼が、昼前にテントへ戻るのは珍しい。
「気流が荒くなってきたので切り上げた。ここから先が本当のソレル領ってことらしい。天然の要塞の本領発揮ということでいいのだろう」
天然の要塞。
羽のかけた蝶にたとえられる世界の形だが、ソレル領が位置するのは、蝶のたとえでいうと左側の羽、その左上の先。
攻めるに難く守るに易い。ソレルの土地は、飛竜が集う天然の要塞。そんな話を聞いたことがあったが、確かにこれは要塞と呼ぶにふさわしい。
なにしろただの山岳地帯ではないのだ。底の見えない亀裂だらけの大地に乱立する長方形の山々。
蝶の左側、つまり東に向かうほど起伏が激しくなっている。
いちおう山と山の間には吊り橋が架かっているようだが、そのほとんどが木製で、大軍が渡るには心許ない。素早い移動どころか、進むだけでも大変だろう。
さらにはソレル領には竜騎士の部隊がいる。
吊り橋を渡っている途中で、空から竜騎士に襲われるなんて考えるだけでゾッとする。
「クィントス君は、ずいぶんとうまくなったね」
飛竜から降りて、竜の頭をなでているクィントスへ、テントからのそっと顔をのぞかせたセリーヌ姉さんが言った。
エッヘッヘと笑う彼女の片手にはジョッキ……この人、一人宴会で浮かれ気分だけど大丈夫かな。
「二ヶ月も経てば一通りはこなせるようになりますよ」
クィントスは手綱を鞍へとしまいながら答えた。顔はセリーヌ姉さんへ向けて、手元を見ずに作業する様子に慣れを感じさせる。
「いやー私はさっぱりだよ」
「賢者の称号を持つ貴方のように自由に空を飛ぶ術をもちえませんので、代わりに飛竜ぐらいは乗れるようにならなければ……と」
クィントスは何事にも熱心だ。元囚人など監獄から一緒にいる人で、遊び程度に飛竜に乗れるような人は数人いるが、長い時間を飛竜に乗って過ごせるのは彼だけだ。多少の向き不向きはあるだろうけれど、彼がそれをなし得たのは、懸命な練習による部分が大きいだろう。
「二ヶ月。リーリと出会ってからそんなに時間が過ぎたんですね」
クリエが遠くを眺めて言う。強風に銀の髪をたなびかせて目を細めた彼女の視線の先にリーリが見えた。
そういえば、ここ最近は彼女と話をしていない。
目的地である公爵領の中心部へと近づくにつれて、仕事が増えているらしくボクらのところへ近づいてこないのだ。
夜に地上へと降りた時も、ずっと側近と会議ばかりで休んでいる様子はない。
きっと今も何かの指示をだしているのだろう。
各地の反乱をあっさりと鎮めても休む暇が持てないとは……。
「リーリは大変だなぁ」
ボクが人ごと気分で考えていると、彼女の周囲にいた竜騎士の一人がこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。
「今日はなんだか賑やかになりそう」
クリエが楽しそうに言い、彼女の足下のルルカンが「ニャッ」と続いた。




