黄金の槌
キャンバス上で魔法を詠唱し、ボクは現実へと戻った。
黒い衣に身を包んだ金の竜が側にいてボクを睨んだ。
キャンバスで男が言ったとおりボクは死んではいなかった。
黒く泥のような衣から伸びるヤツの手は、ボクのすぐ側に振り下ろされていた。
ヤツの黒い手は地面にめり込んでいた。ぬらぬらと湿っぽく光る黒い手にボクの顔がうっすらと映っている。
こぶし一個分の距離。本当にギリギリの位置に黒い手はあった。
自分が生きている事にホッとし、それから煌めく空に気がついた。
「昼間なのに星?」
青空に瞬く光は流星に見えた。
でも、すぐに光が星ではないと気がついた。
正体を知ったのは、その光が地面に落ちた時だ。
それは太陽の光を反射して輝く黄金の武器だった。
剣、槍、ハンマー、弓と矢、ハルバード、棍棒。多種多様な黄金の武器。
それらが雨のように降り注ぐ。広範囲にわたって降り注ぐ黄金の雨だ。
「おおおおぉぉぁぁぁお」
遠くでストームジャイアントが悲鳴をあげた。
空から降り注ぐ百を超える武器に打ち据えられて、ストームジャイアントは倒れた。
他の魔物も、降り注ぐ武器により次々と倒れた。
武器はキラキラと輝いていた。
その輝きは地面を光で満たし、まるで輝く草原に見える。
「グッグォォォ」
金の竜が呻いた。
ヤツは巨体ゆえに大量の武器を身に浴びていた。首をブルンブルンと振り回し、苦しんでいた。
もだえながらヤツは羽を広げる。ブチブチと音をたて黒い衣が破れ、ジワリと巨大な羽が展開して大きな影を作った。
羽を広げ逃げるつもりだ。
だけれどそれは叶わない。
広げた羽に武器が何本もぶち当たり、風穴をあけたのだ。
『ズゥゥゥン』
地響きをたてて、飛ぶことに失敗したヤツは横転した。
そこに近づいて行く人影があった。
「ク……リエ?」
静かにクリエが近づいていく。ヤツの頭に向かって静かに歩いていく。
彼女は無表情だった。
途中、彼女は地面に刺さっていた柄の長いハンマーを手にした。
助けなきゃいけないのに身体が動かない。
あせるボクとは裏腹に、彼女は淡々と行動する。
彼女は何も無い場所でハンマーを振り上げた。
何かを彼女はつぶやくと、ハンマーの金槌部分が巨大化した。ドンドン、ドンとリズミカルに段階を経て巨大化した。手の平サイズだった金槌部分は、クリエの倍以上の大きさになっていた。
そして彼女はハンマーを振り下ろす。続けて、合わせるように、痛みに震える金の竜がブルンと頭を振るった。
続く出来事はお芝居のようだった。
クリエの振るったハンマーがちょうどよく当たる位置に、竜の頭が動いていた。殴られるために頭を差し出すように。台本通りに動く演劇の演者のように。
『ズン』
腹に響く鈍い音がした。大地が細かく振動する。そしてクリエの振るったハンマーは、金の竜の眉間を打ち据えていた。
直後、彼女が手にしていたハンマーは砕け、黒い衣を纏った竜は光の粒となって消えていった。
続けて、クリエを中心に凄まじく強い輝きが発生した。
球体のように広がる輝きは、周囲を飲み込むように広がっていく。
光に飲まれたボクはフワリと浮き上がった気がした。
景色が一瞬だけ暗転した。
「ジル? 良かった……起きてくれて」
横たわるボクの側にクリエが座っていた。
ボクは気を失っていたらしい。身体を起こそうとしたが激痛で断念した。
フェンリルに寿命を捧げたこと。それからあの敵にぶん殴られたことが原因だろう。
座り込んだ彼女はグッと首を伸ばしてボクの顔を覗き込んでいた。
「あれは……聖王の武器だったんだ……」
彼女の髪と瞳を見て、ボクはようやく思い至った。
世界を統一した聖王は武器を召喚できた。それらは黄金の武器で、悪神ズィボクの配下を消滅させる力を持っていたという。
聖王が従者に魔法陣を授ける逸話が残っている。
「なぁに? ジル」
「いや何でも無い」
クリエは道化髪でも道化眼でもなかったわけだ。銀の髪も、左右の色が違う瞳も……本物だった。本当に聖王の血を引く証しだった。
つまりは聖王の血を引く女性……聖女というわけだ。
結局、道化はボクだけらしい。悲しくないはずなのに涙が出る。目尻からこぼれる涙の感触があった。
「フフッ、ジルってこんな顔をしていたのね」
ボクの顔を覗き込んでいたクリエが笑った。彼女も涙目だった。
「そういえば、ずっと鉄扉ごしだったからね」
ボクはルルカンやチャドの目を通して彼女をみていたけれど、逆は無かった。
彼女からボクはどう見えているのだろう。
「とっても凜々しくて格好いい」
ジッとボクを見つめる彼女の言葉が照れくさい。
えっと、さっきまで何を考えていたんだっけ。
どうでもいいか。
とりあえずクリエに褒められて嬉しい。
「なんだか立て込んでる?」
ふと視線を這わせると、周りにいた人達がそろって片膝をついて頭を垂れていた。
王様に拝謁する騎士のように。
「私は聖王の力を持っているんだって……なんだか可笑しいね」
「本当。いろいろありすぎで疲れちゃうよ」
笑顔の彼女にボクは微笑み返した。
すでに動く魔物は見当たらない。スタンピードは終わっていた。




