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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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爵位の価値

 テントから少し離れた場所に、対峙する公爵とスティミス伯爵。

 泥だらけのスティミス伯は、ゆらりと上体を起こす。

 後ろ手に彼を縛る鎖がジャラリと音を立てた。


「クカカ、まぁ、お前とは少し話をしてみたかった」


 にらみから一転、スティミス伯が笑う。


「ほぅ。私はお前に伝えることがあるだけだったが……なんだ? 言ってみろ」

「世界は変わらぬ。三公八伯の形は維持されるし、現体制は続く。それが世の人々の望みだからだ。小娘、お前のそれは、ただのわがままだ」


 ニヤリとしたとした笑み。ぞくりとした。あきらかな悪意がみえた。


「人々の望み? どこが?」


 公爵がよりいっそう顔をけわしくする。握りしめた彼女の手からギュッと音がなった。

 それから一歩、二歩と、公爵は歩みを進める。スティミス伯に近づくと、冷ややかなな顔で彼をにらみつけた。


「スティミス伯よ。今の体制は限界を迎えつつある」


 公爵が怒気を込めて言い放つ。彼女の声は止まらない。


「跋扈する盗賊、蔓延する官吏の不正。世は乱れている。王朝の失策で、すでに取り返しがつかない。無様に続く王家は虚構の繁栄が欲しくて、爵位を売りさばいた。はした金欲しさのために。いま、どれだけの公爵がいる? 伯爵は? 男爵は? 世界はめちゃくちゃだ」

「クカカカカカカ」


 スティミス伯が高笑いした。

 心底公爵を馬鹿にした態度だ。

 状況的には、圧倒的に悪いはずのスティミス伯が自信満々で、いやな予感がする。


「で? まぁ、おまえの言うとおり、爵位は増えた。身分の序列は壊れている。下克上……というべきか? 盗賊が次の日には伯爵位を手にして税を取りたてることもある。だが、どうした?」

「世の乱れは決定的だ。すでに王ですらコントロールできない。無実の人が意味もなく投獄される。罪人が堂々と街を歩く。道徳も法も失われた。規律を失った国は、滅びるだけだ」


 公爵の言葉をきいて、ボクがのんびりと賢者の塔ですごしている間も、世の中は悪くなる一方だったと思い知る。

 確かに、監獄にいた人たちは普通の人ばかりだった。善良で、そして弱くて。


「だからお前が動いたと? クカカカ、それでも三公八伯は変わらぬ」

「変わる……はずだ」

「ちょっと領地の境を越えて攻めた程度で? クカカカ」

「始まりなんだ」

「我らの爵位は、同じ公爵でも伯爵でも違う。そう、小娘! お前の公爵位を、ソレル公爵という地位を金で得られるか? 無理だったろう? だから、殺した、父も、兄弟も! そう、お前より遙かに年下の子供すら!」


 二人を取り巻く兵士達の表情がこわばった。

 少し雰囲気が悪い。


「違う」


 公爵が一歩下がった。

 わずかばかりよろめくように。

 縛られ泥だらけで跪いているだけのスティミス伯が、公爵を言説で押していく。

 老獪。

 そんな言葉が頭をよぎる。


「違う」


 公爵の声が小さくなって、スティミス伯から彼女は目をそらした。

 その瞬間だった。


「まずは、ワシを縛る物だ!」


 スティミス伯が叫ぶ。

 直後、ぬるい風が吹いた。

 そしてスティミス伯の背後に巨大な蛇の頭が出現した。

 続いて胴体がユラリと揺れる煙のように現れていく。

 全体が半透明で、大きく開けた口はボク達が食事していたテントとほとんど同じ大きさ。

 あまりに巨大な体躯は、物も人も突き抜けている。実体はないようだ。

 そして蛇が大きく息を吸い込みだした。

 洒落にならない強い風を蛇が飲み込む。

 ゴゥという音がなる。


「取り押さえろ!」


 叫ぶ公爵と、立ち上がるスティミス伯。

 彼の背後にいた兵士がとりおさえるべく動くが、立ち上がったスティミス伯は殴り飛ばし、返り討ちにした。

 いつのまにか、彼を縛っていたはずの縄や手かせが無くなっている。


「形勢逆転かな」


 笑うスティミス伯は、公爵に一歩近づいて手を伸ばす。

 公爵が対応すべく腰に下げた鞭に手を伸ばしたが、彼女は鞭を落としてしまった。


「油断したなぁ、小娘!」


 大声をあげたスティミス伯が公爵の手をつかんだ。


「力が抜ける……合唱魔法か!」

「クカカカ! 立場が逆になったなぁ! ワシと一緒に来てもらおう!」

「来る?」

「次は公爵だ! ワシごと飲み込め!」


 スティミス伯が叫んだ。蛇の目が怪しく輝き、スティミス伯と彼に腕を捕まれた公爵が一瞬で蛇の口元へと引きずられた。

 次の瞬間には蛇に飲み込まれる。そんな距離。


「リーリ様」


 誰かが叫んだ。

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