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獄中賢者は侮れない  作者: 紫 十的@漫画も描いてます
第一章 聖女を見いだす
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閑話 その馬車は何処までも続く

 王の寝室は明るかった。

 三人の女性を侍らせた王は、ガシガシと銀の髪をかいて客人を見やった。

 薄布のカーテンごしに差し込む光に照らされた客人は、厳しい視線を微笑み受け流す。

 客人は金の長髪を腰まで伸ばした男だった。深い紫のローブに身を包んだ男は長身の女性に見えた。それは顔立ちと、金の髪に目立つ青い宝石の髪飾りによるものだった。


「お休みだとは思わず申し訳ありません。ですが、金貨が届いたので急ぎ持ってまいりました」


 ニコリと微笑んだ客人は、手をサッと伸ばした。

 開いた手には折りたたんだハンカチがあって、客人がハンカチを開くと中には金貨が一枚乗っていた。


「フンッ。これが……例の金貨か」


 ベッドに腰かけた王が金貨を手にして言った。

 金貨は親指と人差し指で作った輪にすっぽりとはまる程度で、世で使われる一般的な大きさのものだ。だけれど、金貨に刻まれた刻印は、今よりもはるかに古い時代のものだった。


「左様です。やはり我らが師ラザムは黄金をかくしていました。ジル・オイラスは塔の守り人だったことは確定しましたし、監獄へ送ったこと、つまり王の差配も正解となります」


 客人の言葉に、王は目を細め、寝室で横たわる女性達はのそりと動き金貨に視線を送った。


「どの程度あった?」

「仔細はまだ……十億枚あたりで数えるのを諦めました。全て搬出するには、あと3か月は要しましょう」

「よくも隠し通したものだ。あの師匠に相応しい大罪だな」

「誠に。ところでウエルバ監獄での話は聞かれましたか?」

「聖王の力を発揮した娘がでたらしいな」


 王は不快感をあらわに吐き捨てた。女性たちはのそりと王から距離を取った。


「はい。黄金の武器を雨のように振らせて周囲の魔物を一掃したそうです」

「ソレル公、セーヌー公、両公の者も空から見届けていたそうだ。圧倒的な輝きは、すでに俺をしのぐと……セーヌー本人が嘲笑いおったわ!」

「左様ですか。手を打ちましょうか?」

「すでにズィオに命じた。スティミスからの援助要請に答える形で、娘を殺せと」

「さすがは王、対処が速い。ジルとズィオ……ラザムの弟子同士で殺し合いにまりましょう。悲しいことです」

「心にもない事を。金貨の件は引き続きまかせる……ギースボイド」


 王は不機嫌をあらわにして手を振り払うような仕草をした。

 客人……ギースボイドは静かにお辞儀をして無言で王の寝室を後にする。

 彼はそれから一人でゆるゆると王城を進む。

 すれ違う者は皆が道を譲る。そして全員が恭しく頭を下げた。


「偉大なるギースボイド様……と」小声で囁きながら。


 それは、ある男女の集団も同様だった。

 近づいてくるギースボイドのため、彼らは通路の両サイドに立って頭を下げる。

 だけど、集団の前をギースボイドが通ることは無かった。

 ギースボイドの姿は消えていた。

 対して集団は、しばらく下げていた頭を上げる。

 それからギースボイドがいないことに気が付いて、互いに状況を語り合った。

 ところがそれも、すぐに終わる。

 その集団は突如として自分たちがなぜ足を止めたのかわからなくなった。

 しきりに首をかしげ、そして歩みを再開した。


『パチパチ』


 暖炉の中で薪がはじけた。

 そこは出口も入り口も無い密室で、深紅の絨毯と赤いソファー、それから鏡のように磨きこまれた小さな木製のテーブルがあった。

 テーブルには瓶と2つのワイングラス、それからビスケットの盛られた皿。

 そこにギースボイドが出現する。


「ヒッヒ、邪魔しているよ」


 無音で姿を見せた彼に、しゃがれた声が出迎える。

 声の主はソファーに深く腰掛けた小太りの男だった。


「予定より遅いです。所長の仕事は忙しかったのですか?」

「興味深い現象を、調べることに時間がかかったのさ」


 男は手の平ほどの大きさの球体を両手でもてあそびながら「ヒッヒッ」と笑う。


「聖王……いや、まだ聖女……それが顕現したことですか?」

「それもあるけれど……」


 そこまで言って男は球をギースボイドへとポイと放った。


「これは?」

「”喰らい続ける泥”のかけらだよ。太古の術師たちは、念のために泥のかけらを球体に退避させておいたらしい。念のためにね。保険だよ。商船が沈んだ時とおなじように、泥が敗北したときに備えてね。ヒッヒ」

「なるほど、だからローベと書いてあると……」


 ギースボイドが球を掲げて表面の文字を読んだ。


「そうだよ。神話の時代の言葉でいうところの”種”さ。ずいぶん稚拙な書き換えがされていたよ」

「ジルでしょう。魔法生物に偽装されていた泥の所有権を上書きした……その正体など考えずに」

「それにしてもだよ。あまりに予想外だったよ。我らは監獄には喰らい続ける泥しかいないと思っていたよね」

「しかし真実は違った……リントブルムがいた。罰を司る幻獣リントブルムが。詳細を教えていただけますか?」


 男はニヤリと笑い、ワイングラスにワインを注ぎながら話始める。


「監獄の地下では”幻獣リントブルム”と”喰らい続ける泥”……その2体が戦い続けていたよ。過去の崇拝者は、かの泥を手助けするために、泥ごとリントブルムを埋めた。そしてズィボグの神殿を作った」


 そこまで言ってワインを口にして、さらに話を続ける。


「延々と二体の戦いは続いていた。神殿によって力を供給されつづける泥と、神殿によって力の供給を遮断されたリントブルム……永遠とも言える時を経て泥が勝利するシナリオだったわけだ。たくらみはほぼ成功し、リントブルムの半身は食われていた」

「ところが、そこに王の血筋の者がいた……ということですか」

「忌ま忌ましいことにね! 何かのきっかけがあって聖王の力が目覚め、リントブルムに力を貸したわけだ。おかげで僕の計画は台無しさ! せっかくキミにジル・オイラスを監獄に送って貰ったのに。泥の餌にできなかった!」


 男はワイングラスを暖炉へと投げた。そのグラスは黒い霧をすり抜けて暖炉の奥でパリンと割れた。

 その様子をみてギースボイドは笑う。


「上手くいかないこともあります。ゲームというのはそういうものです。泥は、欠片ほどとはいえ完全消滅はまぬがれた。それで良しとしましょう」

「ゲームか……勝ち負けでいえば、我々は泥の大半を失ったが……リントブルムを初期化できた。女神の力で復活したとしても、はるか先。一勝一敗ってところだね。良くはないが……」

「えぇ。悪くもないです」

「で、聖王の血を引く娘はどうしようかね」

「私の王は殺すつもりです。すでにズィロが城を出ました」

「えっと……ラザムの弟子で、キミの弟弟子だっけ?」

「そうです。紅蓮の賢者ズィロ。火を研究し、火の限界を目指す賢者です。王は彼に命令しました。きっと聖女を焼き尽くすでしょう。この世に王は二人もいらないということです」


 ギースボイドの言葉に頷いて男は立ち上がった。それからゆるゆると動き、暖炉に薪をくべつづける悪霊を蹴り飛ばす。

 前のめりになった悪霊は、暖炉に身を投げて静かに消えた。


「ところで金貨は? ラザムの……賢者の塔にあったのだろう?」


 暖炉の火を眺めていた男が振り返って訊ねた。


「予定どおりです」


 ギースボイドは男を見返すことなく、別の一点を見つめて答える。

 彼が顔を向けた方角には賢者の塔があった。ジルが独房に入る以前に過ごしていた塔。

 ちょうどその頃、賢者の塔からは金貨が運び出されていた。

 莫大な量の金貨。

 その金貨は王の下へと運ばれる。木箱に詰め込み、馬車によって運ばれる金貨。

 馬車は何台も何台も続く。その列は地平線の果てまで続く。


「最初は眩しかったけどよ。なんか見飽きたっつーか」

「あぁ、わかるぜ。何枚かくすねたけどよ。もう見たくねぇな、金貨」


 かの地で金貨の運搬を命じられた兵士たちは愚痴る。

 いつまでも終わらない金貨の搬出は、兵士たちにとって終わらない重労働だった。

 もっとも、逃げるわけにはいかない。仕事だ。

 だから愚痴を吐きつつも彼らは金貨の搬出に運搬と働き続ける。

 すでに金貨に興味は無かった。十分な量を懐に入れて、隠せる限り隠したから。

 だから彼らは気づかない。箱の中で金貨がパクリと口を開きケタケタと笑っていたことに。

 金貨が互いに話し合っていたことに。

 そんな莫大な数の金貨は、途切れることのないおびただしい数の馬車によって、王の元へと運び込まれていった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] >男は手に平ほどの大きさの球体を両手でもてあそびながら →手の平ほどの >「なるほど、だからローベと買いてあると……」 →書いてある [一言] 読み返していて気付いたのでご報告を…
[良い点] 最初の難関超えて物語が一気にきな臭くなってきた! 王の立ち位置がはっきりしてこれからが楽しみです [気になる点] さすが賢者の塔、金貨すらも仕込みがあると。
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