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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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橋を落とす

橋の街ラントエテク。上空から見えるそれは、まばらな森を抱えた草原を切り裂くように入った渓谷の向こう側にあった。

 緑色の土地に黒い亀裂があって、白っぽい橋が亀裂をつなぐ。橋からややあって街がある。

 街は平凡で小さなものだけれど、そばにある橋は街よりも大きく幅広い。


「ソレル領は段差が激しく、領地境には下にあるような峡谷が多い。故にこの橋が物流の要所になっている」


 部屋から外にでて地上に目をやると同時に、リーリが言った。

 太めで巨躯の飛竜は卵型の胴体をしていて、でっぷりした腹のベルトからつり下がった居住区は太陽の光から遮断され、やや暗めだ。

 そこから部屋を出ると木製の廊下があって、外が見えて、空がまぶしく見えた。

 廊下には柵がないので怖い。ボクは飛べるからいいけれど、クリエが風に吹かれて足を踏み外したらと考えると不安になる。


「飛行船って思ったより速いんですね」


 廊下の端まで歩いて、地上へ視線を送ってボクは感想を口にする。

 地上に飛行船の影が小さく映っているためスピードがわかりやすい。

 こう言っているそばから、巨大な橋はすぐ真下だ。


「この地は早めに押さえたいという意図があった。だから急いだ。ここまでは予定通り、そしてここから先も予定通り……と行きたいものだな」


 リーリがボクのそばに立つ。彼女の茶色い髪が風になびいて舞う。そして風は強め。

 強風でも彼女は微動だにせず地上から視線を外さない。

 しばらく地上を見つめて、彼女は予定について説明を始めた。

 街を数で威圧する。

 そうやって時間を稼ぎ、作った時間で橋を破壊する。

 橋を破壊すれば、街は戦意を喪失する。

 説明は簡潔で、すでに調整は出来ているらしい。彼女が説明する間にも、外に展開している竜騎士達は空を舞うように動いていくつかの塊となっていく。


「橋はどうやって壊すの?」


 壊すためにはそれなりの威力を持つ魔法が必要だと思う。

 だけれど、リーリが率いているのは竜騎士、大規模な破壊には向かない気がする。


「あの橋には簡単に……多少の暇があれば……壊せる仕掛けがある。公爵家にはそれが伝わっている」

「壊したことが?」

「一度もないな。青い雨事件のときに、一度だけ検討したらしいが、王家とスティミス伯の連合軍を押しのけたため壊さなかったそうだ」


 青い雨事件。ソレル領を襲った大規模なスタンピード……つまり魔物の暴走。雨のように降り注いだ魔物達によってソレル家は大きく力をそがれたという歴史上の事件だが、あの時には連合軍による侵攻もあったのか。


「で、橋を落としたら街は降伏すると」

「必ずする。竜騎士の部隊、公爵本人が来ているという状況。この二つがあっても、抵抗するということは裏があるということだ。裏で合意があって援軍を待っている。挟み撃ちにするつもりだろう」


 リーリは冷たい微笑みを浮かべる。苦笑というのが正しいかもしれない。

 確かに地上で待ち受ける敵陣は籠城の様相を呈している。

 門こそ開け放たれているが、街に人影は見えない。きっと建物に隠れているのだろう。門を閉めないのは竜騎士は空にいて閉める必要がないし、援軍を迎え入れるにも都合がいい。


「ジル君に、リーリ様、街道に異常を見つけたらしいよ」


 セリーヌ姉さんが伝言を持ってきたのはそんなときだった。

 二人乗りの飛竜から飛び降りた姉さんは、キョロキョロと地上に視線を送り「あっちか」と呟いて指さした。

 橋を挟んで街がある方とは逆サイド、一見して何も無い。ボロボロの石畳が続く道が見えるだけだ。手入れを放棄した街道には馬車の一台も走っていない。


「誰が見つけた? 何の異常だ?」


 無人の街道を一瞥したリーリは言いながら口笛を吹く。


「クィントス君だね。街道を飛ぶ鳥が一瞬見えなくなったらしいよ。彼は飛竜になれてないから、代わりに私が来たってわけ。見間違いかもしれないとも言ってたけどね」

「おそらく見間違いではないだろう」


 明るい口調のセリーヌ姉さんとは対照的に、リーリは苦々しいという様子で答えた。

 何かのあたりがついているのか、彼女の顔が青くなっている。


 そうこうしているとホーキンスが誰も乗っていない飛竜を伴って近づいてきた。


「決死隊を地上に送れ! 最悪を想定しろ!」


 リーリが怒声をあげる。ホーキンスに手で合図を送りながら、彼女は胸元から手袋を取り出してギュッと手を差し込み、それから飛竜に飛び乗った。


『バササッ』


 リーリを乗せた飛竜が何度か羽ばたいて地上へと降りていく。

 続いて数十人の竜騎士を引き連れた彼女は、上空でピタリと止まる。

 それから何度かパンと小さな音がして、街道の一部に土煙があがった。

 リーリが街道を攻撃した……と思ったが、すぐに目的がわかる。


「魔法による偽装をしておったか」


 野太い声が背後から聞こえた。

 振り向かなくてもわかる。アーバンだ。彼は空を飛ぶシチュエーションが苦手らしく、ずっと船内で瞑想していたけれど、異変を察知して外へ出てきたらしい。

 そして彼が言うとおり騎馬兵の一軍が姿を見せていた。

 鉄ごしらえの鎧を着込んだ騎馬兵。鈍く光る鉄の塊にも見えた彼らは、見逃すことはあり得ないほど目立っている。


「偽装の規模からしてアンコモンかな。ジル君はどう思う?」

「二人の言うとおりだと思うよ」


 何もない場所から出てきた状況から、魔法によって不可視状態だったものが、リーリの攻撃によって見えるようになったと考えて間違いはないだろう。

 数は多く見積もっても100人程度。


「スティミス伯、それにグラウズ将軍か!」


 心配する数ではないと安堵していたら、アーバンが声を荒げた。

 ちらりと後ろを見ると驚愕という表情だ。


「知り合い?」

「セーヌー公爵家で最も有名な将軍だ。かの領地の守護者にして権力としては公爵に次ぐ。それが先頭を走っておる……どういうつもりだ?」


 えっと思って、もう一度地上を見た。

 騎馬兵は勢いを失うことなく橋に向かっている。橋を渡るつもりだ。リーリの鞭をものともせずに。

 数では、こちらが圧倒的に多い。しかし、敵はひるまない。

 リーリの鞭を受け止めている騎馬兵がいる。一瞬だけ姿を見せる巨大で長方形の盾、あれが鞭を完全に無力化している。


「鉄壁にして巨壁! あれがグラウズだ。あれが寡兵で街へと進むか……不気味すぎるが、さて」


 地上を見下ろすアーバンの目つきは、普段とは大きく違って、鋭かった。

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