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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
56/101

灼熱の矢

 森の中で嗅いだ焦げた匂い。最初は気のせいかと思った。

 しかし、それは熱風が来た方角に見えた赤い光で確信に変わる。


「火事?」


 クリエがボクをみた。


「ズィロだ」


 異常なスピードで広がる火の手を見て確信する。

 あれは自然現象ではない。単純な放火でもない。

 魔法による放火で、しかも火の広がりようから高度な技術が垣間見える。


「キッ、キキィ」


 唸った小猿はクリエの側から離れた。そして今にも逃げ出しそうにこちらをチラチラと見ながら、燃える森とは逆方向へと進んでいく。火に怯えてしまったのだろう。


「ズィロめ、俺を動かすことで場所の特定をするつもりか」


 目を細めたフェンリルが唸る。

 幻獣は自然現象を司り、災いとも言える力を行使する反面、度を過ぎた災害には本能的に立ち向かう。

 それは女神より託された約束らしい。ズィロはそれを利用するつもりだ。幻獣として、度を過ぎた災害……この場合は異常なスピードで進む山火事にフェンリルをかり出そうとしている。


「囮になることにするよ」

「え? ジル?」

「ボクが囮になるよ。フェンリルと一緒に。クリエ達は先にすすんで」


 すぐに方針を決めた。

 フェンリルは山火事を消すために動くだろう。ズィロは消化地点から、ボク達の位置を割り出すつもりだ。

 だったら、迎え撃てば良い。ただし、ボク一人で。


「ジルは?」


 不安げなクリエに笑ってみせる。

 正直いえば、少し身体はだるいけれど、大丈夫だろう。


「ボクはフェンリルと一緒にいるよ。ズィロはフェンリルの……世界の守護者たる役目を利用するつもりだ。森を過剰に焼いて、鎮火に動いたフェンリルの動きから、こちらの場所を見つけるつもりだ」

「そこで待ち構えるってことか?」


 ビカロがボクを見た。


「まぁね。姉弟子との合流地点で鉢合わせるのも面倒だ。待ち構えて……ケリをつける」


 フェンリルの背から飛び降りて、皆を見送る。

 そして燃え上がる森へと近づいて行く。静かに歩みを早めるフェンリルに合わせて移動速度はゆっくりと増していく。

 それはフェンリルが足と止めて、大きく息を吸い込む直前まで続いた。


『ゴォォォォォォ……』


 チリチリと放たれる熱で皮膚が痛くなるほど燃える森に近づいたとき、フェンリルが吹雪を吐いた。

 氷のブレスは凄まじい勢いで火を消していく。火をけし、真っ黒く炭化した木を凍らせていった。

 赤から白へ、景色が変わっていく。森の木々を焼いていた火が消えていく。

 流石は吹雪を司る幻獣。得意分野では圧倒的だ。


「人の住む土地は、意外に狭い」


 男の声がした。

 白い景色のなかから人が歩いて近づいてくる。ズィロだ。

 火の熱さから一転、氷の寒さの中で、薄手のシャツを羽織ったズィロは場違いに見えた。


「ズィロ」

「森は深く広大で、人が隠れると探すのが大変だ。にしても、幻獣は大変だよなぁ。罠だと分かっていても動いてしまう。獣のさがってやつはどうにもならない」

「お前は俺をも敵に回す気か?」


 フェンリルがすごんで見せた。


「覚悟はしてんだが、昔のよしみで見逃してくれるか? フェンリル」


 睨むフェンリルに対しズィロが笑って答えて、パチンと指をはじいた。その直後、遠くに見えた火が消えた。


「火を消すことも自在とはな。だが、許すかどうかは、理由次第だ」

「あぁ? 理由なら言っただろう? 王の命令、あの……クリエという娘を殺す為だって。秩序の為だって」

「それだけではないだろう」

「まっ、目的を果たした後で教えてやるよ」


 フェンリルから目をそらしたズィロが言った。まるでボクらに興味がないように、彼は自分の手をひらをみつめている。


「ところでクリエならいないよ。ボクも、フェンリルも皆の居場所を言うつもりはないけど……残念だったね、ズィロ」


 ボクは自分の役目を果たすことにした。

 彼の注意を引いて戦い、ここでケリをつける。


「それなら大丈夫だ。あの娘の居場所はわかっている。ここに来たのはフェンリルにわびるためだ」

「どういうこと?」


 ズィロは両腕をグッと動かして弓を引く仕草をして言葉を続ける。


「松明、松明の火だよ、ジル坊。俺は燃やすことが好きで、火を極めるべく研究を続けている。遠くの火であってもよくわかるようになった」

「それってまさか?」


 森は暗くなっている。真っ暗闇というほどではないけれど、急いで距離をとるために明かりを欲したとしても不思議じゃない。

 クリエ達は松明に火を灯して、それを明かりにしてズィロはその火を探知した。

 その状況でズィロがボクの前に姿を現したのは……。


「今頃、スティミス軍に囲まれているころかもなぁ」


 ズィロが勝ち誇るように言う。


「教えなきゃ」


 ボクはクリエ達の方に顔をむけて、両手を動かし詠唱印を組む。使い魔となったルルカンに服従と同調をかけて、松明の火を消すように伝えなくては。


「ジル坊、罠だ!」


 あせるボクにフェンリルが言った。


「え?」

「そっちか。悪いなジル坊」


 ズィロが矢を放つ仕草をすると、何も無かった彼の手元に真っ赤に輝く矢が出現してボクが視線をやった方向に飛んでいく。

 矢は、途中にあった木々を貫通してあっという間に見えなくなった。


「騙された!」

「さすがに松明の場所なんて探知できねぇよ。出来るのは、炎を凝縮してあらゆるものを貫く灼熱の矢を放つくらいだ」

「ズィロ」

「大した事が出来なくて悪りぃな」


 言いながらもう一射。ズィロの言葉通り、彼の放つ矢は木々を貫いて飛んでいく。

 方角が合っているだけのデタラメだとはいえ、当たる可能性はある。いや、当たるという確信があるからズィロはボクを無視して攻撃しているのだ。


「させない!」

「他人を守った経験が乏しいと大変だなぁ」


 追い縋るボクと、ボクの攻撃を避けつつ魔法の矢を放つズィロ。小競り合いが始まった。

 ボクは身を挺して攻撃を阻止しようとするが、灼熱の矢はあらゆるものを貫いていった。防御魔法も、ボク自身の身体も、それを防げない。


「ゴホッ」


 何度も矢の攻撃をうけて、咳き込んだボクは血を吐いた。

 さらには足がもつれてしまう。


「お前にしては良くやったよ」


 しゃがみ込んだボクをズィロが見つめた。


「まだ負けてないよ」

「万全のお前だったらそうだけどなぁ。お前は自分が思っている以上に疲弊してんだよ。俺の見立てでは、2割くらいか……だから勝てない。この程度の策に振り回される」

「多少疲れていても、気合いでなんとかするよ」

「気合いとか、アホらしい。ところで、あの娘やそれに従う一団……お前はどうするつもりだ? お前一人では限界があるのは、このとおり、証明済みだ」

「別にズィロには関係ないだろ?」

「まぁな。だが、この場をしのいだ後が気になっただけだ」

「一人でなんとかするつもりはないよ。対策は考えている、クリエが安心して過ごせるようにするための、計画が、計画があるんだ」


 弓を引き絞るポーズでズィロがボクを見下ろしている。弦を弾いた仕草をする彼の右手に、赤く輝く矢が出現した。ボボボッと燃え盛る音を立てた赤い矢じりはボクを狙っていた。

 まばゆく赤い光に照らされたズィロの顔つきは険しい。

 彼はどう思っているのか知らないけれど、ボクはまだ動ける。だけど問題はその先だ。逃げつつ矢を放つズィロを止められない。


「計画?」


 ボクが次の手を考えていると、ズィロが首を傾げつつ言った。

 彼の興味を引いたようだ。

 おもわず計画があると口走ったが、ズィロの気を引いたのなら計画の話を続けよう。苦し紛れの言葉だったけれど、先のことは考えてはいたのだ。

 答えが出ていないだけで……。

 ソレル公爵を頼って、セリーヌ姉さんを頼って……その先。

 どうすればいいのだろう。

 しかも、ボクの人生には期限がある。あのパーカーの男が言った10年の期限。


「クリエが無事に過ごせる場所をつくるよ。三公八伯、王様、そんなのに困らない場所を」


 それは漠然とした思いを口にしただけだった。

 でも、自分が納得できる答えだった。


「それは、まさか……」


 あっけにとられた顔でズィロがつぶやく。

 そして、それは、そんな時に起きた。


『ズドォン』


 目の前で、ズィロが立っていた場所で爆発が起きた。


「まさか! ソレル公爵! 本人か!」


 バックステップで攻撃を避けたズィロが空に顔を向けて叫ぶ。


『ズドォォン』


 さらに爆発がもう一度あって、それが上空からの攻撃だと気がついた。


「なんで、こっちに来てんだ! スティミスの奴らはどうしたんだ!」


 叫ぶズィロに対して攻撃が続く。

 何度も続く攻撃を見て、上空を飛ぶ飛竜が何かを投げて攻撃をしているとわかった。

 威力と精度が凄まじい。魔力の破裂を感じないことから、名のある武具だろうと判断する。

 ズドンズドンと攻撃は地面を抉り、土や木の葉をまき散らした。

 ズィロの注意はボクから外れて上空に注がれている。彼は予想外の事態に焦りを見せていた。


「助かった……のか」


 ボクは意外な援軍に息を吐いた。

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