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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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はしゃぐリーリ

「橋がドカンだ!」


 リーリの大声が空に響いた。飛竜の鞍の上に立ったリーリは腕を大きく広げてクルリとターンを決める。

 それに続いて周囲の竜騎士達も「左様左様」「見事でした」と同調していた。

 橋の街をあっさりと落とし、リーリはずっと上機嫌だ。

 滑るように空を舞う飛竜の背で、彼女は立ち上がってステップを踏む。

 まるで空の上を軽やかに散歩するようだ。たまにターンをして「みたか、あれがジルの力だ!」などとボクをほめそやす。


「リーリはとってもうれしいのね」


 クリエが拍手まじりに笑う。彼女は空を見ていることが多い。

 流れる雲は飽きずに見ていられるらしい。

 それはボクも同じ。たまに使い魔のチャドに同調魔法をかけて鳥の視点を楽しむ以外は、クリエと同じようにのんびり過ごす。

 でっぷりした飛竜にかかえられた巨大なテントの端っこでボク達は空を見て過ごす。

 一般的な飛竜と違いテントを抱える飛竜は大きくお腹を膨らませ、分相応に小さな羽をぱたつかせている。どうやって飛んでいるのかと不思議だったが、リーリが言うには、天然の魔法使いであるデブ飛竜は、魔法とお腹にためたガスの力で飛んでいるらしい。


「よくあんな怖い真似ができるものだ。坊主もそう思わんか?」


 わざとらしくブルブルと震えてアーバンがぼやいた。


「飛翔魔法なり、落下後の備えもあるんだよ」


 クリエの横であぐらをかいたままボクは答えた。

 外を眺めつつ、暇だなと思いながら、おやつに用意してもらった煎った豆を口にいれる。

 ガリっと堅い感触としょっぱい味は悪くない。


「そんなことはわかっとる」

「ジル君は風情がないなぁ……もう少しオシャレな感想言わないとクリエちゃんに飽きられちゃうよ」


 ボクのまっとうな感想に、後ろの二人がくだらない茶々をいれる。


「セリーヌ姉さんは、酒くさいよ」


 飛竜にひととおり乗れるようになったら、竜に乗る練習をやめて酒びたりになった姉弟子に苦言を呈す。


「いいじゃん。ほら、私ってば魔法で飛ぶほうが楽なんだからさ」

「言ってることはわかるけれど、飲まなくていいよ」

「だって暇だしさ」

「姉さんは酒に飲まれて絡んでくるから」

「ワシは別に気にしないな」

「そういえばリーリが言ってましたよ。えっと、アーバン様に……」

「なにを、言われておったのかの?」

「アーバン様はセリーヌ様にお金を払ってもいいのでは無いかと」

「勘弁してくれ、ワシは絡まれているだけだ」


 とりとめの無い会話が続く。

 それは事件がないことの裏返しで、代わり映えのない一日中空を飛んで夜は地上で過ごす旅は、それからも続いた。

 コリラメ、ハムオハカン、シクフカフ、耳慣れない語感の街の名前。これらはソレル領の中にあって公爵であるリーリに反逆の意思を示した街だ。

 リーリはボク達の力を借りることなく街の反乱を制圧していく。


「見事なものだ」


 アーバンが呟く。それは、また一つ街の反乱を鎮めた時のことだ。

 彼は同じ言葉をたびたび呟く。

 元々は中央の大将軍だった彼からみても、リーリの指揮ぶりは絶賛するレベルらしい。

 今回戦ったのは、森の中にある灰色の街。煙がもくもくと立ち上る街は、地面を掘って鉄鉱石を取り出す産業の街だという。

 ふんだんに金属を使った守りの強そうな兵士達もあっさりと降伏した。


 ――見事なものだ


 アーバンの呟きにボクも同じ感想をもつ。

 どこの街でもそうだったが、リーリの戦いは鮮やかなものだった。双方にほとんど犠牲を出さずに進めていく。


「よくわからないのですが……どうして反乱をしたのでしょう?」

「さぁ、わかんないよね」


 ひたすら首をかしげるクリエにボクも首をかしげて答える。

 いくら武装しても数でも兵の強さでも、圧倒的にこちらが上だ。戦いにならないのは明白だった。


「ここまで圧倒されるとは思わなかったのだろう」


 アーバンが不思議に思うボク達へ答える。


「いえ、皆さんほとんど抵抗しませんよね?」

「抵抗する手段を封じられておるのだ。公爵様……リーリ様は、敵の思惑を瞬時によみとり、そこに主力を展開する。しかも、少数の竜騎士を大軍に見えるように」

「大軍……ですか?」

「おそらく地上から見る竜騎士達は、われらが空から見るソレにくらべて何倍も多く感じているはず。そう見えるように兵を展開している」

「数が多いから、驚いて降伏したと?」

「それもある。だが、竜騎士の対応がすさまじく早いのだ。きっと相手には、自分たちの作戦が筒抜けだと思われているのだろう。実際は、見て判断しているのだろうが……」

「しかも、我々は疲弊していません。もっとボロボロの竜騎士との対決を想定していたのでしょう。それが崩れた。戦意など残らないのです」


 アーバンに続いてクィントスが補足する。

 彼の外見は武人らしく筋肉質で巨躯だが、妙に繊細な感じがする。あと真面目。

 客人という待遇にあっても、飛竜に乗る練習を欠かさない。

 今もトレーニングをしていたのだろう、薄手の上着は汗にぬれていた。


「リーリは凄いんですね」


 遠くで楽しげに空を舞うリーリをみてクリエが答えた。


「凄い。あの歳で兵士達の信頼は厚く、兵の扱いは老獪さすら感じるほどだ。外見と中身が大きく違う」


 ふと見るとアーバンは険しい顔をしていた。

 彼の言葉は真実を語っているとは思うが、表情のソレは違う。

 アーバンはボクの視線に気がついて険しい顔のまま言葉を続ける。


「物品の管理、進軍のルート……大小様々な事を的確に判断している。ワシらが公爵達と合流するまでの様々な手配も彼女の判断だったのだろう? それらを含めて視野の広さも十二分にある。だが、いささか彼女の才は圧倒的すぎる」

「凄いことは良いことじゃないか」


 なんでそんなに厳しい顔をするのだろう。今のところ悪い話は一切出てきていない。


「歳不相応なのだ。せいぜい公爵は十二か三あたりだろう? それであれほどの事ができるという事実は、思わぬ嫉妬を生む、妬みを生む。本来は隠さねばならない……そうでなければ消される」

「それで?」

「公爵領の内乱の原因は公爵自身にあったのかもしれぬ」

「ジル・オイラス……貴方も気づいているとは思うが、リーリ様の機嫌の良さとは別に、我らを取り巻く竜騎士は緊張している。我らの一挙一動を監視するような印象すらある。場合によっては我々は竜騎士達と敵対関係になる可能性もある」


 アーバンの言葉を、クィントスが続ける。

 竜騎士の緊張。それには気がついていた。

 彼らのボク達に対する態度は友好そのものだ。おやつだって笑顔で用意してくれている。

 だけど、どこかに緊張が見えていた。

 ボクが怖いのかと思っていたが、他の人もそう感じているのなら……他の理由なのか。

 緊張は……確かに増している。わずかだが増している。

 そうだ。公爵の館へと戻る道中が進めば進むほど、若い竜騎士の態度が硬くなっていった。

 でも、それは敵意というよりも、もっと……。


「何かがある」


 ボクが考えを巡らせているとアーバンが断言して、テントの中へと戻っていった。


「ジル?」

「まぁ、どっちにしろと成るようになるさ。というより、リーリの機嫌と竜騎士達の態度は全く別の話じゃないか。でしょ、クィントス」

「確かにそうだが……」

「何があっても、リーリはボク達の味方。リーリの配下の竜騎士達も味方。それでいいじゃないか」


 ボクの言葉にクィントスは頷いた。

 確かに何かがあるのだろう。良いか悪いかは別にして。


 しかし、王様に狙われるクリエの味方となってくれる権力者はリーリだけだ。

 なんとなしに話をはぐらかせたが、竜騎士達の緊張とソレル領の現在はつながっている。おそらく公爵領の中心部に行けば答えがでるのだろう。

 竜騎士達は、公爵領にある何かが知られることを恐れている。確実にボク達が知ることになる何かを……。


 ――外見と中身が大きく違う


「きっと見たままだよ」

「ジル?」

「ちょっとした独り言」


 アーバンの台詞にボクは思わず反論し、それから遠くではしゃぐリーリを見た。

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