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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第二章 ラザムの弟子たち
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スプリンクラー

 ズィロがボクを見た時、脳裏に炎が浮かんだ。

 炎はブワリと周囲に広がり、視界が真っ赤に染まった。


「俺はなぁ、心でさえ焼ける。まぁ、しばらく遊んでろ」


 視界を覆う炎の向こう側で、ズィロが言った。

 グワリとめまいがする。

 意識が精神世界に無理矢理に移行していく。


「このままではクリエが……」


 酷いめまいの中、歯をくいしばり、ズィロに飛びかかる。

 だけど、それも予想通りだったらしい。

 ハッハーと楽しげにズィロが笑う。


「やっぱりジル坊はすげぇな。だけど少し足りない」


 飛びかかるボクをヒラリと交わしてズィロが続ける。


「まぁ、アレだ! お前の敗因は、過信だ! 聖女の魔法を代理行使した反動はお前の想像を超えてダメージを残した!」


 笑うズィロに、ボクは彼に肘打ちされて倒れ込んでしまう。


「ジル!」


 クリエが叫んだ。それと同時にズィロが一瞬で彼女へ接近する。その勢いのまま、彼女の顔面をわしづかみにした。


「悪いな。お前の首が必要なんだ。焼くのは心だけ、痛みを感じねぇよう全力で焼い……」


 ズィロがクリエに語っている途中、ボクの心は強制的に自分の精神世界に飛ばされた。

 キャンバス……フローリングの床にノートパソコンが置いてある部屋に。


『ゴォォォゥゥゥ……』


 炎が不気味な音を立てていた。フローリングの床が燃えている。

 精神攻撃を受けているのだ。この炎を消さなければ、ボクはまともに現実世界で戦えない。

 キャンバスに異常が発生している間は、現実へ意識を持っていけない。

 だけれど、対処手段は限られる。

 この手の精神攻撃は、キャンバス内にある品物で対処しなければならないのだ。

 今回であれば、火を、室内にあるもので消さなくてならない。キャンバスはその人の生き様によって作られる。火があるからといって、消化のための品を即興で用意できない。


「転がって……自分の身体で消すしかないかな。かなり間抜けな話だけど……」


 投げやりにぼやいたときだ。


『ジリリリリリ』


 ベルの音がキャンバス内に鳴り響いた。

 そして直後、雨のように水が降り注ぎ火を消していく。


「ひょっとして、ベルの音は火災報知器で、この水は……」


 いやいや、考察は後だ。

 すぐに現実へと意識を戻さないと。

 目を細め、意識を戻すと、横たわったクリエをズィロが見下ろしていた。


「どういうことだ。魔法が効かない? 聖女の力か……検証が必要か……」


 彼は目を細めて、何かを考えていた。

 注意はボクに向いていない。考える事に夢中だ。

 チャンスとばかりに彼の背後から殴りかかる。


『ガッ』


 ギリギリでボクの拳をズィロが受け止めた。

 本当にギリギリ。惜しすぎて、ボクは「チッ」と舌打ちする。


「危ねぇな。復帰が早えだろう、ジル坊!」


 驚愕した表情でズィロが放った言葉と共に、狭い室内で格闘戦が始まる。


「どうやった? 死なねぇように手加減はしたが、すぐに戻れるほどじゃなかったはずだ」

「魔法がショボいんじゃないのか?」


 殴り合いは続く。お互いに決定打が放てないまま、ガッガッという鈍い打撃音のみが響く。

 膠着状態はしばらく続くと思った時だ。


「ようやく隙を見せたな」


 ズィロの背後にビカロがいた。彼は逆手にもったナイフをズィロの首筋に這わせる。


「お前は全力で焼いた筈だ!」

「黙れ!」


 怒りの形相をしたビカロが、ナイフでズィロの首をかっさばく。

 コポリと音がした。そしてズィロの首から血が溢れる。


「グッ」


 ズィロが首を押さえる。彼の指の隙間から赤い血が漏れて床にポタポタと落ちた。

 そんな状況のまま、ズィロはヨロヨロとボクの脇をすり抜けて窓まで進んだ。

 だけれど彼はそこで力尽きたようにへたり込む。

 ズルリと壁に背をつけて、うなだれて。


「俺の心に火はつかない」


 ビカロが言った。

 彼はナイフをお手玉するように持ち替えて言葉を続ける。


「俺は晴れた日が嫌いで、キャンバスにはいつだって雨が降っている」

「なるほど……、で、聖女、お前は?」


 俯いたままズィロがクリエと問いかける。

 問われたクリエは両手をついて、ゆっくりと立ち上がる。

 身体はフラついていたが、顔をあげた彼女の目はしっかりしていた。


「私のキャンバスに火はつきませんでした。何処までも続く真っ白な世界は火を排除するようです」

「で、ジル坊はどっちだ? 雨か、不燃物か?」


 結構苦しそうなのに、ズィロの興味は魔法が効かなかった理由にあるようだ。

 学者肌のズィロらしい。というか大抵の賢者はそうなんだけど。


「スプリンクラーだ」

「は?」

「最初にベルが鳴った。すぐに気がついた。あっ、これ、火災報知器だって」

「あ? 何を言っている?」

「それから、雨のように水が降り注いだ。そこでふと思ったんだ。あっ、スプリンクラーだって」

「だからなんだって聞いているんだ! なんだ、スプリンクラーって、答えろ」


 ズィロが怒鳴った。相当イラついている。


「スプリンクラーってさ、結構、お金がかかるんだって。水を通す送水管が必要だからね」

「わざとか?」


 ズィロがチラリと顔を上げて言う。ボクがなかなか本題に入らないので怒っているのだ。これは……予想通り。ずっと馬鹿にされていたから軽いお返しだ。


「多少はね。スプリンクラーってのは、消火する装置だよ。ボクのキャンバスには、火を消すための仕組みが備わっている。そう、スプリンクラーがある限りズィロの魔法は効かないんだ!」

「ざけんな! なんでピンポイントで俺の魔法が対策されてんだよ!」


 口から血を飛ばしつつズィロが叫んだ。

 悔しそうな様子だ。


「残念だったね」

「で、そのスプリンクラーってのも前世の知識から来ているものか?」

「多分ね」

「そうか……。お前はともかく残り二人の対処法を知れたのは悪く無い」


 やられっぱなしだった仕返しをしたつもりだが、なんだか妙だ。

 激高し感情的になったはずのズィロは、すぐに真顔になった。いや微笑んですらいる。

 どうしてコイツ……こんなに余裕なんだ?


「おいっ! 増援だ!」


 ズィロと話をしていると背後から大声がした。

 振り返ると出入り口そば、クリエの背後に男がいた。筋骨隆々な男のうち、長髪の方だ。

 彼は敵が増えた事を訴えている。

 まずい。

 先ほどは50対400の戦いだった。400の兵は、処刑釘の魔法で混乱させたってのに、増援があれば力を取り戻してしまう。

 ズィロはビカロにまかせて、外の軍隊を叩かないと……。


「増援? 800の?」

「そうだ! ビカロ! もう持たない! 籠城か逃げるかだ!」


 すでに対処は検討済みか。

 だけど籠城しても後は無い。ボロボロの塔では長持ちしない。だから、いままで戦える人は外で戦い、塔は治療と休憩に使用していた。

 逃げるか?

 いや、厳しい。ボクが軍を叩いて、ビカロがズィロを押さえて、それから……。


「おおぉぉぉぉ!」


 考えていると、外から歓声があがる。

 そして。


「さてと」


 ズィロがスッと立ち上がった。彼の首元は黒く変色している。喉の傷は焼いて塞いだようだ。


「弱っていたのは芝居?」

「あぁ。ジル坊をここに足止めするための芝居だ」


 二ヤリと笑ったズィロは言葉を続ける。


「建物は、その完成をもってある程度の魔法耐性を持つ。だけど、破損すれば耐性は失われる」

「何をするつもり?」

「こうやるんだよ」


 ズィロはパンと壁に手をつけた。その直後に、彼の手を起点として壁中に火が広がる。異様なスピードで部屋が燃えていく。


「皆、逃げろ!」


 反射的にボクは叫ぶ。


「さぁ、ジル坊、どうする? 建物は燃えて籠城は出来ない。外にはスティミス軍が待ち構えていて娘を狙う。当然、俺も娘を殺すつもりだ」


 ズィロは窓から外へ飛び出す。


「俺と戦って、軍が娘を殺す結果か! 軍をジル坊が押さえている間に、俺が娘を殺すか……好きな方を選ばせてやるよ!」


 外に飛び出たズィロが叫んだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 形勢逆転したとたんに饒舌に喋りだしてひっくり返されてまた窮地! よくあるやつですね。 前門の虎後門の狼、さてどうする
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