公爵は賢者を殺した
ソレル公爵を頼るという発言をしたボクに皆の視線が集まった。
ある人はギョッとして、ある人は固唾を飲んで。それぞれが自身の考えを持ってボクの言葉を待っていた。
クリエはよくわからないといった感じで首を傾げている。
「敵の敵は味方って言うだろう?」
あたりを見回しながら答える。
さらに、努めて自信満々に言葉を続ける。全員が疲弊している。その中で、僕の計画が勝率の高いものだと受け取って欲しい。
不安を胸に抱いたまま動くのは良い結果をもたらさない。
だからボクはわずかに笑みを浮かべて説明する。
「監獄での騒動以前からソレル公爵はスティミス領を攻めていた。小競り合いではなく、スティミス伯を潰す規模の進軍だ」
クィントスがウルグをチラリとみた。ウルグは頷きをもって答えていた。
異論がない中、さらに言葉を続ける。
「王と三公八伯が世界を統治している……この状況に異を唱えるのは、現体制への挑戦。王との軋轢も視野に入れているはず。それなら手を組める可能性は高い」
「なぜ貴方は手を組めると断言できるのか?」
「現体制を否定するためには、新王の擁立が必要だからだよ」
王を名乗るだけでは統治はできない。民衆も神官達も、証しを持たない者を王とは認めない。女神が人の世を統治するために与えた力。聖王の力を持つ者でないと王にはなれない。
「ジル殿は、ソレル公爵が新しい体制を目指していると?」
ウルグが目をしばたたく。
声に怯えが見えた。
「野心がなければスティミスを攻めなんてしない。そして、野心があるならクリエを擁立するか……匿うとおもう。保険として、いずれ世界に覇を唱える時のためにね」
しばらく沈黙が続いた。ボクは努めて優しく言う。
「選択肢の一つだよ。セリーヌ姉さんの提示する案が良いものだったらそちらを採用する」
疲労したボクの頭で考えるより、ずっとクリエにとって良い案かもしれない。
口にはしないが、ここにいる人たちの協力がいつまで得られるかわからない……とボクは考えている。
クリエの見せた聖王の力……その片鱗を間近にみてのぼせている可能性だってあるのだ。
もしそうなら、その熱気は時間の経過とともに消えるだろう。
「理解した。良い案だと思う。その方針に従おう」
顎に手をやって思案していたクィントスがいう。他の人も異論は無いようだ。心なしかホッとしている人が多い。
難しい顔をしているのは2人。ビカロと、ウルグだけだ。
そのビカロが「一ついいか?」と口を開いた。
「いいよ」
「ジル・オイラス。お前は、ソレル公爵がどういう人物なのか知っているのか?」
「正直言えば、あまり……。プライドの高い気難しい人ってことくらいしか知らない。でも、統治は安定していて実力はある人で、なおかつ今回の行動から野心がある人物だとは判断できるよ」
「違うんだ」
ボクの答えを聞いてビカロが首を振る。
「違う?」
「お前が言っているのは先代だ。今の公爵はそれとは別人だ」
「代替わりした?」
「それも穏やかでは無い流れでな。ずっと内戦状態だったらしい。そして親族全員を皆殺しにして戦いをおさめ後を継いだのが、今の公爵だ」
ビカロの言葉に、ウルグとクリエ以外の全員が驚く。
「ジル殿が知らないのも無理はない」
ウルグが皆を見渡してから言葉を続ける。
「公爵家はまだ正式に発表していないのだ。私が知っている事はこうだ」
ゴホンと咳払いしてウルグが続ける。
「2年前に公爵が亡くなられた。何かの病だったそうだ。そして後継者を指名しなかったという。ゆえに、後目争いが勃発した。血で血を洗う酷い状況になって、それを武力で制したのが今の公爵だ」
少しだけ納得がいった。
何の理由もなしに戦争は起こらない。代替わりして、野心をもった人間が公爵領を継いだというのはおかしくない理由だ。
内乱を治め、その勢いのままスティミスに進軍したということだろう。
「それから……公爵は、敵対した賢者を全員殺したらしい。それでも、ジル・オイラス、お前はソレル公爵を頼るのか?」
ウルグの後をつぐようにビカロが口にした言葉にざわめきが起こった。
そしてクリエがボクを見つめる。
ボクは兄弟弟子の全員を知っているわけではないけれど……。
公爵によって殺された人の中に、知っている人がいたら嫌だな。
「結論は変わらない」
それでもボクは即答する。
自分かわいさのため、計画を歪める気は無い。最優先はクリエの安全だし、次点でクリエについていく囚人達の安全だ。
ボクは自力でなんとでもできる。その自信をもって言葉を続ける。
「交渉はするよ。ボクだって死にたくは無いしね。でも、皆の安全が保証されるのが最優先だよ。公爵がボクの命を狙うっていうなら……その時は逃げるよ」
理由があるはずだ。普通に考えたら敵対勢力に賢者達がついたということだろう。
情報が欲しいな。
「それにしても、ビカロって情報通だよね。ずっと独房にいたのに」
「ウルグさんの伝言を伝えるために、脱獄してスティミス領へ行ったときに情報収集したからな」
ビカロは何でも無いことのように言うけれど、時間的な余裕は無かったはずだ。
治療もできるし、本当に多彩だよなこの人。
「ちなみに公爵について他に知っていることない? 公爵以外でも、今の役に立ちそうなこと」
「話題は公爵が攻めてくる話で持ちきりだったから、他に有用なことなんてなかった。公爵の事も、公爵領の皆の口が堅いらしい。それで分からないことだらけだったしな」
「それは悪い情報じゃないよ。ビカロ」
ボクは笑う。情報統制ができているのは悪いことではない。それは公爵の理性と統治能力を証明している。内乱による混乱を公爵は綺麗に治めたわけだ。
優秀な人であれば交渉は……できるだろう。
「さて、方針は決まったし、まずはセリーヌ姉さんの援助に期待しよう」
ボクはパンパンと手を叩いて宣言すると、ゴロリとフェンリルの背に横たわった。




