競売
「セリ?」
振り返ってみると、少女が立っていた。
軽装の騎士姿の女性。こげ茶の挑発に、赤い目、深く青い服と腰あたりまで伸びたマント、腰には大きな金属製の輪が提げている。
整った顔立ちに、ジトっとした目つき、目の下の酷いクマ。それらに眼光の鋭さが加わって怖い。
「上空にいたらしい。一斉に降りてきて、あっという間に囲まれた」
声の主を観察していると、テントの入り口近くでクィントスが両手をあげて苦笑していた。
お手上げって様子だ。
彼の背後に軽装の騎士が数人ほど立っている。
磨きこまれた金属製の肩当てには共通のエンブレムが描いてあった。
おそらくテントの外にはもっといるのだろう。
「害する気は無いぞ。最低限の話をしておきたいだけだ。そう、害する気はない。むしろ、お前たちを歓迎するための宴の準備もしているくらいだ」
少女は、話しながら腰に下げた金属の輪っかに手をやる。
継ぎ目のない金属の輪に文字が刻まれている。ステルウォランス……と書いてある。
呟いて、その正体に気が付く。
神の芸術品とまで呼ばれる武器ステルウォランス。
ソレル家の家宝として有名だ。
家宝を所持、ということは彼女がソレル公爵ってことになる。
あまりに若すぎるが、それはいったん置いておこう。
「それでセリっていうのは?」
話の流れから、セリーヌ姉さんと公爵の取り引きの話のはずだけれど。
「ジル・オイラスが向かっている先を教えるから研究費用を出せとな。スティミス伯にも話をしている……どちらが大金を積むのか楽しみだと申していた」
セリって、競売とか……競りのことか。
「ん-んーんー」
うめき声をあげるセリーヌ姉さんを見やると、何かを必死に訴えようとしていた。
「さるぐつわを外しても?」
『パァン!』
セリーヌ姉さんの口元で小さな破裂音がなった。
一瞬だった。
ソレル公爵が素早い動きで鞭をふるったようだ。
腰に下げていた輪が一瞬だけ鞭に変化して、それを振るった。
見覚えのある打撃だった。ズィロとの戦いで見せた打撃。あの鞭によるものだったらしい。そうであれば、ズィロの言動にも納得がいく。
「ジル君! 私は味方だ! だまされたんだ!」
さるぐつわが外れたセリーヌ姉さんが叫んだ。公爵は、さるぐつわだけを破壊したらしい。あの鞭って、すごい精度の攻撃だよな。
「だまされた?」
「食べものに薬を盛られたんだ! 上手くいったから祝杯を挙げようって、その祝杯に!」
「確かに薬は盛った。ジル・オイラスの身柄を自らの研究費用のために売った……そのやり様が少々腹立たしかったのが理由だ」
「売ったりなんてするわけないじゃないか! ジル君はもちろん私を信じてくれるよね?」
真偽か。
ソレル公爵の本意は読めない。対してセリーヌ姉さんとは賢者の塔でのやりとりでなんとなく思考が読める。
僕は昔のことを思い出していた。賢者の塔での生活を、セリーヌ姉さんとの思い出を。
――ジル君! あとは任せた!
なんか押しつけられたことがあったな。
――ジル君、君ならできるよ!
わけのわからない研究に巻き込まれたな。
――いやぁ、ジル君なら大丈夫かなってね。
魔物の群れに置いて行かれたことが……あれ? ロクな思い出がない。
……うーん。
「ところでセリーヌ姉さん、祝杯って、なんの祝杯だったの?」
「へ? 祝杯?」
「さっき言っていたでしょ? 祝杯に薬を盛られたって?」
少し気になっていたことを訊ねる。
「取り引き成立の祝杯だ。3千レセタでジル・オイラスの身柄を私が買った」
質問にはソレル公爵が答えた。3千レセタ……そこそこの大金だ。多すぎもなく少なすぎでもない。研究費用としてみると、生活費込みで現実的な金額だよな。
『ピィーピョピョロリー』
セリーヌ姉さんがボクから目をそらして口笛を吹く。
おびき出されたってことか。ボクを売ったのは間違いないらしい。
「姉さん……」
「できるだけ安全に合流したかった。その点では、彼女は、確かに、しっかりと仕事を果たしてはくれた」
ソレル公爵がひややかな視線でセリーヌ姉さんを見て語る。
しっかりとした仕事か。
確かに迷いなく誘導してもらった。そして、途中の援助物資は助かった。あれがなければ、どうなっていたか……。
「競りってのは気になるけれど、でもセリーヌ姉さんの手配……特に物資は嬉しかったよ」
前向きに考えるべきだよな。
「物資……物資、あぁ物資か、もちろんだよ。ジル君のことが心配だったからね」
ん?
「ところで何であんな物資を選んだの? お酒とか?」
疑念がわいたので、物資のチョイスを深堀してみる。
「オサケ……お酒って、あぁ、ほらジル君、お酒が大好きだったからね」
あれ?
「祝い事くらいでしか飲んだことないけど……」
疑念が強くなっていく。
「移動している人員とその構成から行軍に必要な物資を用意した。彼女は回復薬が少しあればいいと言っていたが……それより分け前を増やせと言っていたが……足りないだろうという判断だ」
背後から公爵が言った。
スックと立ち上がったボクは、セリーヌ姉さんを冷ややかに見下ろす。
「どういうことだ? セリーヌ……」
「プ、ヒーピィーピー」
ボクの冷たい視線に、セリーヌ姉さんは視線を外して口笛を吹いた。
「回復薬が少しって……」
「あーそうともさ!」
苦言を呈しかけたボクにセリーヌ姉さんが勢いよく啖呵を切って語りだす。
「確かに研究費用を稼ごうとしたとも! チャンスがあれば飛びつくさ! だいいち、ジル君は手助けなんてなくても大丈夫だと思ったんだ! だったら、うまいこと利用して研究費用を稼いでもいいだろう!」
開き直りやがった。
「よくないよ」
「あーそうかい、そうかい。薄情者め! わかったよ! 全部、私が悪いよ! 空が青いのも、海が綺麗なのも全部私のせいさ! もう、煮るなり焼くなり好きにしろってんだ!」
す巻き状態の彼女はジタバタともがきながら子供みたいなことをいいだした。
これ、どうしよう。
なんだか真面目に相手をするのがめんどくさくなってきた。
ひどい目にはあって欲しくはないしなぁ。結果的に助かったわけだし。
「助けてもらえませんか?」
しょうがないかと自分に言い聞かせることにした。
「お前たちを金儲けの道具にしたのだぞ」
「結果的には助けられているので」
なんか見捨てると寝覚めが悪いし。
「それがお前の選択ならば、尊重しよう」
パチンパチンと軽い音がして、セリーヌ姉さんの縄が切れた。
「さすが私の後輩。助けてくれると信じていたよ」
縄が切れたとたん、バサリと彼女に巻き付いた絨毯を振りほどいてセリーヌ姉さんが立ち上がった。
それからテーブルにあった料理を指でつまむ。
さっきまです巻きにされていたってのに、遠慮がない。
そうだった。
こういう人だった。調子だけはいい。
あれ?
ここの料理ってなんの為の料理なのだろう。
「ジル君も食べれば?」
「食べる?」
「だって、これ、公爵様がジル君をねぎらうためのごちそうなんだからさ」
セリーヌ姉さんは、モグモグと食べながら軽い調子で言い放った。




